それからショッピングモールに着くまで、のんちゃんは自分の好きなものを語ってくれた。リュックについているクマをはじめ、最近流行っているキャラクター。どれも、紘都には可愛すぎるものばかりだった。
それなのに、雑貨店に入ったのんちゃんはそんな可愛いものを見て回っている。のんちゃんが今、手にしているピンクの花柄雑貨を紘都が所持することになると思うと、笑えてくる。
といっても、俺にも可愛すぎるものしかないせいで、店に入る勇気がなかった。店の外から浮かれたのんちゃんを見ているだけで十分だ。
「お前、いいのかよ。のんちゃん、本気で自分が好きなものを買うつもりみたいだけど」
「いい」
まさかの即答。
ちょっと前の俺だったら、シスコン野郎くらいは思っただろう。だが、ふたりが双子ではないと
紘都がここまでのんちゃんに甘いのは、ふたりの本当の関係が原因か?
……いや、このことを考えるのはやめるんだった。
「お前こそ、入らなくていいのか?」
俺が紘都はにやりと笑った。
それはたぶん、俺が『最高のプレゼント選んでやんよ』と言ったからだろう。
紘都は別に、俺からの誕プレがほしいとは思っていない。ただ単に、俺をからかいたいだけ。
それがわかっているから、俺は「うるせ」と言って出入り口付近にあるアニメグッズに視線を移した。
紘都は横に立ったまま、のんちゃんを見つめている。この場合、見張っていると言ったほうが正しいのかもしれない。なんだかんだ、変なものを買われては困るのだろう。
貶し合いばかりする俺たちは、雑談を楽しもうとは微塵も思わず、お互い黙った。
正直、無言の時間は苦ではないが、あの話をするなら今がチャンスか。
「……なあ、お前らが屋上に来たときの状況が知りたいんだけど」
俺が急にそんなことを聞いたことで、紘都は怪訝な顔をした。
「急になんだよ」
「いや……」
急ということもないだろうが、俺は反論せずに、さっきの原たちの話を簡潔に言った。
「なるほどな。でも、それをお前が知ってどうするんだ」
「探偵ごっこだよ」
ごっこ遊びなんて子供じみているとわかっているが、無性に心が踊っている自分がいた。その証拠に、左側の口角が上がったのがわかる。だからか、紘都はくだらないとでも言いたそうな眼をしている。
「碧羽くん、探偵さんになるの? かっこいい!」
すると、さっきまで店の中にいたはずののんちゃんが、キラキラと眩しい顔でそこにいた。
学校での推理力というか、推察力からして、俺よりものんちゃんのほうが探偵を名乗るにふさわしいような気がするけど、まあいいか。
「のんちゃん、買い物はおしまい?」
「うん! 可愛いネコさんのぬいぐるみにしたの!」
俺の質問に、のんちゃんはバカ正直に答えた。どうやら、のんちゃんの頭にはサプライズという言葉はないらしい。まあ、プレゼントを渡す本人になにが欲しいか聞くくらいだから、こんなものか。
しかしまあ、紘都に猫のぬいぐるみね。
「よかったな、紘都。これで少しは可愛げがある性格になるんじゃね」
のんちゃんが言う“可愛い”は、きっと俺たちが思うよりもうんと紘都には似合わない。それが紘都の手に渡ると思うと、面白くて仕方ないのだが。
「そうか、話さなくてもいいんだな」
俺がにやついていたことで、紘都は不機嫌さを増した。こいつなら本当に話さないで終わらせてしまいそうで、俺は慌てて言い訳を並べた。
「いや、ほら、なんていうか……そう、のんちゃんが選んだんだ、紘都に決まってるよ。な、のんちゃん」
「もちろん!」
のんちゃんが全力で頷いてくれたことで、紘都の怒りも少しは収まってくれたように見えた。これでひとまず安心だな。
「のん、アイス食べたい!」
それじゃあ切り替えて、紘都に屋上の話をしてもらおうかと思った刹那、のんちゃんが元気よく提案してきた。
そんなことをしている暇はないだろうけど、言われると食べたくなるのだから不思議だ。
「いいね、行こうか」
