嘘が溢れた世界で、君だけは真実を見つめていた

 浮かんだ答えを否定しようにも、一度そうかもしれないと思ってしまったら、なかなかその思考から抜け出せない。
 のんちゃんたちが重い空気でいるのもまた、それを裏付けているような気がしてくる。

「ねえ……まさか、垂れ幕を作った張本人が犯人とか言わないよね?」

 口にしても、自分で導き出した答えが信じられなかった。
 だって、ありえないだろ、普通に考えて。自分が中心となって一生懸命作ったものを、あんなふうにできるわけない。
 でも。
 結衣子先輩が犯人かもしれない。
 そう疑いの目を向けた時点で、もうそれが真実としか思えなくなってきた。
 だけど、どうしても納得できなくて、のんちゃんなら違うと言ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いて、俺はのんちゃんを見た。
 しかしのんちゃんは目を伏せ、俺のほうを見ようとしない。
 そんな、まさか。
 紘都のほうを向けば、紘都もまた同じような顔をしている。
 その反応が意味することを受け取れないほど、俺はバカじゃない。

「……マジか」

 それでもすぐには受け止められなくて、静かに、ゆっくりとふたりの無言の時間を咀嚼した。
 結衣子先輩が、垂れ幕を切って、俺に罪を擦り付けようとした、犯人。

「なんで……」

 俺が呟くと、のんちゃんは重々しく首を横に振った。

「のんたちも、そこがわからなくて……」
「そもそも、あの人が犯人と決まったわけでもない。あくまで可能性が高く、俺たちがそうだろうと思っているだけに過ぎない」

 そう言われると、ふたりが俺には言わなかったことも、昨日変な誤魔化し方をされたことも腑に落ちた。

「だから、いろいろ調べる時間がいるなって思って、碧羽くんには言えなかったの。……ごめんね?」

 のんちゃんは手を合わせて謝るジェスチャーをしながら、首をわずかに傾げた。そんな可愛い謝り方をされると、俺は自然と首を横に振っていた。
 それからまた、俺たちの間には無言の時間が流れた。
 言葉を探しているのは、どうやら俺だけではないらしい。
 浮かんだ言葉を言おうとして、誰かが通り過ぎて言葉を飲み込んで、を何度か繰り返しながら、俺は足りない頭を使ってさらなる推理を進めていく。
 俺の中での疑問点はふたつ。
 ひとつは、結衣子先輩が垂れ幕を切った理由。なぜ、自傷行為のようなことをしたのかがわからない。
 もうひとつは、俺に罪を擦り付けようとした理由。といっても、これは昨日のんちゃんが話したことが理由だろうけど。その場にいた俺がやったことにしようとしたからってやつ。
 でもなんか、自分で切ったり、俺に罪を擦り付けたりしたのだと思ったら、あのとき先輩が怯えて俺と目を合わせようとしなかったのも納得できてしまう。罪悪感のようなものが働いたのだろう。
 それなら、突発的に垂れ幕を切ったけど、自分がしてしまったことの重大さに気付いて、俺がしたことにしようとしたと考えるのが自然か。
 なんというか、結衣子先輩が犯人なわけないと思いたい俺もいるけれど、綺麗にパズルのピースがはまったみたいに納得できてしまうのが怖い。

「ヒロくん、早希センパイのクラスTシャツが見つかったときのことを教えてくれる?」

 再び人の流れが途切れると、のんちゃんが言った。
 紘都は簡潔にさっきの出来事を話していく。
 クラスTシャツをデザインした女子たちがゴミ箱の中からTシャツを見つけたこと。それが生徒会長のものだったこと。
 そして、生徒会長はその事件を教師には言わないように指示を出したこと。
 のんちゃんは右手を顎に添えながら、真剣な表情で聞いていた。
 紘都の話を聞きながら俺も情報を整理してみるが、この事件が起きたことで、どんな事情が変わったというのだろうか。
 のんちゃんも紘都も、昨日のことは少し静観するつもりだったはずだ。ついさっき、のんちゃんがいろいろ調べる時間が必要だと言っていたくらいだから。
 でも、それを覆して紘都はのんちゃんに話をしに行った。
 そして、事件を聞いたのんちゃんの反応。

