あれから、八年の月日が流れた。
僕は今、プロの写真家として世界中を旅している。
南米の壮大な山脈、北欧のオーロラ、アジアの喧騒に満ちた市場。
僕が撮る写真は、すべて「色」をテーマにしていた。
被写体は人物よりも風景が多く、特に、光と影が織りなす色彩のグラデーションを追い求めることに情熱を注いでいた。
僕の個展は、いつも多くの人々で賑わっていた。
来場者は、僕の作品を評して「こんなにも鮮やかで、力強い色彩を見たことがない」「まるで写真から音が聞こえてくるようだ」と口々に言った。
彼らは知らない。
この写真一枚一枚の中に、僕が撮り続けた「青いノイズ」が、どこまでも深く、浸透していることを。
いつものように、個展最終日の夜。
会場に誰もいなくなった後、僕は最後に一枚だけ、自分のために写真を飾った。
それは、古いライカで撮られた、モノクロームの風景写真だった。
そこに写っているのは、見慣れた旧校舎の庭に立つ、一本の枯れかけた桜の木。
八年前の、あの日に撮った写真だ。
木は、季節外れの五月だというのに、花を咲かせようとさえしていない。
「……君は、約束を破ったな」
僕は小さく呟いた。
八年前、陽太が消える直前。音楽室で交わした約束。
「あの木が、もう一度花を咲かせるところを、一緒に見ようぜ」
僕が撮り続けた「色」の世界は、彼の言った通りになった。
けれど、あの桜だけは、あの時のまま、枯れ木の姿を晒している。
その時。
ガラガラ、と会場の扉が開き、見慣れた顔が一人、入ってきた。
「湊、お疲れ様。終わったか?」
大学時代からの友人で、僕のアシスタントをしてくれている男だ。
彼は僕の隣に立ち、モノクロの桜の木を見上げた。
「へえ、これも湊の作品? 珍しいな、モノクロなんて。でも、なんか……この木、すごく力強いな」
「そう見えるか?」
「ああ。なんかさ、もう時期が過ぎてるのに、今にも花を咲かせそうだなって思う。……もしかして、この木、湊の大事な何かだったりする?」
僕の心臓が、ドクンと音を立てた。
彼は、この桜の木の中に、僕が込めた「陽太の存在」を感じ取ったのだ。
きっと、陽太が僕の世界に色をくれたように、僕が撮り続ける写真の「色」の中に、彼自身のノイズが溶け込んでいるのだ。
「……ああ。そうだよ。僕の、たった一人の相棒だ」
僕は、アシスタントの肩をポンと叩いた。
翌日。
僕は個展の片付けを終えると、久しぶりに母校の旧校舎へ向かった。
門は閉ざされ、中に入ることはできない。
けれど、フェンスの隙間から、庭の桜の木を眺めることはできた。
真夏の太陽が、容赦なく枝葉を照りつけている。
その光の中に、僕は見た。
たった一輪。
硬い蕾が、わずかにほころび、淡い桜色の花びらを覗かせているのを。
それは、八年越しの、奇跡だった。
陽太が消えた、あの「青いノイズ」が、世界を彩り続けた結果なのだ。
僕は鞄から、古びたライカを取り出した。
ファインダーを覗く。
小さな桜の花びらは、淡いピンク色を放ち、まるで陽太の青い瞳が微笑んでいるかのように見えた。
カシャッ。
シャッターを切る。
それはもう、モノクロームではなかった。
僕が撮った一枚の桜は、世界中のどんな色よりも鮮やかで、そして僕の心に、決して消えることのない「青い輝き」を灯していた。
僕は、空を見上げた。
夏の空は、あまりにも高く、どこまでも透明な青色に満ちていた。
その青いノイズの中に、僕は確かに聞いた気がした。
懐かしい声が、風に乗って僕の名前を呼んでいるのを。
『なあ、湊。最高の写真、撮ってくれよな』
僕の「青春ボーイズライフ」は、こうして永遠になった。
たとえ、君がどこにもいなくても。
僕が世界を撮り続ける限り、君は僕のレンズの中で、ずっと生き続ける。
