触れられない。
それは、この世界における存在の喪失を意味していた。
けれど、僕たちは止まらなかった。
むしろ、終わりが目に見える形になったことで、僕たちの「青春」は異常なまでの熱を帯び始めた。
「湊! 今日はあそこのパフェを食べに行くぞ。もちろん、お前の奢りでな!」
学校の帰り道、陽太が楽しそうに先を歩く。
彼の足音はもう聞こえないけれど、その軽やかなステップは僕の目にはっきりと焼き付いていた。
「……食べるって、君、食べられるのか?」
「味はしなくなっちゃったけど、雰囲気が大事だろ? お前が美味しそうに食べてるのを、俺が特等席で眺める。これこそ究極の贅沢だよ」
カフェの隅の席。
僕は二人分のパフェを注文した。
店員は怪訝な顔をしたが、僕は「すごくお腹が空いているんです」と真顔で言い張った。
運ばれてきた、色鮮やかなフルーツとクリームの塔。
「ほら、湊。そこはイチゴからだろ!」
「うるさいな。僕は好きなものは最後に取る派なんだ」
誰もいない空間に向かって文句を言う僕を、隣の席の女子高生が怯えた目で見ている。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
僕の視界は、今や驚くほど鮮明な「色」に満ちていた。
パフェのイチゴの赤、陽太の瞳の青、窓の外に広がる夕焼けのオレンジ。
かつてモノクロームだった僕の世界は、彼というノイズに侵食された結果、誰よりも鮮やかなフルカラーへと塗り替えられていた。
「……なあ、陽太」
僕はスプーンを止め、空中に浮いているように見える彼の顔を見つめた。
「なんだよ、改まって」
「君に会うまで、僕は世界がこんなにうるさい場所だなんて知らなかった。色があるって、結構疲れるな」
陽太は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「はは、だろ? 世界はさ、本当はもっとずっと、目も眩むくらい派手なんだよ。お前が一人で勝手に明度を下げてただけだ」
その日の夜、僕たちは夜の街へ繰り出した。
陽太の「やりたいことリスト」の一つ、『深夜のゲームセンターで遊び尽くす』を叶えるためだ。
彼はもう、コントローラーを握ることもできない。
だから、僕が彼の指示通りにキャラクターを動かした。
「右! そこ、ジャンプだ! ああ、違う、下だよ湊!」
「無茶言うな、一人で二人分の操作をしてるんだぞ!」
格闘ゲームの画面の中で、僕の操るキャラクターが派手にやられる。
陽太はそれを見て、腹を抱えて笑った。
声は風のようにかすれていたけれど、彼の魂がそこで震えているのがわかった。
ゲームセンターを出ると、深夜の街は深い紺色に包まれていた。
街灯の明かりが、アスファルトの上にいくつもの光の輪を作っている。
「湊。俺、今、最高に『生きてる』って気がする」
陽太が街灯の下で、くるりと回った。
彼の体は、もうほとんど背景の夜景に溶け込んでいる。
光が彼を透過し、地面にはもう彼の影すら落ちていなかった。
「お前が俺を見ててくれるから、俺はまだ、俺でいられるんだな」
陽太はそっと、僕の胸のあたりに手をかざした。
触れることはない。
けれど、そこには確かに、熱に似た何かが宿っていた。
僕はライカを構えた。
深夜、光と影の境界線で、今にも消えそうな一粒の輝き。
シャッターを切るたびに、僕の胸は締め付けられるような痛みに襲われる。
この「色」を知らなければ、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのに。
この「絆」を知らなければ、一人でいることを寂しいなんて思わずに済んだのに。
「……ねえ、陽太。明日も、明後日も、ずっと撮らせてくれ」
僕は震える指でダイヤルを回した。
「ああ。世界が俺を忘れても、お前のレンズだけは俺を捕まえておいてくれよ」
陽太の姿が、一瞬だけ、ノイズのように激しく歪んだ。
彼が消えるまでの時間は、もう残りわずかだということを、夜の冷たい風が教えてくれていた。