 ——ねえ、それって……

 この言葉と、紘都の重たい頷き。
 ここまでわかれば、俺にもその意味が伝わってきた。

「もしかして、ふたつの事件の犯人は一緒……ってこと?」

 自分で言っておきながら、なにを言っているのか理解できなかった。
 だけど、そうとしか考えられないピースが揃ってしまっていた。

「……たぶんな」

 これもまた確実なものではないからか、紘都は十分すぎるくらいの間を置いて言った。
 でもそうなると、またわからないことが増えてしまった。
 まずひとつ。結衣子先輩はなんでTシャツに落書きをして、ゴミ箱に捨てたのか。単純に気に入らなかったのだろうけど、どうして気に入らないのかが不明だ。
 次に、どうして生徒会長のTシャツだったのか。気に入らないものだったなら、普通は他人のものではなく、自分のTシャツにやると思う。わざわざ人のものを傷付ける意味がわからない。
 というか、結衣子先輩はクラスTシャツを着ていたよな? それで気に入らなかったなんてあるのか?
 そして最後。生徒会長が教師に言わないように念を押していた理由。虐めとも捉えられるくらいのことが起きたのに対して、あの対応は妙だ。
 脳内でまとめてみたのはいいものの、わからないことだらけで、頭がパンクしそうだ。
 考えるのをやめてしまおうかなんて思いながら軽く息を吐き出し、隣を見ると、のんちゃんが絶望に近い表情をしていた。

「のんちゃん、なにかわかったの?」

 俺が尋ねると、のんちゃんは視線を上げ、俺のほうを見た。
 しかしそのときにはきょとんとした表情に変わっていた。のんにはなにもわからないよ、と言いたげな顔で首を傾げているが、さすがに無理がある。
 だけど、のんちゃんはきっと、むやみに結衣子先輩を悪者にするようなことを言いたくはないのだろう。もっと言えば、まだ結衣子先輩が犯人ではないと思いたいのかもしれない。
 とすれば、今ののんちゃんから考えていることを聞き出すのは不可能に近いと思ったほうがいい。
 それでも、現状の考えを聞きたいと思ってしまう。

「のん。行動するなら、はやいほうがいい。このままだと、次はなにを壊されるか」

 俺が悩んでいたら、紘都がきっぱりと言い切った。紘都はのんちゃんと違い、甘ったれた優しさを持ち合わせていないらしい。
 まあ、連日事件を起こされれば、そう予感するのもわかるけど。
 その言葉に、のんちゃんは頬を膨らませる。

「……ヒロくんの意地悪」

 そう言いながらも、のんちゃんも同じ考えだということがその表情から見て取れた。
 だからか、紘都はのんちゃんの悪態をスルーした。

「どうする。本人に釘を刺しにいくか」

 すると、のんちゃんは首を横に振った。紘都を見つめ返す瞳は力強く、場違いにもかっこいいなんて思ってしまった。

「まだ犯人って決まったわけじゃないのに、犯人と決めつけて行動するのはよくないよ」
「じゃあ、どうするの?」

 俺が問いかけると、のんちゃんは俺のほうを向いた。
 真正面でその眼を見ると、覚悟と悲しみを宿らせているように感じた。それもそうか。のんちゃんからしてみれば、慕っている先輩を悪者扱いしているようなものだもんな。

「早希センパイに話を聞きに行く。センパイはなにかを隠そうとしている。それは間違いないはずだから」
「……わかった」

 紘都はそれすらも判断が甘いと思っているのが、その声色からも伝わってきた。
 だが、頷いた以上、のんちゃんの提案に文句を言うことはなかった。