初恋ドロボーと双子のドッグトゥース~同室者から「初恋ドロボー」と責められますがそれは双子の兄です~

「忘れてないからなっ! オレの初恋ドロボーッ!!」

 寮部屋に足を踏み入れた俺の胸倉を掴んで声を荒げるのは、派手な陽キャ高校生だった。
 耳に付けたピアスと染めたばかりと思しき茶髪が陰キャラなアニメオタクには辛い。側から見るとカツアゲにしか見えないだろう。
 
「はっ、初恋!? 初恋って何のことだよ!?」

 ギリギリまで顔を近づけられているからか、目玉が飛び出しそうなほどに黒目を大きく見開いているのが見える。入寮早々に頭から足先まで無遠慮なまでにジロジロ見られて気分が悪い。
 派手な見た目の上に顔が整っているからか、ちょっと凄まれただけで迫力がある。すでに俺のノミの心臓はすっかり縮み上がって及び腰になってしまった。
 
「忘れたとは言わせねーぞっ! 勇気を出して告ったオレの純情な恋心を弄びやがって!!」

 首根っこを掴まれて前後に身体を揺らされるからか、丸眼鏡越しの視界が揺れて目が回ってくる。
 首元が圧迫されているからか、心なしか息苦しい。

(なっ、何か言わないと……)
 
 そうは思っても、初恋どころか告白も身に覚えが無いどころか、こんな陽キャイケメンの知り合いさえいない。
 生まれて十七年経つが、告白らしい告白をさえも。
 男子どころか、女子からも告白されたことは無かった。

「ごっ、誤解だよ。俺と君は初対面だって」
「いいや。嘘だ! オレは確かにお前と会っている!! 八年前にっ!! 三島(みしま)撮影スタジオでっ!!」

 三島撮影スタジオという懐かしい名前を聞いて、俺は「ああ」と合点がいく。
 つまり目の前の鼻息の荒いコイツも勘違いしているのだ。

「ごめん。それ、颯斗(はやと)のことだと思う。俺の名前は楓斗(ふうと)。颯斗の双子の弟なんだ……」

 ◆◆◆

 俺の双子の兄である鷹西(たかにし)颯斗は十代から人気のメンズモデルだ。
 当時、俺たちの親父が三島撮影スタジオでカメラマンをやっていたのがきっかけで、モデルとしてスカウトされたことで芸能界入りした。
 俺とは違って昔から顔が綺麗で愛想も良い兄の颯斗は、撮影スタジオで知り合った子供向け雑誌の関係者に声を掛けられたことでモデルとして活動を始めて、その頭角を現していった。
 当初は弟の俺とセットで双子モデルとして売り出そうと、颯斗の「ついで」として声を掛けられた俺も一緒に芸能界入りしたが、学業に専念したくて早々に辞めてしまった。
 今は颯斗が一人でモデルとして芸能界で活動していて、俺はしがないアニメオタクとして日陰で生きているのだった。

「君が見間違えるのも仕方ないよ。ほら、俺と颯斗って同じ顔だから! 昔からよく間違えられていたから気にすんなって!!」
 
 怒りの沸点が下がったのか陽キャ男は解放してくれたが、それでもまだ納得がいかないというように、壁際に置かれた自分のベッドに腰掛けて「納得がいかねえ」、「オレが間違えるはずが無い」と未だにブツブツと呟いていた。
 この部屋まで案内してくれた寮を管理する寮母さんからは、「部屋のことは同室の子に聞いてね」と言われていたが、目の前の陽キャラ青年はそれどころでは無さそうだった。
 その反対の壁際にあるベッドが俺のベッドで、その近くの備え付けの学習机が自分の机だろうと思いながら、着替えや制服などが入った鞄を置きながら俺は繰り返す。

