嘘が溢れた世界で、君だけは真実を見つめていた

 次の日も、文化祭に向けての準備が進められた。教室は相変わらずやる気のある奴らの声で賑やかだ。まあ、文化祭開催まであと二日ともなれば、浮き足立つ奴らばかりになるのも当然だろう。
 そんな中で、昨日垂れ幕の存在を知った俺の意識は、屋上のほうに引っ張られていた。
 さすがに、昨日の今日ではなにも飾られていなくて、そこだけ日常の世界に取り残されたみたいに感じる。
 許されるなら俺も非日常から抜け出して、さっさと日常に戻りたい。だが、昨日のことを考えると、教室を出ていく勇気はなかった。

「お、マジで今日はちゃんといるじゃん」

 それでも退屈であることに変わりはなく、自分の席で頬杖をつき、あくびをかみ殺していたら、矢野、原、松田の三人組がやってきた。ニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべながら。

「文化祭当日、雨でも降るんじゃね」
「うるせ」

 原の失礼な言葉に軽く返すと、三人は嗤いながら俺の席の周りから椅子を集めてきて座った。そして緩く仕事が始まり、俺の机の上に何枚かの紙が広げられた。
 俺たちに割り振られたのは、謎解きゲームの謎作り。いや、謎集めと言ったほうが正しいか。自作は難しいということで、ネットからかき集めることになっていたはずだ。
 といっても、スマホの使用は禁止されているから、コンピューター室で謎集めをしたらしい。あとはどの謎を採用するかの相談をすればいいとか、なんとか。
 知らないうちに随分と準備が進められていたみたいだ。
 そのまま俺なしで終わらせてくれてもいいんだけど、さすがに空気の読めない発言すぎて言えなかった。

「これ、どうやって問題選ぶ?」
「俺らが見たって、もう答え知ってるしなあ」
「誰かに解いてもらうとか?」
「俺、女子に頼んで忙しいんだけどとか言われるの嫌だわ」

 俺の周りに集まっておきながら、見事に俺抜きで会話が展開されていく。まあ、ここ数日そんな状況だったし、わからなくもないけど。
 せっかくここでやるなら、少しくらい混ぜてくれてもよくないか?とも思うわけで。

「のんちゃんは?」

 タイミングを見て提案すると、三人は若干驚いたような目で見てきた。
 ほほう。俺が参加することが、そんなに信じられませんか。

「葛城さんかあ」

 だが、どうやら驚きの理由は俺が思っているものだけではなかったらしい。
 矢野の顔は、のんちゃんに頼んでもなあ、みたいに語っている。あとの二人も似たようなものだ。
 俺としては、そんなふうに渋る理由がわからない。

「のんちゃんなら、笑顔で引き受けてくれると思うけど」

 脳裏に過るのは、昨日の、俺たちのクラスの出し物を楽しみにしていると笑ったのんちゃんだ。
 あの笑顔からして、「え、やりたい!」とでも言いそうだと思うのは、俺だけなのか。

「いやまあ、それは俺らもそう思うけどさ。葛城さんが解いて参考になるかっていう……」

 矢野が言葉を選んだのであろうということは、なんとなくわかった。
 要は、“天然おバカなのんちゃん”が解いたところで、すべての問題が難易度高めに設定されてしまうんじゃないかってことだろう。
 たしかに、昨日までの俺なら同じようなことを懸念したと思う。今でも、どんな問題にも頭を抱えているのんちゃんが容易に想像つくくらいだ。

「なるよ。まあ、逆の意味で参考にならないかもしれないけど」

 矢野だけでなく、原も松田も天然おバカなのんちゃんのことしか見えていなくて、のんちゃんの推理力を知らないのかと思うと、勝手に優越感のようなものを覚え、にやけ面が抑えられなかった。
 しかし俺が言っている意味や表情の意図が上手く伝わらなかったのか、三人はそろって首を傾げる。
 これはもう、昨日ののんちゃんの推理を説明するしかないな。そうすれば俺が言っている意味が納得できるだろう。
 ついでに、三人は忘れているのかもしれないが、昨日の垂れ幕を切った犯人が俺ではないことが説明できるし。

「ねえ聞いた? 私たちが作った垂れ幕、破れちゃったんだって」

 実は、と話を切り出そうとしたとき、近くで作業をしていた女子の声が耳に入った。
 あまり大きな声ではないのに、やけに耳に残ったのは、内容のせいだろう。
 俺の意識は完全にそっちの会話に移り、俺は声が聞こえたほうを振り向いた。そこには、結衣子先輩の分身かと思ってしまうほどに真面目そうな女子がふたりいた。
 彼女たちは俺の視線にも気付かず、教室を装飾する物を作りながら、静かに会話を続ける。

「みたいだね。正直、あんまりお手伝いできなかったけど、結構ショックだな」

 ひとりが言えば、もうひとりが頷いた。
 そうか。なんとなく、結衣子先輩がひとりで垂れ幕を完成させたと思っていたけど、そんなわけないか。あんなにも大きなものを、ひとりで作れるわけがない。
 つまり、真犯人は結衣子先輩だけでなく、多くの人の努力を壊したことになる。
 それは先輩も、言葉が出ないくらいショックを受けるはずだ。

「そうだ、昨日の垂れ幕。結局なんだったんだ?」

 俺が彼女たちのほうを向いていたことで、松田たちもその会話を聞き、垂れ幕のことを思い出したらしい。
 松田が言ったことで姿勢を戻すと、矢野も原も頷いている。

「芳村、なにか知ってそうだったじゃん」
「あー……」

 その話をするつもりだったが、今の会話を聞いて、ここで話してもいいものなのかと悩んでしまった。
 俺は、垂れ幕が誰かに切られたということを知っている。
 だが、女子たちはあれが自然に破れた(・・・・・・)と聞かされている。
 きっと、垂れ幕の作成に関わった人たちに悲しい思いをさせたくなくて、生徒会長か結衣子先輩がそう話したのだろう。
 それがわかっていながら、俺が真実を話すのは違うに決まっている。