僕は今、プロの写真家として世界中を旅している。
南米の壮大な山脈、北欧のオーロラ、アジアの喧騒に満ちた市場。
僕が撮る写真は、すべて「色」をテーマにしていた。
被写体は人物よりも風景が多く、特に、光と影が織りなす色彩のグラデーションを追い求めることに情熱を注いでいた。
僕の個展は、いつも多くの人々で賑わっていた。
来場者は、僕の作品を評して「こんなにも鮮やかで、力強い色彩を見たことがない」「まるで写真から音が聞こえてくるようだ」と口々に言った。
彼らは知らない。
この写真一枚一枚の中に、僕が撮り続けた「青いノイズ」が、どこまでも深く、浸透していることを。
いつものように、個展最終日の夜。
会場に誰もいなくなった後、僕は最後に一枚だけ、自分のために写真を飾った。
それは、古いライカで撮られた、モノクロームの風景写真だった。
そこに写っているのは、見慣れた旧校舎の庭に立つ、一本の枯れかけた桜の木。
八年前の、あの日に撮った写真だ。
木は、季節外れの五月だというのに、花を咲かせようとさえしていない。
「……君は、約束を破ったな」
僕は小さく呟いた。
八年前、陽太が消える直前。音楽室で交わした約束。
「あの木が、もう一度花を咲かせるところを、一緒に見ようぜ」
僕が撮り続けた「色」の世界は、彼の言った通りになった。
けれど、あの桜だけは、あの時のまま、枯れ木の姿を晒している。
その時。
ガラガラ、と会場の扉が開き、見慣れた顔が一人、入ってきた。
「湊、お疲れ様。終わったか?」
大学時代からの友人で、僕のアシスタントをしてくれている男だ。
彼は僕の隣に立ち、モノクロの桜の木を見上げた。
「へえ、これも湊の作品? 珍しいな、モノクロなんて。でも、なんか……この木、すごく力強いな」
「そう見えるか?」
「ああ。なんかさ、もう時期が過ぎてるのに、今にも花を咲かせそうだなって思う。……もしかして、この木、湊の大事な何かだったりする?」
僕の心臓が、ドクンと音を立てた。
彼は、この桜の木の中に、僕が込めた「陽太の存在」を感じ取ったのだ。
きっと、陽太が僕の世界に色をくれたように、僕が撮り続ける写真の「色」の中に、彼自身のノイズが溶け込んでいるのだ。
「……ああ。そうだよ。僕の、たった一人の相棒だ」
僕は、アシスタントの肩をポンと叩いた。
翌日。
僕は個展の片付けを終えると、久しぶりに母校の旧校舎へ向かった。
門は閉ざされ、中に入ることはできない。
けれど、フェンスの隙間から、庭の桜の木を眺めることはできた。
真夏の太陽が、容赦なく枝葉を照りつけている。
その光の中に、僕は見た。
たった一輪。
硬い蕾が、わずかにほころび、淡い桜色の花びらを覗かせているのを。
それは、八年越しの、奇跡だった。
陽太が消えた、あの「青いノイズ」が、世界を彩り続けた結果なのだ。
僕は鞄から、古びたライカを取り出した。
ファインダーを覗く。
小さな桜の花びらは、淡いピンク色を放ち、まるで陽太の青い瞳が微笑んでいるかのように見えた。
カシャッ。
シャッターを切る。
それはもう、モノクロームではなかった。
僕が撮った一枚の桜は、世界中のどんな色よりも鮮やかで、そして僕の心に、決して消えることのない「青い輝き」を灯していた。
僕は、空を見上げた。
夏の空は、あまりにも高く、どこまでも透明な青色に満ちていた。
その青いノイズの中に、僕は確かに聞いた気がした。
懐かしい声が、風に乗って僕の名前を呼んでいるのを。
『なあ、湊。最高の写真、撮ってくれよな』
僕の「青春ボーイズライフ」は、こうして永遠になった。
たとえ、君がどこにもいなくても。
僕が世界を撮り続ける限り、君は僕のレンズの中で、ずっと生き続ける。



