「じゃあのん、先に下駄箱行ってるね!」
のんちゃんは小走りで俺たちから離れていった。そのたびに、リュックに付いているぬいぐるみキーホルダーが揺れる。五個も六個も付けて重たいだろうに。
そんなことを考えていると、紘都がおもむろに歩き始めた。
帰るために、教室に荷物を取りに行くつもりなのだろう。俺も、当然なにも持たずに屋上に行っていたので、手ぶらだ。
昼間の賑やかさを失った廊下を、紘都と歩くのは妙に居心地が悪い。
まあ、こんな仏頂面な奴の隣を、楽しく歩けるのはのんちゃんくらいだろう。少しくらい、のんちゃんの愛嬌を見習えよ。
ああでも、ふたりは双子じゃないんだっけ。従兄弟とかだろうか。だったらまあ、似てないのも納得だな。
「……聞いてこないんだな」
俺があれこれ思考を巡らせていると、ふと紘都が言った。俺に聞いたのか?と言いたくなるくらい、独り言のようだが。
「聞くって、なにを?」
「俺たちのこと」
「ああ、双子じゃない理由?」
紘都は目を伏せ、小さく頷いた。
その反応からして、どうやら積極的に話したくはないらしい。
簡単に言えないということは、従兄弟ではないのか?
となると、少し気になるところではあるけど。
「んー……正直、興味ないんだよね。どうでもいいっていうか」
すると、紘都はこっちを向いて、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。
そんなに驚かなくてもいいだろうに。
「いや、気にはなるよ? でもさ、紘都とのんちゃんが双子だろうが、そうじゃなかろうが、なにかが変わるわけじゃないじゃん。お前は無愛想野郎で、のんちゃんは……」
“天然おバカさん”
いつものようにそう続けようとしたけど、言葉が出なかった。だって、さっきののんちゃんは天然おバカさんではなかったから。
俺が不自然に黙ったことで、紘都は不思議そうに俺を見る。
「あのさ……のんちゃんって実は賢かったりする?」
紘都は数秒の沈黙の後、不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろうな」
うわ、ムカつく。自分はのんちゃんのことよくわかってますよ自慢かよ。
「少なくとも、お前が思ってるよりは賢いよ」
紘都はそう言いながら、教室に入っていく。中には作業をしている原、松田、矢野がいた。俺と同じ仕事を割り振られている三人だから、少し気まずい。紘都が入って三人の雑談の声が止まったから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
「あ、葛城! 芳村見つけたんだな!」
「ほら、言ったろ? 芳村のことは葛城に任せておけばいいんだって」
「どうよ、芳村。ようやく働く気になったかー?」
矢野、原が言ったのに続けて、松田が間延びした声で聞いてきた。
この感じでほかの奴らと喋りながら作業していたから、放課後まで残っているのだろう。
まあ、俺がなにもしていないせいとも言えるかもしれないが。
「明日からな」
俺は答えながら、窓際の後ろにある自分の席に向かう。
紘都はというと、さっさと荷物を回収して教室を出て行った。少しくらい応えてやればいいのに。無愛想な奴め。
「それ、絶対やらないやつじゃん」
すると、原の一言で松田と矢野はけらけらと笑う。こんな奴らだから、気兼ねなくサボってたと言っても過言ではない。
「てか芳村、お前どこにいたんだよ」
俺も荷物を取ってさっさと帰ろうとしたら、松田が呼び止めてきた。俺は紘都みたいに心の狭い男じゃないから、ちゃんと足を止めて振り返る。
すると、三人は片付けを始めていた。作業で残っていたのではなく、俺が戻ってくるのを待っていたのだとしたら、少し申し訳なくなる。
「屋上だけど」
「え、じゃあ、あの垂れ幕やったのって、お前?」
矢野の口から垂れ幕という単語が出てくるとは思わず、思っているより大げさに「え?」と反応してしまった。
「なんでお前らが垂れ幕のこと知ってんの?」
「いやなんでって、ふと外見たらボロボロの垂れ幕が屋上からぶら下がってたから」
矢野は言いながらスマホを見せてくれた。
そこに写っているのは、上から下までせっかくのデザインがまんべんなく切られている垂れ幕。ずっと丸まった状態でしか見ていなかったから、これほど酷いことになっていたなんて思っていなかった。これは美術部の部長さんがなにも言えなくなるほどショックを受けるのも納得だ。
というか、屋上から垂らしたままだったなら、犯行の一部始終を見ていた人がいても不思議ではないのか。
「これ、犯人見た!?」
俺の無罪が証明できるチャンスかもしれないと思うと、声に力が入ってしまった。そのせいで、矢野たちは戸惑った様子で俺を見てきた。
「それは見てないけど……」
「いつの間に、誰がどうやってやったんだろうなって話してたんだよ。でもすぐに回収されてたから、解決したんだと思ったんだ」
「すぐって、どれくらい?」
俺が聞くと、三人は顔を見合わせた。正確な時間を覚えている奴はいないらしく、お互いに聞き合っている。
「多分、五分くらいだったと思う」
話し合いの結果、松田が言った。
ボロボロの垂れ幕が見つかってから、回収されるまで五分程度。放置されていたとしても、最大十分といったところか。
それで俺が疑われたのは、紘都たちは犯人とすれ違うことがなかったからだろう。
そもそも、生徒会長たちが垂れ幕を見つけたときって、どんな状況だったんだ?