「いや、なにも知らないよ」

 三人はホントかよ、とでも言いたげな目をしているが、俺は気付かないフリを押し通した。

「そんなことより、問題って何個選ばないといけないんだっけ」
「八個だよ。一個だけ教室に置いておいて、あとはあちこちに設置するんだって」

 俺が強制的に話を戻したことで、矢野は戸惑いながらも教えてくれた。
 そういえばそうだったね。

「さっさと選んで……」

 終わらせよう、と言おうとしたときだった。
 周りがやけにザワついたのを感じた。
 視線を上げると、紘都が妙な格好をして黒板の前に立っていた。黒いシャツに黒いズボン。そして普段は見ない帽子は、警察の人がよく身につけてるやつか?

「……なにしてんの、アイツ」

 女子はテンション上がってるが、俺は冷ややかな視線を送っていることだろう。
 心なしか、紘都の目も死んでいる気がする。
 ということは、女子が勝手に騒いで、紘都が着せ替え人形にでもなったってところか。

「お、完璧な客寄せパンダの完成じゃん」

 矢野は紘都の姿を見て、なにか悪巧みでもしているかのような物言いで言った。
 さしずめ、男女ともに紘都の意志なんて無視して警察のコスプレをさせたのだろう。
 それならあの死んだ目も納得だし、まあまあ同情する。

「謎解きゲームだけじゃ、地味だしな」
「あれなら、女子は絶対来る」

 原も松田も続けるが、女子が来たとしても、その意識が紘都から逸れることはないだろうし、お前らが企んでいるようなことは起きないだろうよ。
 なんて、言わないけど。

「てかずっと聞きたかったんだけど、芳村って葛城さんと付き合ってんの?」
「……は?」

 聞いてきた松田だけでなく、二人もその話題に興味があるということが、俺を見る表情でわかった。
 てか、なに? 俺とのんちゃんが、付き合ってる?

「いやいや、ないでしょ」

 俺は虫でも追い払うように手を動かし、鼻で笑って否定した。
 たしかにのんちゃんのことは好きだけど、正直、マスコットキャラクターを愛でている感覚に近い。恋愛感情とはちょっと違う気がする。

「女子も噂してたくらいだから、てっきりそうなのかと思ったのに」
「そんなに?」

 つまらなさそうな松田に返すと、三人は何度か頷いた。
 しかしながら、そんな反応をされても、どうしてそういう勘違い的な噂が流れたのか、理解できない。
 恋バナ好きな女子たちが、男女でよく一緒にいるというだけでカップルにしたとかなら、わからないこともないけど。

「でもさ、付き合ってなくてもちょっといいなとか思ってんじゃねえの?」
「そうそう。葛城さん、可愛いし」

 松田に同意した原の言い方が、妙に気に入らなかった。
 それだと、のんちゃんの見た目しか褒めていないみたいじゃないか。のんちゃんの本当の可愛さは、見た目じゃないんだけど。
 いや、俺が言えた話じゃないのはわかってるけどね。

「あれの片割れだしな」

 松田はそう言いながら、視線を逸らした。その先には、髪型すらもいつもとは違い、まるで別人の紘都がいる。
 いよいよ本格的に、されるがままじゃないか。らしくない。
 そこまでいくと、のんちゃんにコスプレ姿が見たいとか言われたんじゃないかとも思えてくる。
 のんちゃんにわがままを言われたなら、紘都はなんでも聞くし、この状況も納得がいく。
 まあ、なんでそんなにのんちゃんのわがままを聞くのかは、知らないけど。

「え、あの二人って双子じゃないんじゃなかったっけ」

 矢野が言った瞬間、思考が止まった。
 今たしかに、のんちゃんたちが双子じゃないって言ったよな?

「待って、なんでお前らが、二人は双子じゃないって知ってんの?」
「去年、女子たちが葛城さんに詰め寄ってたの、覚えてない? 二人の誕生日違うけどなんで?って。そしたら葛城が、従兄弟だって答えてたじゃん。結構騒がしかったと思うけど」
「あー……そうだっけ?」

 むしろなんでお前はそれを知らないの?と言わんばかりに、矢野は説明してくれたが、全然記憶にない。きっと、紘都が女子に囲まれてるのなんて興味なくて、スルーしたのが理由だろう。
 しかし女子って怖いな。そんなところまで気付いて、複雑かもしれない二人の事情に首を突っ込めるなんて。
 でもそのおかげか、そのせいかわからないけど、のんちゃんと紘都が双子ではなく従兄弟だということは、周知の事実だったことになる。
 しかしながら、紘都が話す表情からして、二人が従兄弟とは思えなかったのは俺だけか?

「おい」

 いろいろ考えていると、頭上から低い声が聞こえてきた。
 視線を上げると、着せ替え人形と成り果てたはずの紘都がそこに立っている。
 近くで見たら、その格好がますます面白く見えるのだが、紘都の表情からして面白がっているどころではなさそうだ。

「なんだよ」
「黙って来い」

 喧嘩を売られたような気がしたから買ってやろうと思ったのに、紘都は俺を睨んで短く言うと、俺たちに背を向けた。
 俺も矢野たちと同様に、紘都がなにをしようとしているのかよくわからず、紘都の背中を見送った。
 しかし、さっきの会話を聞かれたのだとしたら、俺に話があるのかもしれない。

「ちょっと行ってくるわ」
「りょーかい」

 三人の間延びした返事を聞きながら、俺は紘都を追って教室を出た。