「これまでもよく颯斗と勘違いされて声を掛けられてきたし、ファンの子たちから握手や写真を強要されてきたから、少し間違われるくらい何とも思っていないよ」
 
 芸能界を引退したはずの俺だったが、人気モデルの颯斗と顔がそっくりなことが災いして、これまでも数え切れないほどに颯斗と間違えられて颯斗のファンに声を掛けられてきた。
 双子の弟であることや人違いであることを説明しても、颯斗のファンは信じてくれず、ついには拒絶されたと泣かれてしまうので俺自身も辟易していた。
 颯斗に相談しても「気にしなくていい」と笑われてまともに取り合ってくれず、颯斗のファンからの声を掛けも収まらず、ついには隠し撮りまでされてSNSで晒されるようになると、俺の我慢も限界だった。
 同じ顔をしていることに問題だったらと、中学生になってからは颯斗が絶対にしないようなボサボサの髪と眼鏡のダサイ格好をしてみたが、それでも颯斗のファンの子たちはいとも簡単に看破してしまった。
 ついにはSNSで「颯斗の私服がダサイ」や「颯斗が女児向けアニメのイベントに居た」とまで書き込まれてしまったのだった。
 このままだと俺の存在が颯斗のモデル活動の足を引っ張り続けると考え、この春から住み慣れた東京を離れて、運良く空きがあった地方にある全寮制の男子校「海松麻(みるま)男子高等学校」に転校を決めた。
 都心から新幹線と電車に揺られて数時間。明日からの新学期に備えて、高校の敷地内に併設された指定学生寮の青蓋(せいがい)寮に越してきたのだった。
 部屋に入って早々に同室者のこの陽キャ男に詰め寄られた時は心臓が縮みそうになったが、暴力を振るわれる前に解放されてホッとしているくらいだ。
 ほとぼりが冷めるまでは距離を取って様子を見よう……。

「ところでこの寮と寮部屋のことを教えてくれる? 部屋のことは同室の子に聞いてって寮母さんに言われたから、何も分からないんだよね」
「トイレは入り口脇。食堂、風呂、共用スペース、ランドリールームは一階。風呂の時間は学年ごとに決まっているから。詳しくは廊下に貼り出されたスケジュール表を見て」
「……他は?」
「起床は六時、就寝は二十二時。外出は事前申請制。スマホの使用に制限は無いけど、授業中は電源を切ること。ああ、パソコンをインターネットに繋げたいのなら、引き出しの中に接続方法が書かれたマニュアルがあるからそれを読んで」

 淡々とした陽キャ男の説明に腹が立つものの、これ以上の逆鱗に触れないようにして「ありがとな」と端的に返す。
 こんな奴とこれから卒業まで過ごさなきゃならないことが憂鬱だと思いながら。

(早く荷解きを終わらせて、『ビビピュア!』の最新話を観よう)

 陽キャ男が言っていたように学習机の引き出しの中に学生向けのインターネットへの繋ぎ方のマニュアルがあったので、それを読みながら持ち込んだノートパソコンをインターネットに接続する。
 インターネットに繋がるまでの待っている間にスマホで時間を確認する振りをして、待ち受けに設定していた長いピンク色の髪をツインテールにしたへそ出し少女の画像を眺める。
 このピンク髪の少女は今年の二月から始まった女の子向けアニメ『ピュアット!』シリーズの最新作。『ビビットピュアット!』の主人公である「ビビットピンク」だった。
 俺のイチ推しアニメである『ピュアット!』シリーズは、地球に暮らす女子中学生の女の子たちが地球征服を企む悪に立ち向かうために、妖精と契約して魔法少女として戦う物語だ。
 毎年一月に最終回を迎えて、二月からはキャラクターや設定を一新した新シリーズが始まる。
 この『ビビットピュアット!』こと『ビビピュア!』も、つい二ヶ月前から始まった新シリーズで、歴代シリーズと作画が全く異なることや人気女性声優を多数起用されたことで放送前からSNSで話題になっていたのだった。
 この『ピュアット』シリーズは、今年で十周年目を迎えたということもあって、各地でイベントが開催されている。
 俺もいくつかの関連イベントに参加したが、その時も颯斗と間違われて嫌な思いをしたものだった。

(先週の『ビビピュア!』は新メンバーが加入するかどうか、というところで終わったんだよな~。新メンバーが加入することはグッズの発売情報で確定しているけど、どの時期に加入するかでストーリーが変わってくるだろうし……)

 そんなことを考えていると、不意に首筋にキスを落とされる。「うわあ!?」と悲鳴を上げて後ろを振り返ると、さっきの陽キャ男が舌打ちをして離れたところだった。

「何をするんだよ!? びっくりするな……」
「オレの鼻がコイツだって言っているんだよ。オレが告白して玉砕した相手はコイツだって」
「鼻が……って、君の鼻は動物か何かなのか!?」

 ということは、さっき首筋に当たったのは唇じゃなくて、陽キャ男の鼻先だったのか。
 男にキスをされるなんて、嫌な記憶を思い出させないで欲しい。
 ただでさえ、キスにはトラウマしか無いんだから――。