「おーい、芳村ー?」
俺が考え込んでいると、原が俺の顔の前で手を振ってきた。松田も矢野も、同じように不思議そうな眼をしている。
「なあ、それを聞くってことは、犯人はお前じゃないってことか?」
「悪い、また明日話す!」
松田の質問には答えず、俺は教室を飛び出した。
紘都は、教室の前にはいなかった。もう下駄箱でのんちゃんと合流しているのかもしれない。それはそれで好都合。俺は昇降口に急ぐ。
すっかり人がいない廊下は走りやすく、すぐに着いた。のんちゃんは下駄箱の傍に立つ紘都の背中に隠れて見えないけど、リュックについたピンクのクマがのんちゃんの存在を教えてくれた。
しかし、声をかけようとした瞬間にのんちゃんの暗い表情が見え、身体が強張ってしまった。
「あ! 碧羽くん!」
今、俺が声をかけてもいいものかと思ったのもつかの間、俺を見つけたのんちゃんがいつもの調子で手を振った。俺はなにも知らないふりをして、手を振り返す。
少し前の俺だったら、のんちゃんが暗い顔をするなんて気のせいだと思っただろう。
でも今は、それもあり得るかもしれないと思える。
まあ、のんちゃんがこうして俺に笑顔を向けてくるということは、俺には触れられたくないのだろう。
「のんちゃん、なにかあったの? 紘都にいじめられた?」
だから俺は、精一杯いつも通りを演じた。のんちゃんは俺の表情の真偽を見抜いてくるから、無意味かもしれないけど。
「えー? ヒロくんはそんなことしないよ」
のんちゃんがくすくすと笑う横で、紘都は不機嫌そうな顔をしている。
うん、今の俺たちにはまだ、この距離感が相応しい。
といっても、前ほどの居心地の良さを感じない。俺自身、くだらない嘘をついてきたというのに、偽りで積み上げられた関係を続けていてもいいのだろうかと、難しく考えてしまうせいだ。
「ならいいけど」
俺は言いながら、靴を履き替える。
こんなにもぐだぐだ考えるなんて、俺らしくもない。今は、のんちゃんが隠しているであろう本性のことは気にしないでおこう。
「それで、どこに行くことにしたの?」
「近くのショッピングモールでいろいろ探す!」
のんちゃんが楽しそうに校舎を出ていく姿を微笑ましく思いつつ、後を追う。
さっきまで元気がなさそうだったクマたちも、心なしか踊っているように見える。
お前たちも、元気なのんちゃんがいいんだよな。俺もだよ。
「でもね、ヒロくんなにもいらないって言うの。一年に一回の、特別な日なのに」
のんちゃんは可愛らしく頬を膨らませている。
「あーらら、紘都ったらつまんない男だねー」
のんちゃんがなにを言っても紘都はすかした顔をしていたのに、俺が茶化した瞬間、顔を顰めた。
俺に言われることがそんなにも気に食わないか。いいさ、俺もお前の言葉ひとつひとつが気に入らないからな。お互いさまだ。
「だからね、のんが好きなものをプレゼントしようかなって思ったの」
のんちゃんはころころと表情を変え、今はまた笑顔に戻っている。
紘都がもらって喜ぶものではなく、のんちゃんが好きなものか。なんとものんちゃんらしい選択だが、もらう本人は遠慮したいみたいだ。しかし俺が読み取れるくらい渋い顔をしたくせに、紘都は不満を口にはしなかった。