俺が賛成すると、のんちゃんは本当に嬉しそうに笑った。なんというか、紘都ほどではないけど、これだけ純粋な笑顔を見ていると、甘やかしたくなるのもわかる。
そして俺たちは雑貨店を離れ、このショッピングモール内にあるジェラート屋に向かって移動を始めた。
「それで? お前が聞きたいのは屋上にたどり着く前の話だったか?」
エスカレーターに乗って一階に降りている途中、一番後ろに立った紘都が言った。
階段だから仕方ないとはわかっているけど、紘都を見上げなければならないってのは面白くないな。
まあ、これに関しての文句を言えば、また機嫌を損ねてしまいそうだから、黙っておくけど。
「そうそう。垂れ幕が切られて発見されるまでの時間が結構短かったから、なんでお前がすぐに屋上に来れたのか気になったんだよ」
「そんなに短かったの?」
「うん。五分か十分くらいなんだって」
俺の返答を聞いて、のんちゃんは「十分……」と呟きながらエスカレーターを降りた。
いつもの癖で少し上を見ながら歩いているから、転けたり人とぶつかったりしないだろうかと心配になるが、杞憂だったらしい。のんちゃんは器用に人を避けながら進んでいる。
「切られた垂れ幕が見つかる直前までは、無傷な垂れ幕があったのかな?」
「さあ……どうだろ。そこまでは聞いてないな」
言いながら、たとえ聞いたとしても、あの三人が垂れ幕に意識を向けていたとは思えなかった。たぶん、俺と同じで垂れ幕があることにすら気付いていなかったタイプだろうから、聞くだけムダな気がする。
「放課後までは、普通に飾られてたんじゃないか」
紘都がそう言ったことで、のんちゃんは振り向いて後ろ向きで歩こうとした。さすがにそれは危ないので、俺も紘都も、前を向かせる。
しかし紘都の話には興味があるらしく、視線は完全に後ろを見ている。そんなのんちゃんを見て、紘都はため息をつきながらのんちゃんの隣に立った。
俺はふたりの後ろを歩くことになったが、話は聞こえるからまあいいだろう。
「俺は、放課後まで文化祭の準備をサボっていたコイツを探し回った末に、屋上に向かったんだ」
若干トゲのある言い回しで、文句を言ってやろうとしたが、よくよく考えれば、悪いのはサボった俺だ。紘都を責めるのも違うか。
しかし、わずかに振り向いたのんちゃんの目が「そうなの?」と言いたそうで、俺は目を逸らしてしまった。
「その途中に生徒会長と会ったんだが、慌てた様子がなかった。普通に、いつもの習慣として垂れ幕を片付けに向かっているというような感じだな。もし垂れ幕が切られていたと知っていたら、走ったりなんだりしていたと思う」
だから、放課後までは無事だったと言い切ったわけか。のんちゃんも納得しているように見えたが、まだ疑問点は残っているらしい。
やっぱり、探偵は俺よりものんちゃんだな。
「出会ったのって、早希センパイだけなの? 結衣子センパイは?」
「守谷先輩は先に屋上に着いていたな」
「じゃあ、結衣子先輩が犯人を見た可能性があるってことじゃん」
ふたりとも俺が口を挟むと思っていなかったのか、少し驚いた顔で見てきた。
もしくは、俺が探偵らしいことを言ったことに驚いたか。
……どちらにせよ、失礼な話だな。
いや、見当違いなことを言った可能性だってあるのか。そう思ったが、のんちゃんは全力で頷いてくれたことで、その不安は払拭された。
しかし紘都の表情は冴えなかった。
「誰ともすれ違わなかったらしい」
紘都の表情でなんとなく察していたが、実際に言葉で聞くと、絶望のお知らせのように聞こえた。
のんちゃんも「あらら……」と呟いてまた考え込んでいると思ったら、急に笑顔が戻った。
目的地である、ジェラート屋に着いたのだ。
のんちゃんは一番に駆け寄って、フレーバーを選んでいる。背中しか見えないが、鼻歌でも歌っていそうだ。
「のんはね、いちごと……チョコにする!」
さっきまで難しい顔をして歩いていたのは幻か?と思わずにはいられないくらいの、切り替えの速さだ。
