嘘が溢れた世界で、君だけは真実を見つめていた

 コスプレしている紘都はとてつもなく注目を集めていたため、姿は見えていなかったのに、追いつくことができた。
 しかし紘都は俺がついてきているかも確かめずに、すたすたと三階に上がっていく。
 どこに行くつもりなのだろうと思っていたら、紘都は学習室のドアを開けた。そこは無人で、誰にも聞かれたくない話をするには最適かもしれないが……

「なんでここ?」
「更衣室みたいなところだからな」

 言われて見ると、何個かの机の上に誰のものかわからない制服が畳まれている。
 たしかに、教室で着替えるわけにはいかないか。それでこういった部屋が用意されてるのは知らなかった。
 紘都は教室の電気も付けずに、窓際の後ろ側の席に向かって進んだ。
 廊下側までカーテンが閉められて薄暗い空間なんだから、電気くらい付ければいいのに。廊下が賑やかなぶん、誰もいないこの空間が日常からも非日常からも切り離された別世界のように錯覚しそうだ。
 そんなことを考えながら、紘都の制服が置かれている席の前の椅子に、背もたれと机を肘置きにするように、窓のほうを向いて座った。
 紘都は話がありそうな空気感を出して俺をここに連れてきたはずなのに、なにも言わずにコスプレ衣装を脱ぎ始めた。

「お前って、ノリノリでコスプレとかするような奴だったっけ」
「そんなわけないだろ」

 思っていたよりも返答が速くて、つい鼻で笑って「だよな」と返した。
 紘都が机に置いた帽子を手に取り、バスケットボールを指先で回すように、帽子を指先で遊ばせる。

「のんちゃんに見たいとか言われた?」
「いや、のんは俺がこの格好をすることを知らない」
「そうなん?」

 とすれば、紘都は女子たちに押し負けたということか。
 それはそれでらしくないような気がするが、どうしても紘都のコスプレ姿を見たい女子たちの圧を想像するだけでも、紘都が断れなかったのもなんとなく理解できてしまう。

「というか、どうして急にのんが出てくるんだ」
「だってお前、のんちゃんの言うことならなんでも聞くじゃん」

 そんなことはないと言われると思って言ったのだが、紘都は予想外にも、なにも言ってこない。図星かよ。
 しかし、のんちゃんと紘都が双子だったら、シスコンだのなんだの言ってからかっていたが、そうではないと知ってしまった今、そうもできなかった。

「……それって、さ。のんちゃんが本当は従兄弟じゃないから甘やかしてる……とか?」

 間違いなく、俺が踏み込んでいい領域ではない。
 それを自覚しているから、声がどんどん小さくなった。紘都のほうを向くことだってできない。

「いや、俺たちは間違いなく従兄弟だ」

 紘都はきっぱりと言い切った。
 そんなわけないだろと思った俺は、「マジ?」と言う代わりに、紘都のほうを見た。
 しかし紘都は視線を落としてシャツのボタンを留めているため、視線が交わらない。長めな前髪が眼を隠しているせいで、紘都がなにを思っているのかすらも読み取れない。

「お前、昨日は俺たちが双子かどうかはどうでもいいって言ったよな」

 若干トゲがあるような、ないような、妙な言い回し。
 コイツは本当に、なにを考えているんだろう。
 ただ言えるのは、俺に喧嘩を売る気はないってこと。それがわかっているから、いつものようにムカつくこともなく、心穏やかに会話を続けられそうだ。

「いや、本当にそう思ってるよ? でもさ、矢野たちですらのんちゃんとお前が双子じゃないって知ってて、おまけに従兄弟だって言い切られたら、なんか……気になるじゃん。だって、それ嘘じゃね?ってくらい、お前のポーカーフェイスが崩れてたし」

 徐々に早口になっていったことで、自分でも苦しい言い訳をしているように聞こえた。
 しかし言語化したことで、さっきの気持ち悪い思考の迷路から抜け出せた気がした。
 てか、俺がこんなにも考え惑わされているのは、紘都のせいじゃん。

「ああ、天下の嘘つきサマとは思えないくらい、顔に出てたな」

 紘都の口角が緩やかに上がった。
 さらに腹立たしさが増すような皮肉を言ってくるなんて、さすがだなこの野郎。
 だが、その笑みが俺を嘲笑っているものではないような気がして、いつものように喧嘩を買おうとは思わなかった。
 俺が即レスしないという、いつもと違う態度をしたことで、俺たちの間に沈黙が流れた。そのせいか、さっきまで気にならなかった外の賑やかな声がやけに大きく聞こえてくる。
 その瞬間、開けていた窓から空気が入り込み、カーテンが紘都を隠すように揺れ動いた。
 風が収まってカーテンが元の位置に戻ると、紘都はまだ思考が読み取れない笑みを浮かべている。
 ただなんとなく、それが紘都の内側に踏み込むことを許してくれているように見えた。

「紘都はさ。俺に踏み込んできてほしいの? ほっといてほしいの?」

 それでも、紘都が引いた境界線を越える覚悟が決まらなかった。

「さあ……どっちだろうな」

 紘都はどちらとも読み取れない表情で言うと、コスプレ衣装を持って机を離れていく。
 やっぱり、そう簡単には踏み込ませてくれないらしい。
 なんだよと拗ねる自分もいれば、踏み込まずに済んだことに安心している自分もいた。

「なんにせよ、話す気はないってことね」

 張り詰めた緊張感から解放された、気の抜けた声で言いながら、俺は席から立ち上がる。
 慣れない緊張感の中で会話をしたせいで、身体が凝ってしまった。両手を組んで腕を上に伸ばすと、いい感じに背中が伸びて声が漏れる。

「でもさ。それならなんで、俺が勘付くような態度取ったわけ?」

 せめて俺がこれだけ悩むことになった原因だけでも判明させてやろうと思って、振り向いて問いかけると、出入り口に向かっていた紘都の足がゆっくりと止まった。
 だが、紘都はこちらを見ようともしない。
 この質問にすら、答えない気かよ。まあいいけど。

「お前なら、と小さな希望を抱いているだけだ」

 俺が小さくため息をつくと同時に、紘都は静かに言い、ドアを開けた。
 これでこの話は終わりってことなんだろうけど、今の意味深な言葉を聞いて終われるわけがない。
 なんだよ、小さな希望って。紘都が俺に助けてほしいとか、そういうことを思ってるってこと?
 いやいや、ないだろ。誰かに頼りたいとか思っても、紘都が俺を頼ってくるわけがない。
 つまり、紘都自身のことではない……? なにか言いたそうにしながらもはっきりと言わないのは、自分のことじゃないからってこと?
 それなら、腑に落ちてしまう。

「おい、紘都」
「ちょっと、なによこれ!」

 俺が紘都を追いかけて学習室を出た瞬間、隣の教室から女子の悲鳴が聞こえてきた。
 俺たちは思わず顔を見合わせる。
 昨日の垂れ幕事件が起きたあとの騒ぎ。
 互いに嫌な予感がし、俺たちは隣の教室へ急いだ。