透明な僕らと、世界を壊す青いノイズ

「一人で何ブツブツ言ってんだ?」

クラスメイトのその言葉が、鋭いナイフのように僕の鼓動を刺した。


すぐ隣には、確かに陽太がいる。彼の肩が僕に触れ、彼の体温が微かに伝わっている。
なのに、通り過ぎていく彼らの瞳には、僕の隣にあるはずの「青」が一切映っていない。

「……ああ。次の撮影の構図を考えてただけだ」

僕は乾いた声で答え、逃げるようにその場を去った。
背後から陽太がついてくる足音だけが、今の僕にとって唯一の現実だった。


それからの一週間、僕の世界は一変した。


学校という組織の中で、僕と陽太は完全に「孤立」した。
正確に言えば、僕一人だけが浮いている状態だ。
誰もいないはずの隣の席に向かって教科書を見せたり、空中に向かって話し合ったりする僕を、クラスメイトたちは薄気味悪いものを見るような目で遠巻きに眺めるようになった。

「悪いな、湊。俺のせいで、お前まで変人扱いだ」

放課後、誰もいない準備室で、陽太が申し訳なさそうに笑った。

「構わないよ。もともと背景の一部だったんだ。少し目立つようになったくらい、どうってことない」

僕はライカを構え、窓際に座る陽太をレンズに収める。


ファインダーの中の彼は、もう輪郭が半分以上溶けていた。
背景の棚にあるビーカーの列が、彼の胸を透かして見えている。

「なあ、湊。学校の外へ行こうぜ。もっと広い場所、もっと色の濃い場所へ」

「……ああ。どこへでも行こう」

僕たちは「秘密の共有」を始めた。


それは、陽太がこの世界から完全にログアウトするまでのカウントダウンを、共に過ごすという契約だった。


土曜日、僕らは隣町の大きな海浜公園へ向かった。


電車の中、陽太は切符を買うことができなかった。
自動改札が彼の指に反応しなかったからだ。
僕は自分の定期券で二人分を通るふりをして、無理やり彼を中へ入れた。


車内は混み合っていたが、誰も陽太を避けようとしない。
彼の上に座ろうとする子供を、僕が強引に立ち塞がって防いだ。

「すごいな、湊。お前、ボディーガードみたいだ」

陽太が車窓に映る自分の顔を見つめながら言った。
ガラスに映る彼の顔は、幽霊よりもずっと淡い。

「……笑えないよ。君が本当にいなくなったら、僕は誰を守ればいいんだ」

口に出してから、自分の言葉の重さに気づいた。


これは、友情なんていう爽やかな言葉で括れるものじゃない。


共依存、あるいは運命共同体。僕が彼の「観測者」でい続ける限り、彼はまだこの世界に繋ぎ止められている。


公園に着くと、陽太は子供のように走り出した。

「見てくれよ、湊! あそこの花、すごい色だ!」

彼が指差した先には、満開のネモフィラが広がっていた。
一面の青。陽太の瞳と同じ、暴力的なまでの色彩。  僕は夢中でシャッターを切った。


ネモフィラの青と、溶けかかった陽太の青。
二つの青が混ざり合い、一枚の絵になっていく。

「陽太、そこに立って」

僕の指示に従い、陽太が海を背にして立つ。

「笑って。今までで一番、生きてるって顔で」

陽太は一瞬、寂しそうな顔をしたが、すぐに最高の笑顔を作った。


カシャッ。


その瞬間、風が強く吹き抜け、陽太の体がネモフィラの花びらのように一瞬だけ宙に舞った気がした。

「……あ」

カメラを下げた僕の視界で、陽太がよろりと膝をついた。

「陽太!」

駆け寄ってその体を支えようとしたが、僕の両手は、冷たい空気を掴んだだけだった。


僕の手が、彼の体をすり抜けたのだ。

「……はは、ついに触れなくなっちゃったか」

地面に座り込んだ陽太が、自分の手を見つめて呟く。


彼という存在が、物理的な質量を失い始めている。

「大丈夫だ、まだ見える。まだ声は聞こえる」

僕は必死に、彼の「透けた」肩を抱くジェスチャーをした。
そこには確かに熱があるはずだと、自分を騙しながら。

「湊、約束だぞ。俺が見えなくなっても、カメラは向けてくれ」

陽太は立ち上がり、触れられない僕の頬に、そっと手をかざした。

「お前が撮ってくれるなら、俺はどこかでずっと、笑っていられる気がするんだ」

ネモフィラの青い海の中で、僕たちは二人きりだった。


周りには何百人という観光客がいるはずなのに、僕たちの間にある静寂を破れる者は、誰一人としていなかった。


これが、僕たちの「青春ボーイズライフ」だ。


残酷で、美しくて、救いようのないほど鮮やかな、消滅への旅路。