「ヒロくんと碧羽くんは?」
「俺はいい」
紘都が即答したことで、のんちゃんは両頬を膨らませた。
まあ、のんちゃんにとって楽しい時間なのに、こんなこと言われちゃ不満も込み上げてくるのもわからなくはない。紘都も、のんちゃんを甘やかす気があるなら、それくらい汲み取ってやればいいのに。
「じゃあ俺、抹茶にしようかな」
俺が言うと、のんちゃんは笑顔に戻った。
そして、のんちゃんは俺たちが選んだフレーバーがカップに入れられていく様子を、それはもう子供かと言いたくなるくらい、食い入るように見ていた。
ジェラートを受け取る際、おまけとして、のんちゃんはカフェモカ、俺はティラミスを一口分ほどもらった。
そして俺たちは近くにあるフードコートに移動した。夕飯時で人が多いが、俺たちは四人席に座ることができた。のんちゃんと紘都が並んで座り、俺はのんちゃんの向かいに座る。
さっそくジェラートを頬張るのんちゃんは、それはもう幸せそうに笑っている。思わず一口ちょうだいといいたくなるくらいだ。
ちなみに、俺がおまけで選んだティラミス味は思っていた以上に美味しく、これにすればよかったかもしれないなんて思った。でも抹茶も好きなんだよなあ。
「それで、ヒロくん。結衣子センパイ、本当に誰とも会わなかったって言ってたの?」
のんちゃんの表情が破綻するのもわかると思いながらジェラートを食べていると、のんちゃんが切り出した。
アイスを食べ終えるまでは事件の話はしないと思っていたから、少し意外だ。
……いや、もう食べたのか。のんちゃんはダブルだったのに。
「ああ。先輩たちが毎日垂れ幕の管理をしているのは知ってるか?」
しかしのんちゃんの食べるスピードに驚いているのは俺だけで、紘都はなにも気にせずに話を進めている。つまりこれは、普通のことなのか。
俺が戸惑っている間にのんちゃんが頷いたことで、話はどんどん進んでいく。
「守谷先輩は、屋上に出るドアの前で待ってたんだ。そのときの様子は、生徒会長と一緒だ。いつも通りで、垂れ幕が切られていることなんて微塵も知らないようだった」
じゃあ、なんだ。生徒会長も結衣子先輩も、直接目で確かめるまで知らなかったってことかよ。
そんなこと、あり得るのか?
「ってことは、ふたりとも、垂れ幕を回収してからあの状態を知ったってことなんだね……」
「そういうことだ。で、先輩は誰とも会わなかったって言うし、芳村が屋上で寝ていたことから、こいつが犯人かと思ったんだが」
紘都の睨むような視線が俺に向く。それにつられたように、のんちゃんが純粋な目で俺を見てきた。
「いやいやいや、俺じゃないって!」
俺が慌てて否定したからか、のんちゃんがくすくすと笑う。そんなに俺の姿が滑稽に映ったかと思うと、少し恥ずかしい。
「うん、今度ははっきりと否定できるよ。犯人は碧羽くんじゃないって」
「え、マジ?」
のんちゃんは自信満々に首を縦に振った。
さすが名探偵とはやし立てたくなる瞳だ。
「垂れ幕が見つかって回収されるまで十分程度っていうのは、たぶん、覆らない真実。だから、もし碧羽くんが犯人なら、碧羽くんは一瞬で寝たってことになるよ」
「なるほどね。そんな芸当、俺にはできっこないし?」
自分でも勝ち誇った顔をしているのがわかる。さぞ、ムカつくことだろう。
予想通り、紘都は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「……犯行後、階段を上る足音が聞こえてきたから、逃げることを諦めて寝たフリをしていたとも考えられるだろ」
「そしたら俺、放課後までの二時間くらい空を眺めてた超暇人ってことになるんだけど」
諦めの悪い言い分に、ため息が混ざってしまう。紘都なら、のんちゃんが言っているくらいのことは思いつきそうなのに。
俺が寝ているそばにハサミがあったっていう状況証拠が、紘都の視野を狭めているのか?
