保健室を出てから、俺は放送室に向かった。
これだけの人がいる中で、会長と結衣子先輩を見つけ出すなんて無理すぎるし、呼び出したほうがはやいに決まっている。
でも、俺の声でふたりを呼び出したら、いらぬ憶測が広まらないか?
「わ、びっくりした……」
放送室の前で立ち尽くしていると、ドアが開いた。女子生徒が驚いた顔をしてそこに立っている。
中から出てきたということは、放送部だろうか。
これはラッキー。
「あの、放送で生徒会長と美術部の部長さんを呼び出したいなって思ってるんですけど、お願いしてもいいですか」
彼女は不審そうに俺を見てきた。
まあ、なんのために?とは思うよな。
「急用なんです。お願いします」
かといって、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
女子生徒の戸惑いが、この願いが容易に叶えられるものではないと物語っているようだ。
それでも、どうにか引き受けてくれないだろうか。
「……わかりました。保高会長と、守谷先輩ですね。場所はここでいいですか?」
「いや……生徒会室でお願いします」
なんとなく、屋上と言うのは抵抗があり、ぱっと思いついた場所を言った。
屋上には、生徒会室に集まってから移動すればいいだろう。
「あと、貴方の名前……」
「あ、俺の名前は出さないでほしいんです」
変なことを言っている自覚はある。
でも、俺が呼んでいるとわかれば、結衣子先輩なんて特に来てくれそうにないから。
彼女は不思議そうな顔をしながらも、「わかりました」と承諾してくれて、放送をかけてくれた。
簡単にお礼を言い、生徒会室に急ぐ。
少しすると、生徒会長が姿を見せた。
俺を見た途端、気まずそうな顔をして、一瞬足を止めた。
そんな反応をするということは、やっぱり、結衣子先輩と話すことができていなかったのだろう。
俺に責められると思っているのか、目が合わない。
ここでは、それについては話さないんだけどね。
「結衣子先輩は?」
「まだ来ていないの?」
嘘をついているようには見えない。
会長が結衣子先輩の居場所を知らないんだったら、俺に見つけられるわけがない。
あの放送を結衣子先輩が聞いていたのかわからないけど、放送にして正解だったな。
でも、もう少し待っても来なかったら次はどうしよう。会長に連絡してもらったとしても、来ないだろうなあ……
そう思ったとき、会長が「あ……」と声を漏らした。
会長の視線の先には、結衣子先輩がいる。
俺と会長が揃っているのを見た瞬間、踵を返して走り出した。
「逃がすかよ」
俺は廊下ということも忘れて、結衣子先輩を追いかけた。
簡単に追いつけると思っていたが、器用に階段を駆使され、徐々に俺の息も切れてきた。
結衣子先輩に追いつくまであと少しのところで、先輩は足を止めた。
向こうから、紘都が来ていたのだ。
「あれ、紘都もいるの……?」
俺のさらに後ろを追いかけてきていた会長が、息を切らしながら言った。
前には紘都。後ろには俺と生徒会長。
完全に逃げ場を失った結衣子先輩は、紘都と俺たちのほうを交互に見て、俯いた。
「場所を、移しましょう」
紘都の静かで重たい声は、場の空気を支配した。
ノーとは言わせない雰囲気で、会長も結衣子先輩も黙って紘都について行く。
屋上に出ると、文化祭がいかに盛り上がっているのかがよくわかる。
そんな賑やかな声すらも、結衣子先輩には届いていないみたいだ。
結衣子先輩は屋上に出てすぐに足を止めた。その向かいに紘都と俺が並んで立つ。生徒会長は、俺たちの間にいる。
「これ」
紘都が少し言葉を発しただけで、結衣子先輩は肩をびくつかせた。
「守谷先輩ですよね」
紘都が見せたのは、さっきの付箋だ。
結衣子先輩はわかりやすく視線を逸らした。
この場で会長だけが付箋の内容を知らず、覗き込んできた。
なにが書かれているのかを把握すると、信じられないと言わんばかりの表情で結衣子先輩のほうを向いた。
「これだけじゃない。垂れ幕を切ったのも、会長のクラスTシャツに落書きをしたのも、貴方だ」
