迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

印刷室の紙の匂いが、強制的に俺を“作業”に戻した。さっきまで胸の奥を占領していた焦りが、白い紙の上に押し出される。プリンタの低い唸り、ホチキスの乾いた音、誰かが「次これ回して」と言う声。全部がいつも通りで、だからこそ、俺も“いつも通り”に戻らなきゃいけない。

机の端にパンフの下書きと掲示用の文言を広げる。修正前と修正後、チェック用の赤ペン、定規。俺は深呼吸をして、まずは固有名詞から追うことにした。教室番号、団体名、担当者名。ここが崩れると、全部が崩れる。

「結城、ここ」

相澤が紙の端を指で押さえた。いつもなら軽口が先に出るのに、今日は短い指示だけ。俺の集中を切らない距離感で、必要なところだけに声を落とす。

「“迷子の放送室”、放送室の位置説明、これ合ってる?」

「……合ってる。階段上がって右。あ、でも“右”は人によって迷う。校舎図と合わせるなら“中央階段側”」

「じゃ、それで。俺、直す」

相澤はペンを走らせて、さらっと文言を整える。俺はそれを見て、変に胸が詰まった。直せるのは俺だけじゃない。むしろ、相澤のほうが速いところもある。なのに俺は今まで、全部自分で抱えて“責任”って名札を付けたがっていた。

「結城、次読む。団体名からいく」

相澤が声を出して読む。俺は赤ペンで追いかける。読み合わせ。視聴覚室でやったはずの、でも今日は違う感じのやつ。相澤の声が一定で、変に安心する。抑揚が少ないわけじゃない。ただ、俺が揺れないように、揺れないテンポを作ってくれている。

「『サッカー部、グラウンド横』――ここ、グラウンド“脇”だな」

「脇で統一。OK」

「『図書委員会、図書室』――これはそのまま」

「OK」

一つずつ、丸を付ける。線を引く。紙の上に“確定”が増えていくたびに、さっきまでの“はず”が薄れていく。原因がどうであれ、今やるべきことは一つずつ潰すこと。それだけに集中すればいい。相澤が言っていた「切り分け」が、やっと腹に落ちてくる。

「結城、ここ誤字。『受け付け』ってひらがなになってる」

「直す。……ありがと」

小声で言うと、相澤は顔を上げずに「うん」とだけ返した。褒めない。慰めない。代わりに、作業を前に進める。俺が欲しかったのは、たぶんそれだ。

相澤の声に合わせて線を引くたび、心臓の音だけが少し落ち着いた。