なんていろいろ考えていると、紘都は意外そうに何度か瞬きをした。
「なんだよ」
「お前……スマホ持ってなかったのか?」
「ああ、スマホね」
そういえば、と思いながらカバンから自分のスマホを取り出す。そしてふたりに画面が見えるように机に置き、操作を進めていく。
「ほら。機内モードにして教室に置いてたんだよ」
話しながら、俺は機内モードを解除した。
まあ、本当は電源を切ることが校則だが、そこまでするのは面倒で機内モードにしている。これが案外バレない。
「お前って、真面目にスマホをしまっておくタイプだったんだな」
紘都からしてみれば、俺はこっそりスマホを使うような奴に見えるらしい。
俺もそう思うから、否定はしない。
「没収されたらめんどくさいんだよ」
一年のときに反省文を書かされたことを思い出してうんざりしながら、スマホをズボンに戻した。
「しかしそうなると、本格的に犯人が不明ということになるな……」
紘都は腕を組んで唸った。隣に座るのんちゃんも、視線が空を泳いでいる。
俺としては無罪が完全に証明されたし、正直、真犯人は興味ない。
だが、推理ごっこは少し楽しそうだ。
「あ! 三階の窓から切ったとか?」
それなら、結衣子先輩が誰にも会わなかった理由も解決でしょ。
そう思って自信満々に言ったのに。
「んー……違うと思う。だってほら、垂れ幕は端から端まで切られてたもん」
のんちゃんにばっさり却下されてしまった。
思い出すのは、矢野が見せてくれた写真だ。上から下まで、しっかりと切られた垂れ幕。
下のほうは引き上げて切れても、上のほうは難しいだろう。
「それに、もし窓から切ったなら、碧羽くんのそばにハサミを置くこともできないよ」
「じゃあやっぱり、屋上でやったってことか……」
言いながら視線を落とすと、手元のカップが視界に入った。
そういえば、のんちゃんはジェラートを食べ終えていたけど、俺はまだだった。もうすっかり溶けてしまった抹茶味のジェラートを飲みながら、次の仮説を考えてみる。
「あ! どこか物陰に隠れてたとか! ほら、紘都は俺、先輩たちは垂れ幕に注目してたし、ほかの場所は見てないだろ」
「それはまあ……」
紘都が言い淀んだことで、自分が正解に近付けているような気がした。
その瞬間、なんとも言いがたい高揚感を覚えた。
「犯人は放課後になって屋上へ向かって、寝ている俺を発見する。でも俺は、夢すらも見ないほどの深い眠りに入っていたから、気にせず犯行を進める。だが、結衣子先輩が思いのほかはやくやって来てしまったことで、俺に罪をなすりつけて自分は隠れた……これしかないんじゃない?」
俺は今度こそ正解を導いたと思ってのんちゃんを見たが、のんちゃんはまだなにかを考えているようだった。
「のん?」
「……え?」
紘都に呼ばれた数秒後も、のんちゃんは難しい顔をしていた。
それがなにを考えてのものなのか気になったけど、なんでもないと言わんばかりの笑みにかき消されてしまった。
「うん! のんも碧羽くんと同じこと思った!」
のんちゃんらしい、元気いっぱいな肯定。
素直に受け止めたいところではあるが、どうしてもついさっきの表情が頭から離れない。
「その割にはなんか考えてなかった?」
「それはほら、誰が碧羽くんに罪を着せるなんて酷いことをしたんだろうって考えてただけだよ」
絶対誤魔化されたと思うのに、真犯人が不明ということに意識を引っ張られる。
たしかに、俺の推理が正しいとしても、誰がやったのかまではわからないのか。なんだか進んだようで進んでいない気分だ。
「まあ、こいつを痛い目に遭わせたい気持ちはわからないこともないが」
俺は事件解明する気満々で腕組みまでしたというのに、紘都はそう言いながら立ち上がった。のんちゃんも同じく帰るつもりなのか、席を立ってカップのごみを捨てに行っている。
気付けばフードコートで駄弁っていた高校生たちもいなくなっていた。つまり俺たちも帰る時間になっているのだが。
「え、待って待って、もう帰るの? 犯人捜しは?」
ここまで来て結末にたどり着かないというのも気持ち悪い。
だが、そう思っているのは俺だけだったみたいだ。
「だってのん、お腹空いたもん」
のんちゃんはそう言って椅子に掛けていたリュックを背負った。
まあ、ジェラートは腹の足しにもならないのもわかるけど。さっきまで名探偵みたいに推理してたのに、急激にどうでもよくなることなんてあるのか?