紘都は問い詰めるのではなく、言い切った。
証拠が足りないように思っていたが、これほどまでに犯人だと言っているような反応をされたら、断言したくなるのもわかる。
結衣子先輩は言葉では応えず、両手でクラスTシャツの裾を握りしめた。
「ねえ、結衣子……どうしてこんなことをしたの?」
会長は今にも泣き出しそうな表情で言った。
会長はまだ、結衣子先輩が犯人であることが受け止められないのかもしれない。
まあ信じたくはないよな。生徒会で企画したものを使ってのんちゃんを傷付けたことも。
結衣子先輩は、会長に聞かれてもしばらくは黙ったままだった。
「……全部、壊したかったから」
静かに言葉を発した結衣子先輩は、乾いた笑いを浮かべている。
ついさっきまで、絶対に許さないと決めていたのに、泣いているような笑顔を見せられたら、責める言葉が出てこなかった。
そして結衣子先輩はすべてを話し始めた。
「私がどれだけ一生懸命作っても、気付かない。バカにする。なかったことにする。私、なんのために頑張ってるんだろう?って思ったら、なんか虚しくなっちゃって」
気付かない。
その言葉が酷く胸に刺さった。
——いや全然。
のんちゃんに垂れ幕の存在を知っているかと聞かれたとき、俺は自分の身の潔白を証明したいあまり、はっきりとそう答えた。
それを聞いて、垂れ幕を作った人がどう思うかなんて一切考えずに。
その言葉が、一体どれだけ結衣子先輩を傷付けたのだろう。
俺も、最低だったんだ。
ひとり反省会を開いていると、結衣子先輩の冷たい視線が俺のほうに向いた。
「貴方に罪を擦り付けようと思ったのは、その場にいたからっていうのもあるけど、一番は文化祭なんてどうでもいいと思ってる態度が気に入らなかったから」
それだけの理由で罪を擦り付けるなよ、とも思うが、結衣子先輩が百パーセント悪いとも言えない。
だから俺は、なんて言い返せばいいのかわからなくて、黙ってその言い分を受け止めるしかなかった。
「クラスTシャツを捨てたのは、私の努力を簡単になかったことにされたから」
「だったらなんで、自分のTシャツを捨てなかったんですか。今、それを着ていることもおかしいですよね」
俺や生徒会長とは違い、紘都は結衣子先輩をストレートに責めた。
紘都に対しては怖いとでも思っているのか、結衣子先輩は紘都のほうは見ようとしない。
「それは……」
「アンタのやってることは全部矛盾してんだよ。Tシャツだけじゃない。全部壊したいって言うくせに、文化祭当日用の垂れ幕にはなにもしなかった。自分が犯人だとは気付かれたくないくせに、雑な証拠を残した」
結衣子先輩はどんどん黙り込んで俯いていく。
「それに、のんを標的にしたのもおかしいだろ。なんでこんなことを書いた?」
「だって……」
結衣子先輩が顔を上げると、その目には涙が浮かんでいた。
「あの日、花音ちゃんが言ってたでしょ。彼を味方するようなことを言って、私たちに嫌われてしまうんじゃないかって。花音ちゃんが、そんなふうに人からのイメージを気にするような子だとは思わなかったの!」
結衣子先輩が言うあの日は、垂れ幕事件が起きた日だろう。
ああ、そういうことか。
紘都とのんちゃんが下駄箱にいたあのとき、のんちゃんが暗い表情を浮かべているように感じた理由は、それだったんだ。
「周りからよく思われたいって思ってるんだってわかったら、今まで花音ちゃんが私の絵を褒めてくれた言葉全部がニセモノのように感じたの。私は、花音ちゃんの言葉は素直に受け取れていたから、裏切られたような気分になっちゃって……だから、ちょっとだけ困ればいいって思ったの」
結衣子先輩は、傷付けられたらそのぶん、相手を傷付けてもいいとでも思っているのだろうか。
どの話を聞いても、そう言っているようにしか感じない。
でも、のんちゃんは絶対に、結衣子先輩を傷付けてなんかいない。それは言い切れる自信があった。
だって、のんちゃんは最後まで、結衣子先輩が犯人じゃないかもしれないって言ってたから。
