迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

俺が息を吸おうとした瞬間、相澤が半歩、前に出た。職員室前の廊下は人の行き来が多いのに、そのときだけ時間が止まったみたいに静かになった。担任の視線が相澤へ移り、俺への圧がほんの少しだけ薄くなる。たったそれだけで、膝の力が抜けそうになった。

「結城が悪いって話じゃないです。いま確認します」

相澤はいつもの軽さを捨てた声で言った。笑わない。茶化さない。俺の代わりに“筋道”を立てる声。担任は眉を寄せたまま、でも頷く。

「じゃあ、説明してくれ。なぜ番号が変わったのか」

「はい。ファイル共有の履歴を見ます。最後に触った版と、先生に送る直前の版を照合します。結城は昨日、読み合わせしてます。だから“誰かが直した”か“別ファイルが送られた”か、そのどっちかです」

言葉が整っている。俺の頭の中でぐちゃぐちゃになっていたものが、相澤の声で一列に並んでいく。俺はその並びを眺めながら、やっと呼吸を思い出そうとした。けれど胸がつかえて、空気が入らない。

相澤が、こちらを見ないまま小さく言った。

「息して。ここ、俺が喋る」

たったそれだけだった。命令みたいなのに、怖くない。むしろ許可みたいで、俺の喉がほどける。吸う。吐く。遅れて入ってきた空気が胸を痛くして、目の奥が熱くなる。俺は慌てて瞬きをした。情けない。

担任が俺のほうへ視線を戻しかけて、相澤がそれを遮るように続けた。

「先生、今ここで責任を決めるより、原因だけ切り分けます。結城は作業を抱え込みやすいんで、いま喋らせると多分『俺が悪い』って言います。そこから先は、問題の解決じゃなくて謝罪になります」

俺の胸が、図星を刺されて小さく鳴った。担任が一度だけ目を伏せて、「……確かに」と低く言う。俺は顔が上げられない。相澤に言われたことが恥ずかしいのに、救われてしまっている。

「結城」

担任が俺の名を呼んだとき、俺は反射で「すみません」と言いかけた。けど相澤が、ほんの少しだけ首を振る気配を見せる。それで止まる。

担任はため息をついて、俺じゃなく相澤を見た。

「分かった。切り分けて、最終版を今日中に出してくれ。結城、今は落ち着け。君が潰れたら本末転倒だ」

落ち着け、という言葉が、叱責じゃなく心配に聞こえた瞬間、俺の中の何かがふっと緩んだ。緩んだせいで、逆に崩れそうになる。

職員室の扉の向こうからプリンタの音が聞こえる。現実は続く。締切は待ってくれない。なのに、相澤が俺の前に立ってくれているだけで、世界が少しだけ明るくなった気がした。

俺はようやく小さく頷いた。頷いたことが、誰にも見られたくなかった。けれど相澤は、見ていないふりをしてくれたまま、次の手順を担任に説明し始めた。