「何度も言っているけど、君が告白したのは少なくとも俺じゃない。もし相手が俺だったら、男に告白されるなんて印象的な出来事を忘れるものか!!」
「あの颯斗の弟ということは、お前も芸能界に居た経験があるんだろう? オレと会っていてもおかしくない」
「君も芸能人なの……?」
「元だけどな。オレは宗仲(むねなか)凰二(おうじ)。今は引退したけど、昔はキッズモデルをやっていた」

 宗仲凰二という名前に心当たりが無かったが、元モデルと言われても納得の美男子だった。身長もすらりと高くて手足も長い。いかにもモデル向けの体型をした華やかな雰囲気の男子。モデルを辞めてしまったのが勿体ないくらいだ。
 俺や颯斗と同世代ならどこかで接点があってもおかしくなさそうだが、俺は全く覚えが無かった。
 スカウトされて数年でモデル活動を辞めてしまった自分とは違って、兄の颯斗は知っているかもしれない。
 後で聞いてみようと心に決めて、「そうなのか」と驚いたというように返す。

「君の言う通り、俺も元モデルだよ。覚えていないけど、どこかで会っていたとしてもおかしくないね」
「ということは、オレが告った相手がお前って可能性もあるわけだ!」
「無いって言っているだろうっ!!」

 ムキになって言い返すが、もう興味を失ったのか凰二は部屋を出てどこかに行こうとする。

「時間があるなら、寮の中を案内してくれないか」
「無理。これから配信用の撮影をして、髪を染め直さないといけないから」
 
 髪を染め直すということは、元は俺と同じ黒髪なのだろう。ただ配信の意味が分からない。部活動の一環だろうか。
 凰二が出て行くと、俺は「なんだったんだ」と大きく溜め息を吐いたのだった。

「てか、あの顔どこかで見た覚えがあるんだよな……」

 初恋ドロボーや告白の言葉に気を取られてしまったが、どことなく見たことある気がする。ただあんな陽キャ男が登場するようなリアルイベントに行かないから、心当たりがあるとすればSNSや動画サイトで知っただろうか。
 颯斗はほとんど家に帰って来ないので、自宅にモデル仲間や友人を連れてくることも無い。もし知ったとすれば、俺が何かで見たかどこかで会ったかになるが……。
 そんなことを考えている間に、ようやくスマホがインターネットに繋がったので『ビビピュア!』を観ようと動画サイト開く。
 なんとなく今日話題になっているトレンド動画一覧を観ていたところで、見たことがある茶髪の陽キャ男の動画がランキング上位に入っていたのだった。

「これって……」

 動画のサムネをタップすると、「投稿者:オウジ(プリンスのチャンネル)」となっている動画が再生される。
 どこかの遊園地の入り口で自撮りしたのか、斜め上のアングルから茶髪の陽キャ男が映し出されたのだった。

『動画を観ているみんな、やっほー! 今日も『プリンス』ことオウジが女の子たちの理想の彼氏を演じちゃうよ〜!』

 そうして画面に向かって手を伸ばしたオウジは視聴者をエスコートするように遊園地に入っていく。早送りすればメリーゴーランドやコーヒーカップに一人で乗っているオウジが、まるで隣に誰かいるかのようにずっと声を掛けていたのだった。

(これって、さっき俺のことを「初恋ドロボー!」って言ってきた凰二だよな!?)

 チャンネル欄から他の動画も観たが、どれも架空の彼氏かホストの紛いのことを凰二が延々と繰り返すだけだった。
 顔を綺麗な凰二が優しく声を掛けてくれる姿が魅力的なのか、コメント欄は凰二のファンらしき女の子たちの喜ぶコメントで埋まっており、チャンネル登録数もインフルエンサーと呼んでもいいくらいの人数が登録していたのだった。

「俺、もしかしてとんでもない奴と同室になっちゃった……!?」

 人気モデルの兄から逃れたくてやってきたはずの全寮制の男子校生活。
 同室になった凰二が元モデルということにも驚いたけれども、まさか人気配信者だとは思っていなかった。

(俺の静かな高校生活が……)