それだけ結衣子先輩を慕っていたのんちゃんが、お世辞で誉め言葉を言っていたとは思えないだろ。
そんなの、直接言われた結衣子先輩が一番わかっているはずなのに。
こんな簡単なことも見えなくなったのかよ。
「先輩って、自分のこと、悲劇のヒロインとでも思ってるんですか」
自分でも驚くくらい、冷たい声だった。
だけど、結衣子先輩は俺には怒りの感情をまっすぐに見せてきた。
まあ、真相を明かしていった紘都とは対応が違うのは当然か。
「貴方たちみたいな目立つ人に、隅っこに追いやられた私の気持ちなんてわからないでしょ! 私がなにも言えないのを、なにも感じてないみたいに決めつけて! 私だって! 私だって……ちゃんと傷付くんだから……」
すっと、結衣子先輩の頬に一筋の涙が流れた。
結衣子先輩の心からの叫びに、思うところがないわけではない。
でも。
「そんなの、のんちゃんを傷付けていい理由にはならない」
結衣子先輩はハッと息を呑んだ。
「気付いてもらえなくて、傷付けられて、つらかったんでしょ。悲しかったんでしょ。それはのんちゃんも一緒なんだよ」
俺の言葉を聞いて、結衣子先輩は視線を落とした。
自分がした罪の重さを、ようやく理解したらしい。
それはわかるけど、まだ足りない。
ゴメンナサイという言葉で済ませられたら、俺たちの腹の虫も収まらないからな。
「のんちゃんは、嘘つきって言葉を向けられて倒れたよ」
結衣子先輩は「え……」と言葉を失っている。
「待って、私、そんなつもりじゃ……」
紘都が鋭い視線を向けたことで、結衣子先輩はそれ以上言わなかった。
「のんは優しいから、きっと貴方を許すでしょう。でも俺は、のんに悪意を向けた貴方を許さない」
氷よりも冷たい声、言葉、瞳で言うと、紘都は結衣子先輩の横を通りすぎて校内に戻っていった。
追い打ちをかけられ、結衣子先輩はますますなにも言葉が出てこないみたいだ。
俺も言いたいことはまだあるけれど、さすがにやめておこう。これ以上はやりすぎだろうから。
雑に涙を拭ったのか、目を赤くした生徒会長に軽く会釈をし、俺も校内に戻った。
これだけの人がいる中で、会長と結衣子先輩を見つけ出すなんて無理すぎるし、呼び出したほうがはやいに決まっている。
でも、俺の声でふたりを呼び出したら、いらぬ憶測が広まらないか?
「わ、びっくりした……」
放送室の前で立ち尽くしていると、ドアが開いた。女子生徒が驚いた顔をしてそこに立っている。
中から出てきたということは、放送部だろうか。
これはラッキー。
「あの、放送で生徒会長と美術部の部長さんを呼び出したいなって思ってるんですけど、お願いしてもいいですか」
彼女は不審そうに俺を見てきた。
まあ、なんのために?とは思うよな。
「急用なんです。お願いします」
かといって、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
女子生徒の戸惑いが、この願いが容易に叶えられるものではないと物語っているようだ。
それでも、どうにか引き受けてくれないだろうか。
「……わかりました。保高会長と、守谷先輩ですね。場所はここでいいですか?」
「いや……生徒会室でお願いします」
なんとなく、屋上と言うのは抵抗があり、ぱっと思いついた場所を言った。
屋上には、生徒会室に集まってから移動すればいいだろう。
「あと、貴方の名前……」
「あ、俺の名前は出さないでほしいんです」
変なことを言っている自覚はある。
でも、俺が呼んでいるとわかれば、結衣子先輩なんて特に来てくれそうにないから。
彼女は不思議そうな顔をしながらも、「わかりました」と承諾してくれて、放送をかけてくれた。
簡単にお礼を言い、生徒会室に急ぐ。
少しすると、生徒会長が姿を見せた。
俺を見た途端、気まずそうな顔をして、一瞬足を止めた。
そんな反応をするということは、やっぱり、結衣子先輩と話すことができていなかったのだろう。
俺に責められると思っているのか、目が合わない。
ここでは、それについては話さないんだけどね。
「結衣子先輩は?」
「まだ来ていないの?」
