迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

何でもない誤字を見つけただけなのに、俺はふっと息を漏らした。ほんの一瞬、力が抜けたみたいに。相澤が読み上げた文言の中に、明らかに“おかしい”のが混じっていた。

「『迷子の放送室――迷子の方は放送室へ』」

相澤が一拍置いて、俺のほうを見た。俺も紙を見て、次の瞬間、耐えきれずに口元が緩んだ。

「……それ、迷子が迷子になる」

言った俺自身が一番驚いた。冗談を言う余裕なんて、さっきまでなかったのに。相澤が、やっと笑った。大きくじゃない。喉の奥で鳴るみたいな笑い。

「だろ。怖さよりホラーだわ」

「ホラーって何だよ」

俺は赤ペンでその一文に二重線を引き、横に小さく修正案を書いた。“迷子の方は受付へ”。たったそれだけの直しなのに、胸の奥が少し軽くなる。

「結城、今笑った」

相澤が、わざとらしくじゃなく言う。俺はペン先を止めたまま、言い返せなかった。笑った。確かに。笑ったのに、顔が熱い。

「……別に」

「別にって顔じゃない。ほら、眉間休んでる」

「うるさい」

言いながら、俺はまたペンを動かす。視線を紙に落として、逃げるみたいに。けど、逃げるのとは違う。さっきまでの“逃げ”は、責任から目を逸らすためだった。今の視線は、続きを進めるための視線だ。相澤が隣で、同じテンポでページをめくる。

「じゃあ次。『受付は二名体制』――」

「二名体制、って言い方硬い。『受付は二人で担当』にする」

「了解。結城、言い方、優しくなってきた」

「……それ褒めてる?」

「褒めてる。あと、安心してる」

安心。相澤が口にすると、嘘じゃない気がするのが嫌だ。俺の中の、怖さが少しずつ溶けていく。溶けていくこと自体が、また怖いのに。

「結城、次のページめくっていい?」

「うん」

返事が自然に出たことに、自分でまた驚く。相澤は許可を取るみたいに、ちゃんと聞いてから動く。勝手に決めるくせに、こういうところは丁寧だ。ズルい。

次の誤字を見つけて、相澤が「これも」と指差す。俺が丸を付けて、相澤が修正案を書く。小さな連携が積み重なって、紙の上の“穴”が埋まっていく。

笑ったのが悔しくて、でも嬉しくて、俺はペン先から目を離せなかった。