「透明人間でもいたんだろ」
「はあ? なんだよ、それ。いくらなんでも適当すぎじゃね」
紘都も急に興味を失うという、明らかに変な状況についていけていないのに、ふたりは俺を置いて席を離れていく。
こうなっては、もう帰るしかなさそうだ。
俺はカバンを肩にかけ、カップをごみ箱に突っ込んでふたりの後を追った。
それなのに、雑貨店に入ったのんちゃんはそんな可愛いものを見て回っている。のんちゃんが今、手にしているピンクの花柄雑貨を紘都が所持することになると思うと、笑えてくる。
といっても、俺にも可愛すぎるものしかないせいで、店に入る勇気がなかった。店の外から浮かれたのんちゃんを見ているだけで十分だ。
「お前、いいのかよ。のんちゃん、本気で自分が好きなものを買うつもりみたいだけど」
「いい」
まさかの即答。
ちょっと前の俺だったら、シスコン野郎くらいは思っただろう。だが、ふたりが双子ではないと
紘都がここまでのんちゃんに甘いのは、ふたりの本当の関係が原因か?
……いや、このことを考えるのはやめるんだった。
「お前こそ、入らなくていいのか?」
俺が紘都はにやりと笑った。
それはたぶん、俺が『最高のプレゼント選んでやんよ』と言ったからだろう。
紘都は別に、俺からの誕プレがほしいとは思っていない。ただ単に、俺をからかいたいだけ。
それがわかっているから、俺は「うるせ」と言って出入り口付近にあるアニメグッズに視線を移した。
紘都は横に立ったまま、のんちゃんを見つめている。この場合、見張っていると言ったほうが正しいのかもしれない。なんだかんだ、変なものを買われては困るのだろう。
貶し合いばかりする俺たちは、雑談を楽しもうとは微塵も思わず、お互い黙った。
正直、無言の時間は苦ではないが、あの話をするなら今がチャンスか。
「……なあ、お前らが屋上に来たときの状況が知りたいんだけど」
俺が急にそんなことを聞いたことで、紘都は怪訝な顔をした。
「急になんだよ」
「いや……」
急ということもないだろうが、俺は反論せずに、さっきの原たちの話を簡潔に言った。
「なるほどな。でも、それをお前が知ってどうするんだ」
「探偵ごっこだよ」
ごっこ遊びなんて子供じみているとわかっているが、無性に心が踊っている自分がいた。その証拠に、左側の口角が上がったのがわかる。だからか、紘都はくだらないとでも言いたそうな眼をしている。
「碧羽くん、探偵さんになるの? かっこいい!」
すると、さっきまで店の中にいたはずののんちゃんが、キラキラと眩しい顔でそこにいた。
学校での推理力というか、推察力からして、俺よりものんちゃんのほうが探偵を名乗るにふさわしいような気がするけど、まあいいか。
「のんちゃん、買い物はおしまい?」
「うん! 可愛いネコさんのぬいぐるみにしたの!」
俺の質問に、のんちゃんはバカ正直に答えた。どうやら、のんちゃんの頭にはサプライズという言葉はないらしい。まあ、プレゼントを渡す本人になにが欲しいか聞くくらいだから、こんなものか。
しかしまあ、紘都に猫のぬいぐるみね。
「よかったな、紘都。これで少しは可愛げがある性格になるんじゃね」
のんちゃんが言う“可愛い”は、きっと俺たちが思うよりもうんと紘都には似合わない。それが紘都の手に渡ると思うと、面白くて仕方ないのだが。
「そうか、話さなくてもいいんだな」
俺がにやついていたことで、紘都は不機嫌さを増した。こいつなら本当に話さないで終わらせてしまいそうで、俺は慌てて言い訳を並べた。
「いや、ほら、なんていうか……そう、のんちゃんが選んだんだ、紘都に決まってるよ。な、のんちゃん」
「もちろん!」
のんちゃんが全力で頷いてくれたことで、紘都の怒りも少しは収まってくれたように見えた。これでひとまず安心だな。
「のん、アイス食べたい!」
それじゃあ切り替えて、紘都に屋上の話をしてもらおうかと思った刹那、のんちゃんが元気よく提案してきた。
