迷子の放送室で、君にだけ見つかりたい

職員室前の廊下は、窓の光だけがやけに冷たく見えた。昼休みのざわめきが背中のほうへ遠ざかって、代わりに靴底が床を叩く音だけがついてくる。俺はノートPCを閉じ、修正前と修正後の紙を二枚重ねて持った。数字ひとつの違いなのに、紙が鉛みたいに重い。

「結城」

背後で相澤が呼んだ。返事をしようとして、喉の奥がつかえたみたいに音が出ない。大丈夫、って言いかけてやめる。いまそれを言ったら、また逃げる。

職員室の扉の前で担任に呼び止められたのは、俺が逃げ場を探して視線を泳がせた、その瞬間だった。

「結城、ちょっといいか」

担任の声は普段通りなのに、俺の耳にはやけに大きく響いた。先生は俺の手元の紙を見て、眉を寄せる。

「パンフの教室番号、これ……確認した?」

「……」

答えが出ない。確認した、と言えば嘘になるかもしれない。確認してない、と言えば責任が確定する。そもそも、いまの俺の頭は“正しい答え”じゃなく、“責められない答え”を探してしまっている。

「誰がデータ触ったのか、履歴ある?」

先生の問いに、俺は紙を見下ろしたまま、指だけが動いた。口が動かない。説明が必要なのは分かっているのに、言葉の順番が全部崩れていく。胸の奥がぎゅっと縮んで、息が浅くなる。廊下の空気が薄い。

「結城?」

担任が少し声を落とした。その気遣いが、逆に怖い。期待されている。ちゃんと答えろ、と言われている。

その時、相澤が半歩、俺の前に出た。先生に向けて、俺より少しだけ近い位置。俺の視界の端に、制服の肩が入る。

「先生、確認します。履歴、今出せます。――結城、息して」

小声が耳に届いて、俺は初めて、自分が息を止めていたことに気づく。息を吸うと、胸が痛い。相澤は俺の紙を奪わない。ただ、俺の手元を守るみたいに立っている。

担任の視線が相澤に移る。「頼む」と短く言われて、相澤が頷く。

俺はその間に、ようやく喉を鳴らした。けれど出てきたのは言葉じゃなく、かすれた呼吸だけで、結局、俺はただ頷くしかなかった。