 そう心の中で叫んで、天を仰ぐことしかできなかったのだった。

 ◆◆◆

「東京から転校してきました鷹西楓斗です。寮は青蓋寮。よろしくお願いします」

 俺が転校してきた海松麻男子高等学校は地方にある全寮制の進学校だが、入学希望者が年々減少しているそうで、クラスは俺が所属するクラスと隣のクラスの計二クラスのみ。俺が入ったのは、空きが出た文系クラスだった。
 入学時前の希望調査ですでに文系と理系でクラス分けがなされているので、クラス替えと呼ばれるものは実質的に存在しない。入学時の一年から卒業までの三年まで同じ面子で過ごすことになる。
 つまり一年生の時にクラス全員から嫌われるようなことをすれば、三年生の卒業まで冷たい目に晒されるというわけだ。
 今回俺が運良く転入できたのも、一年次で退学者が出たからだが、ソイツもクラス全員から袋叩きに遭うようなことをしでかしたのだろうか。

「鷹西って、東京のどの辺りに住んでたん?」
「東京って、女子のレベルどうよ? やっぱり高い?」
「芸能人ってフツーにその辺にいるって本当なの?」

 朝のホームルームでの自己紹介をどうにか終えた直後の休み時間に入ってすぐ。俺はクラスメイトたちから質問攻めにあってしまう。
 一学年あたりの人数が少ないことに加えて、東京から越してきた新しいクラスメイトが珍しいのだろう。
 珍獣にでもなった気持ちで、質問に答えていく。

「東京って言っても郊外だよ。女子のレベルはフツーかな。芸能人は原宿とか渋谷とかで見かけたことがあるよ。うちの近所には居なかったかな」
「鷹西は青蓋寮なんだっけ。おれらは隣の黄旗(こうき)寮だから、学校でしか接点無いかもだけどよろしく」
「ああ、よろしく」
 
 海松麻男子高等部の男子寮は全部で二つ。俺が割り当てられた青蓋寮とその隣に建つ黄旗寮のみ。
 昔は他にもあったらしいけど、入学者が減って今は使われていないとか。
 寮部屋は同学年同士で使うことになっているらしいけど、二年生用の部屋で空きがあったのは青蓋寮のひと部屋のみ。
 それが昨日俺に向かって「初恋ドロボー」と言ってきた凰二の部屋だったらしい。
 あれから凰二は部屋に戻って来なかったが、凰二に代わって寮の中を案内してくれた先輩に聞いたところ、凰二はよく寮を抜け出して黄旗寮の友人たちの部屋を泊まり歩いているとのことであった。
 学生寮と聞いていたので朝夕の点呼や厳しい規則があると思っていたが、起床や就寝、食事、風呂、自習時間が決まっている以外は、比較的に自由な時間が多いとのことだった。他の全寮制の学校に比べて、学生各々に時間の使い方を一任しているところも、この海松麻男子高等学校の特徴らしい。
 外出許可も取りやすく、外泊も正当な理由さえあれば滅多なことで拒否されないとのことだった。
 凰二の自由奔放な生活や態度は度々問題視されているようだが、学業に影響が出ておらず、学校の評判を落とすようなこともしていないので、今はまだ様子見の段階らしい。
 授業もサボりがちなようで、今朝もまだ登校していなかった。

「後で学内を案内してくれないか? 凰二に頼もうとしたんだけど、昨日から寮に帰ってきていないからまだ頼めていなくて」
「プリンスの奴、またかよ〜」

 クラスメイトたちはやれやれと頭を掻くが、それよりも気になる単語に思わず聞き返してしまう。

「プリンスって?」
「宗仲のあだ名。ほら、アイツの名前って、オウジって読むだろう?」
「オウジを英語にしてプリンス。だからプリンスってあだ名で呼ばれてる。王子みたいに派手な見た目しているから丁度良いだろうって」
「しかもアイツの実家の宗仲って超大金持ちらしいんだよね。この学校にも資金を提供しているみたいでさ、アイツが好き勝手やって髪染めて動画配信していても多めに見られているのは、実家が支援しているからって噂だぜ」
「本人もプリンスのあだ名を気に入って、配信の時に自ら名乗ってやがる。まあ、そのあだ名が似合う顔しているから何とも言えないけどな」
 
 僻みかよ、と教室内がにわかに笑いの渦に包まれる。
 途中から編入して上手くやっていけるか不安だったが、これならどうにかやっていけそうだった。

「つーことで、プリンスのことで何か困ったことがあったらおれらに話してな。力になるからよ」
「ありがとな」
 
 そして昼休みに案内してもらう約束を交わして、授業開始のチャイムが鳴るまで簡単な自己紹介をしてもらった。
 それでもやはり午前中の授業が終わるまで、凰二は教室に現れなかったのだった。