そんなことをしている暇はないだろうけど、言われると食べたくなるのだから不思議だ。
「いいね、行こうか」
俺が賛成すると、のんちゃんは本当に嬉しそうに笑った。なんというか、紘都ほどではないけど、これだけ純粋な笑顔を見ていると、甘やかしたくなるのもわかる。
そして俺たちは雑貨店を離れ、このショッピングモール内にあるジェラート屋に向かって移動を始めた。
「それで? お前が聞きたいのは屋上にたどり着く前の話だったか?」
エスカレーターに乗って一階に降りている途中、一番後ろに立った紘都が言った。
階段だから仕方ないとはわかっているけど、紘都を見上げなければならないってのは面白くないな。
まあ、これに関しての文句を言えば、また機嫌を損ねてしまいそうだから、黙っておくけど。
「そうそう。垂れ幕が切られて発見されるまでの時間が結構短かったから、なんでお前がすぐに屋上に来れたのか気になったんだよ」
「そんなに短かったの?」
「うん。五分か十分くらいなんだって」
俺の返答を聞いて、のんちゃんは「十分……」と呟きながらエスカレーターを降りた。
いつもの癖で少し上を見ながら歩いているから、転けたり人とぶつかったりしないだろうかと心配になるが、杞憂だったらしい。のんちゃんは器用に人を避けながら進んでいる。
「切られた垂れ幕が見つかる直前までは、無傷な垂れ幕があったのかな?」
「さあ……どうだろ。そこまでは聞いてないな」
言いながら、たとえ聞いたとしても、あの三人が垂れ幕に意識を向けていたとは思えなかった。たぶん、俺と同じで垂れ幕があることにすら気付いていなかったタイプだろうから、聞くだけムダな気がする。
「放課後までは、普通に飾られてたんじゃないか」
紘都がそう言ったことで、のんちゃんは振り向いて後ろ向きで歩こうとした。さすがにそれは危ないので、俺も紘都も、前を向かせる。
しかし紘都の話には興味があるらしく、視線は完全に後ろを見ている。そんなのんちゃんを見て、紘都はため息をつきながらのんちゃんの隣に立った。
俺はふたりの後ろを歩くことになったが、話は聞こえるからまあいいだろう。
「俺は、放課後まで文化祭の準備をサボっていたコイツを探し回った末に、屋上に向かったんだ」
若干トゲのある言い回しで、文句を言ってやろうとしたが、よくよく考えれば、悪いのはサボった俺だ。紘都を責めるのも違うか。
しかし、わずかに振り向いたのんちゃんの目が「そうなの?」と言いたそうで、俺は目を逸らしてしまった。
「その途中に生徒会長と会ったんだが、慌てた様子がなかった。普通に、いつもの習慣として垂れ幕を片付けに向かっているというような感じだな。もし垂れ幕が切られていたと知っていたら、走ったりなんだりしていたと思う」
だから、放課後までは無事だったと言い切ったわけか。のんちゃんも納得しているように見えたが、まだ疑問点は残っているらしい。
やっぱり、探偵は俺よりものんちゃんだな。
「出会ったのって、早希センパイだけなの? 結衣子センパイは?」
「守谷先輩は先に屋上に着いていたな」
「じゃあ、結衣子先輩が犯人を見た可能性があるってことじゃん」
ふたりとも俺が口を挟むと思っていなかったのか、少し驚いた顔で見てきた。
もしくは、俺が探偵らしいことを言ったことに驚いたか。
……どちらにせよ、失礼な話だな。
いや、見当違いなことを言った可能性だってあるのか。そう思ったが、のんちゃんは全力で頷いてくれたことで、その不安は払拭された。
しかし紘都の表情は冴えなかった。
「誰ともすれ違わなかったらしい」
紘都の表情でなんとなく察していたが、実際に言葉で聞くと、絶望のお知らせのように聞こえた。
のんちゃんも「あらら……」と呟いてまた考え込んでいると思ったら、急に笑顔が戻った。
目的地である、ジェラート屋に着いたのだ。
のんちゃんは一番に駆け寄って、フレーバーを選んでいる。背中しか見えないが、鼻歌でも歌っていそうだ。
「のんはね、いちごと……チョコにする!」