嘘をついているようには見えない。
会長が結衣子先輩の居場所を知らないんだったら、俺に見つけられるわけがない。
あの放送を結衣子先輩が聞いていたのかわからないけど、放送にして正解だったな。
でも、もう少し待っても来なかったら次はどうしよう。会長に連絡してもらったとしても、来ないだろうなあ……
そう思ったとき、会長が「あ……」と声を漏らした。
会長の視線の先には、結衣子先輩がいる。
俺と会長が揃っているのを見た瞬間、踵を返して走り出した。
「逃がすかよ」
俺は廊下ということも忘れて、結衣子先輩を追いかけた。
簡単に追いつけると思っていたが、器用に階段を駆使され、徐々に俺の息も切れてきた。
結衣子先輩に追いつくまであと少しのところで、先輩は足を止めた。
向こうから、紘都が来ていたのだ。
「あれ、紘都もいるの……?」
俺のさらに後ろを追いかけてきていた会長が、息を切らしながら言った。
前には紘都。後ろには俺と生徒会長。
完全に逃げ場を失った結衣子先輩は、紘都と俺たちのほうを交互に見て、俯いた。
「場所を、移しましょう」
紘都の静かで重たい声は、場の空気を支配した。
ノーとは言わせない雰囲気で、会長も結衣子先輩も黙って紘都について行く。
屋上に出ると、文化祭がいかに盛り上がっているのかがよくわかる。
そんな賑やかな声すらも、結衣子先輩には届いていないみたいだ。
結衣子先輩は屋上に出てすぐに足を止めた。その向かいに紘都と俺が並んで立つ。生徒会長は、俺たちの間にいる。
「これ」
紘都が少し言葉を発しただけで、結衣子先輩は肩をびくつかせた。
「守谷先輩ですよね」
紘都が見せたのは、さっきの付箋だ。
結衣子先輩はわかりやすく視線を逸らした。
この場で会長だけが付箋の内容を知らず、覗き込んできた。
なにが書かれているのかを把握すると、信じられないと言わんばかりの表情で結衣子先輩のほうを向いた。
「これだけじゃない。垂れ幕を切ったのも、会長のクラスTシャツに落書きをしたのも、貴方だ」
紘都は問い詰めるのではなく、言い切った。
証拠が足りないように思っていたが、これほどまでに犯人だと言っているような反応をされたら、断言したくなるのもわかる。
結衣子先輩は言葉では応えず、両手でクラスTシャツの裾を握りしめた。
「ねえ、結衣子……どうしてこんなことをしたの?」
会長は今にも泣き出しそうな表情で言った。
会長はまだ、結衣子先輩が犯人であることが受け止められないのかもしれない。
まあ信じたくはないよな。生徒会で企画したものを使ってのんちゃんを傷付けたことも。
結衣子先輩は、会長に聞かれてもしばらくは黙ったままだった。
「……全部、壊したかったから」
静かに言葉を発した結衣子先輩は、乾いた笑いを浮かべている。
ついさっきまで、絶対に許さないと決めていたのに、泣いているような笑顔を見せられたら、責める言葉が出てこなかった。
そして結衣子先輩はすべてを話し始めた。
「私がどれだけ一生懸命作っても、気付かない。バカにする。なかったことにする。私、なんのために頑張ってるんだろう?って思ったら、なんか虚しくなっちゃって」
気付かない。
その言葉が酷く胸に刺さった。
——いや全然。
のんちゃんに垂れ幕の存在を知っているかと聞かれたとき、俺は自分の身の潔白を証明したいあまり、はっきりとそう答えた。
それを聞いて、垂れ幕を作った人がどう思うかなんて一切考えずに。
その言葉が、一体どれだけ結衣子先輩を傷付けたのだろう。
俺も、最低だったんだ。
ひとり反省会を開いていると、結衣子先輩の冷たい視線が俺のほうに向いた。
「貴方に罪を擦り付けようと思ったのは、その場にいたからっていうのもあるけど、一番は文化祭なんてどうでもいいと思ってる態度が気に入らなかったから」
それだけの理由で罪を擦り付けるなよ、とも思うが、結衣子先輩が百パーセント悪いとも言えない。
だから俺は、なんて言い返せばいいのかわからなくて、黙ってその言い分を受け止めるしかなかった。
「クラスTシャツを捨てたのは、私の努力を簡単になかったことにされたから」