それは、この世界における存在の喪失を意味していた。
けれど、僕たちは止まらなかった。
むしろ、終わりが目に見える形になったことで、僕たちの「青春」は異常なまでの熱を帯び始めた。
「湊! 今日はあそこのパフェを食べに行くぞ。もちろん、お前の奢りでな!」
学校の帰り道、陽太が楽しそうに先を歩く。
彼の足音はもう聞こえないけれど、その軽やかなステップは僕の目にはっきりと焼き付いていた。
「……食べるって、君、食べられるのか?」
「味はしなくなっちゃったけど、雰囲気が大事だろ? お前が美味しそうに食べてるのを、俺が特等席で眺める。これこそ究極の贅沢だよ」
カフェの隅の席。
僕は二人分のパフェを注文した。
店員は怪訝な顔をしたが、僕は「すごくお腹が空いているんです」と真顔で言い張った。
運ばれてきた、色鮮やかなフルーツとクリームの塔。
「ほら、湊。そこはイチゴからだろ!」
「うるさいな。僕は好きなものは最後に取る派なんだ」
誰もいない空間に向かって文句を言う僕を、隣の席の女子高生が怯えた目で見ている。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
僕の視界は、今や驚くほど鮮明な「色」に満ちていた。
パフェのイチゴの赤、陽太の瞳の青、窓の外に広がる夕焼けのオレンジ。
かつてモノクロームだった僕の世界は、彼というノイズに侵食された結果、誰よりも鮮やかなフルカラーへと塗り替えられていた。
「……なあ、陽太」
僕はスプーンを止め、空中に浮いているように見える彼の顔を見つめた。
「なんだよ、改まって」
「君に会うまで、僕は世界がこんなにうるさい場所だなんて知らなかった。色があるって、結構疲れるな」
陽太は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「はは、だろ? 世界はさ、本当はもっとずっと、目も眩むくらい派手なんだよ。お前が一人で勝手に明度を下げてただけだ」
その日の夜、僕たちは夜の街へ繰り出した。
陽太の「やりたいことリスト」の一つ、『深夜のゲームセンターで遊び尽くす』を叶えるためだ。
彼はもう、コントローラーを握ることもできない。
だから、僕が彼の指示通りにキャラクターを動かした。
「右! そこ、ジャンプだ! ああ、違う、下だよ湊!」
「無茶言うな、一人で二人分の操作をしてるんだぞ!」
格闘ゲームの画面の中で、僕の操るキャラクターが派手にやられる。
陽太はそれを見て、腹を抱えて笑った。
声は風のようにかすれていたけれど、彼の魂がそこで震えているのがわかった。
ゲームセンターを出ると、深夜の街は深い紺色に包まれていた。
街灯の明かりが、アスファルトの上にいくつもの光の輪を作っている。
「湊。俺、今、最高に『生きてる』って気がする」
陽太が街灯の下で、くるりと回った。
彼の体は、もうほとんど背景の夜景に溶け込んでいる。
光が彼を透過し、地面にはもう彼の影すら落ちていなかった。
「お前が俺を見ててくれるから、俺はまだ、俺でいられるんだな」
陽太はそっと、僕の胸のあたりに手をかざした。
触れることはない。
けれど、そこには確かに、熱に似た何かが宿っていた。
僕はライカを構えた。
深夜、光と影の境界線で、今にも消えそうな一粒の輝き。
シャッターを切るたびに、僕の胸は締め付けられるような痛みに襲われる。
この「色」を知らなければ、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのに。
この「絆」を知らなければ、一人でいることを寂しいなんて思わずに済んだのに。
「……ねえ、陽太。明日も、明後日も、ずっと撮らせてくれ」
僕は震える指でダイヤルを回した。
「ああ。世界が俺を忘れても、お前のレンズだけは俺を捕まえておいてくれよ」
陽太の姿が、一瞬だけ、ノイズのように激しく歪んだ。
彼が消えるまでの時間は、もう残りわずかだということを、夜の冷たい風が教えてくれていた。