さっきまで難しい顔をして歩いていたのは幻か?と思わずにはいられないくらいの、切り替えの速さだ。
「ヒロくんと碧羽くんは?」
「俺はいい」
紘都が即答したことで、のんちゃんは両頬を膨らませた。
まあ、のんちゃんにとって楽しい時間なのに、こんなこと言われちゃ不満も込み上げてくるのもわからなくはない。紘都も、のんちゃんを甘やかす気があるなら、それくらい汲み取ってやればいいのに。
「じゃあ俺、抹茶にしようかな」
俺が言うと、のんちゃんは笑顔に戻った。
そして、のんちゃんは俺たちが選んだフレーバーがカップに入れられていく様子を、それはもう子供かと言いたくなるくらい、食い入るように見ていた。
ジェラートを受け取る際、おまけとして、のんちゃんはカフェモカ、俺はティラミスを一口分ほどもらった。
そして俺たちは近くにあるフードコートに移動した。夕飯時で人が多いが、俺たちは四人席に座ることができた。のんちゃんと紘都が並んで座り、俺はのんちゃんの向かいに座る。
さっそくジェラートを頬張るのんちゃんは、それはもう幸せそうに笑っている。思わず一口ちょうだいといいたくなるくらいだ。
ちなみに、俺がおまけで選んだティラミス味は思っていた以上に美味しく、これにすればよかったかもしれないなんて思った。でも抹茶も好きなんだよなあ。
「それで、ヒロくん。結衣子センパイ、本当に誰とも会わなかったって言ってたの?」
のんちゃんの表情が破綻するのもわかると思いながらジェラートを食べていると、のんちゃんが切り出した。
アイスを食べ終えるまでは事件の話はしないと思っていたから、少し意外だ。
……いや、もう食べたのか。のんちゃんはダブルだったのに。
「ああ。先輩たちが毎日垂れ幕の管理をしているのは知ってるか?」
しかしのんちゃんの食べるスピードに驚いているのは俺だけで、紘都はなにも気にせずに話を進めている。つまりこれは、普通のことなのか。
俺が戸惑っている間にのんちゃんが頷いたことで、話はどんどん進んでいく。
「守谷先輩は、屋上に出るドアの前で待ってたんだ。そのときの様子は、生徒会長と一緒だ。いつも通りで、垂れ幕が切られていることなんて微塵も知らないようだった」
じゃあ、なんだ。生徒会長も結衣子先輩も、直接目で確かめるまで知らなかったってことかよ。
そんなこと、あり得るのか?
「ってことは、ふたりとも、垂れ幕を回収してからあの状態を知ったってことなんだね……」
「そういうことだ。で、先輩は誰とも会わなかったって言うし、芳村が屋上で寝ていたことから、こいつが犯人かと思ったんだが」
紘都の睨むような視線が俺に向く。それにつられたように、のんちゃんが純粋な目で俺を見てきた。
「いやいやいや、俺じゃないって!」
俺が慌てて否定したからか、のんちゃんがくすくすと笑う。そんなに俺の姿が滑稽に映ったかと思うと、少し恥ずかしい。
「うん、今度ははっきりと否定できるよ。犯人は碧羽くんじゃないって」
「え、マジ?」
のんちゃんは自信満々に首を縦に振った。
さすが名探偵とはやし立てたくなる瞳だ。
「垂れ幕が見つかって回収されるまで十分程度っていうのは、たぶん、覆らない真実。だから、もし碧羽くんが犯人なら、碧羽くんは一瞬で寝たってことになるよ」
「なるほどね。そんな芸当、俺にはできっこないし?」
自分でも勝ち誇った顔をしているのがわかる。さぞ、ムカつくことだろう。
予想通り、紘都は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「……犯行後、階段を上る足音が聞こえてきたから、逃げることを諦めて寝たフリをしていたとも考えられるだろ」
「そしたら俺、放課後までの二時間くらい空を眺めてた超暇人ってことになるんだけど」
諦めの悪い言い分に、ため息が混ざってしまう。紘都なら、のんちゃんが言っているくらいのことは思いつきそうなのに。
俺が寝ているそばにハサミがあったっていう状況証拠が、紘都の視野を狭めているのか?