「だったらなんで、自分のTシャツを捨てなかったんですか。今、それを着ていることもおかしいですよね」
俺や生徒会長とは違い、紘都は結衣子先輩をストレートに責めた。
紘都に対しては怖いとでも思っているのか、結衣子先輩は紘都のほうは見ようとしない。
「それは……」
「アンタのやってることは全部矛盾してんだよ。Tシャツだけじゃない。全部壊したいって言うくせに、文化祭当日用の垂れ幕にはなにもしなかった。自分が犯人だとは気付かれたくないくせに、雑な証拠を残した」
結衣子先輩はどんどん黙り込んで俯いていく。
「それに、のんを標的にしたのもおかしいだろ。なんでこんなことを書いた?」
「だって……」
結衣子先輩が顔を上げると、その目には涙が浮かんでいた。
「あの日、花音ちゃんが言ってたでしょ。彼を味方するようなことを言って、私たちに嫌われてしまうんじゃないかって。花音ちゃんが、そんなふうに人からのイメージを気にするような子だとは思わなかったの!」
結衣子先輩が言うあの日は、垂れ幕事件が起きた日だろう。
ああ、そういうことか。
紘都とのんちゃんが下駄箱にいたあのとき、のんちゃんが暗い表情を浮かべているように感じた理由は、それだったんだ。
「周りからよく思われたいって思ってるんだってわかったら、今まで花音ちゃんが私の絵を褒めてくれた言葉全部がニセモノのように感じたの。私は、花音ちゃんの言葉は素直に受け取れていたから、裏切られたような気分になっちゃって……だから、ちょっとだけ困ればいいって思ったの」
結衣子先輩は、傷付けられたらそのぶん、相手を傷付けてもいいとでも思っているのだろうか。
どの話を聞いても、そう言っているようにしか感じない。
でも、のんちゃんは絶対に、結衣子先輩を傷付けてなんかいない。それは言い切れる自信があった。
だって、のんちゃんは最後まで、結衣子先輩が犯人じゃないかもしれないって言ってたから。
それだけ結衣子先輩を慕っていたのんちゃんが、お世辞で誉め言葉を言っていたとは思えないだろ。
そんなの、直接言われた結衣子先輩が一番わかっているはずなのに。
こんな簡単なことも見えなくなったのかよ。
「先輩って、自分のこと、悲劇のヒロインとでも思ってるんですか」
自分でも驚くくらい、冷たい声だった。
だけど、結衣子先輩は俺には怒りの感情をまっすぐに見せてきた。
まあ、真相を明かしていった紘都とは対応が違うのは当然か。
「貴方たちみたいな目立つ人に、隅っこに追いやられた私の気持ちなんてわからないでしょ! 私がなにも言えないのを、なにも感じてないみたいに決めつけて! 私だって! 私だって……ちゃんと傷付くんだから……」
すっと、結衣子先輩の頬に一筋の涙が流れた。
結衣子先輩の心からの叫びに、思うところがないわけではない。
でも。
「そんなの、のんちゃんを傷付けていい理由にはならない」
結衣子先輩はハッと息を呑んだ。
「気付いてもらえなくて、傷付けられて、つらかったんでしょ。悲しかったんでしょ。それはのんちゃんも一緒なんだよ」
俺の言葉を聞いて、結衣子先輩は視線を落とした。
自分がした罪の重さを、ようやく理解したらしい。
それはわかるけど、まだ足りない。
ゴメンナサイという言葉で済ませられたら、俺たちの腹の虫も収まらないからな。
「のんちゃんは、嘘つきって言葉を向けられて倒れたよ」
結衣子先輩は「え……」と言葉を失っている。
「待って、私、そんなつもりじゃ……」
紘都が鋭い視線を向けたことで、結衣子先輩はそれ以上言わなかった。
「のんは優しいから、きっと貴方を許すでしょう。でも俺は、のんに悪意を向けた貴方を許さない」
氷よりも冷たい声、言葉、瞳で言うと、紘都は結衣子先輩の横を通りすぎて校内に戻っていった。
追い打ちをかけられ、結衣子先輩はますますなにも言葉が出てこないみたいだ。
俺も言いたいことはまだあるけれど、さすがにやめておこう。これ以上はやりすぎだろうから。
雑に涙を拭ったのか、目を赤くした生徒会長に軽く会釈をし、俺も校内に戻った。