なんていろいろ考えていると、紘都は意外そうに何度か瞬きをした。
「なんだよ」
「お前……スマホ持ってなかったのか?」
「ああ、スマホね」
そういえば、と思いながらカバンから自分のスマホを取り出す。そしてふたりに画面が見えるように机に置き、操作を進めていく。
「ほら。機内モードにして教室に置いてたんだよ」
話しながら、俺は機内モードを解除した。
まあ、本当は電源を切ることが校則だが、そこまでするのは面倒で機内モードにしている。これが案外バレない。
「お前って、真面目にスマホをしまっておくタイプだったんだな」
紘都からしてみれば、俺はこっそりスマホを使うような奴に見えるらしい。
俺もそう思うから、否定はしない。
「没収されたらめんどくさいんだよ」
一年のときに反省文を書かされたことを思い出してうんざりしながら、スマホをズボンに戻した。
「しかしそうなると、本格的に犯人が不明ということになるな……」
紘都は腕を組んで唸った。隣に座るのんちゃんも、視線が空を泳いでいる。
俺としては無罪が完全に証明されたし、正直、真犯人は興味ない。
だが、推理ごっこは少し楽しそうだ。
「あ! 三階の窓から切ったとか?」
それなら、結衣子先輩が誰にも会わなかった理由も解決でしょ。
そう思って自信満々に言ったのに。
「んー……違うと思う。だってほら、垂れ幕は端から端まで切られてたもん」
のんちゃんにばっさり却下されてしまった。
思い出すのは、矢野が見せてくれた写真だ。上から下まで、しっかりと切られた垂れ幕。
下のほうは引き上げて切れても、上のほうは難しいだろう。
「それに、もし窓から切ったなら、碧羽くんのそばにハサミを置くこともできないよ」
「じゃあやっぱり、屋上でやったってことか……」
言いながら視線を落とすと、手元のカップが視界に入った。
そういえば、のんちゃんはジェラートを食べ終えていたけど、俺はまだだった。もうすっかり溶けてしまった抹茶味のジェラートを飲みながら、次の仮説を考えてみる。
「あ! どこか物陰に隠れてたとか! ほら、紘都は俺、先輩たちは垂れ幕に注目してたし、ほかの場所は見てないだろ」
「それはまあ……」
紘都が言い淀んだことで、自分が正解に近付けているような気がした。
その瞬間、なんとも言いがたい高揚感を覚えた。
「犯人は放課後になって屋上へ向かって、寝ている俺を発見する。でも俺は、夢すらも見ないほどの深い眠りに入っていたから、気にせず犯行を進める。だが、結衣子先輩が思いのほかはやくやって来てしまったことで、俺に罪をなすりつけて自分は隠れた……これしかないんじゃない?」
俺は今度こそ正解を導いたと思ってのんちゃんを見たが、のんちゃんはまだなにかを考えているようだった。
「のん?」
「……え?」
紘都に呼ばれた数秒後も、のんちゃんは難しい顔をしていた。
それがなにを考えてのものなのか気になったけど、なんでもないと言わんばかりの笑みにかき消されてしまった。
「うん! のんも碧羽くんと同じこと思った!」
のんちゃんらしい、元気いっぱいな肯定。
素直に受け止めたいところではあるが、どうしてもついさっきの表情が頭から離れない。
「その割にはなんか考えてなかった?」
「それはほら、誰が碧羽くんに罪を着せるなんて酷いことをしたんだろうって考えてただけだよ」
絶対誤魔化されたと思うのに、真犯人が不明ということに意識を引っ張られる。
たしかに、俺の推理が正しいとしても、誰がやったのかまではわからないのか。なんだか進んだようで進んでいない気分だ。
「まあ、こいつを痛い目に遭わせたい気持ちはわからないこともないが」
俺は事件解明する気満々で腕組みまでしたというのに、紘都はそう言いながら立ち上がった。のんちゃんも同じく帰るつもりなのか、席を立ってカップのごみを捨てに行っている。
気付けばフードコートで駄弁っていた高校生たちもいなくなっていた。つまり俺たちも帰る時間になっているのだが。
「え、待って待って、もう帰るの? 犯人捜しは?」
ここまで来て結末にたどり着かないというのも気持ち悪い。
だが、そう思っているのは俺だけだったみたいだ。
「だってのん、お腹空いたもん」
のんちゃんはそう言って椅子に掛けていたリュックを背負った。
まあ、ジェラートは腹の足しにもならないのもわかるけど。さっきまで名探偵みたいに推理してたのに、急激にどうでもよくなることなんてあるのか?
「透明人間でもいたんだろ」
「はあ? なんだよ、それ。いくらなんでも適当すぎじゃね」
紘都も急に興味を失うという、明らかに変な状況についていけていないのに、ふたりは俺を置いて席を離れていく。
こうなっては、もう帰るしかなさそうだ。
俺はカバンを肩にかけ、カップをごみ箱に突っ込んでふたりの後を追った。



