嘘が溢れた世界で、君だけは真実を見つめていた

“第四十六回 華高フェス”

「……垂れ幕あるじゃん」

 期間限定で賑やかにされた校門をくぐる前に、数日前から気にかけていた屋上を見て、思わず声が漏れた。
 そういえば、ズタズタにされたのは、生徒の士気をあげるためのカウントダウン垂れ幕だったっけ。
 カウントダウン用ならいいとでも思ったとか?
 ……いやいや、ダメだろ。
 本当、あの人はなんであんなことをしたんだか。
 全部落ち着いたら、聞きに行ってみようかな。無関係じゃないし、聞けば教えてくれるだろ。
 そんなことを考えながら、校門をくぐる。
 やる気に満ちた生徒たちはすでに準備を始めていて、より異世界に迷い込んだ気分だ。
 正直、ダルいことは変わらないけど、のんちゃんの楽しそうな姿が見れるなら、それだけで参加する価値がある。
 欠伸をひとつしながら、満面の笑みを浮かべるのんちゃんを想像し、頬が緩んだ。
 教室に行けば、文化祭に興味がなさそうな仲間が何人かいて、居心地の悪さが薄れる。
 やっぱりダルいって思う奴は思うよな。わかるよ、俺もダルい。
 なんて心の中で呟きながら、教室の後方に押し固められた机のほうへ向かう。その辺りが俺たちのクラスの荷物置き場らしい。
 受け付けをして謎解きラリー用の紙を渡す場所が出入り口付近。正解を確認する場所がその隣。そして、景品を渡す場所が窓際。
 シンプルな配置だが、黒板付近が騒がしい。美術部と絵が得意な男子ひとりが、見事な黒板アートを仕上げているのと、フォトスポットなるものを作っているせいだ。
 そこでコスプレした紘都と写真を撮ることを景品にしていると聞いたときは、さすがに笑った。
 しかしこんな凝ったもの、どうやって作ったんだ?

「なあ、芳村の当番って午後だったよな」

 フォトスポットを眺めていると、矢野が声をかけてきた。

「あー……そうだっけ」

 何日か前に、クラス委員から割り振りを教えられたような気もするけど、そんなもの忘れてしまっている。
 矢野はそんな俺に呆れた目を向けてきた。

「お前、本番当日もサボる気だったのかよ」
「まさか」

 とは言ったものの、担当時間を知らない時点でやる気のなさが滲み出ているか。

「で? なんでそんなこと聞いてくるわけ?」
「いや、俺は午前中だから、代わってもらいたいなーって思って」

 頼んでくるわりに、浮かれた顔をしている。

「……彼女か」

 その瞬間、矢野の顔がますますニヤけた。
 これはもう、答えを聞くまでもないな。

「向こうが午前中に回りたいって言っててさ。代わってくれそうなのが芳村くらいなんだよ」
「まあ……いいけど」

 午前中だろうが午後だろうが、やる気ないのは変わりないし。

「サンキュ!」

 矢野は馴れ馴れしく肩を組んできた。
 鬱陶しいと思ったと同時に、矢野は離れていった。
 なんだ、アイツ。嵐かよ。
 てか、矢野の担当、知らないんだけど。

「……まあいいか」

 そんなことよりも、俺には確認すべきことがひとつあった。

「矢野、ちょっといろいろ見てくる」

 気軽に声をかけられそうなのが矢野しかいなかったから報告したのはいいが、矢野はにやりと笑ってこっちを見てきた。

「デートの下見?」
「お前とは違うんだよ、浮かれ野郎」
「まあまあ、照れんなって」

 矢野はそう言いながら、行ってこいというような仕草をした。
 あっさりと行かせてくれたのはありがたいが、あの反応は鬱陶しいな。
 教室に戻ったらさらにからかわれそうだから、よりめんどくさい。
 そんな未来を想像するとため息しか出ない。
 今はもう、それを考えるのはやめよう。それがいい。
 俺がこうして校内を回っているのは、一昨日のTシャツのように、傷付けられたり壊されたりして騒ぎが起きていないかを確認するためだ。
 というのも、俺はのんちゃんと約束した通り、昨日は結衣子先輩の行動を見張っていたのだが、俺の知る範囲では生徒会長と結衣子先輩は話をしていなかった。
 しかし、クラスで謎解きラリーの謎を校内に設置するという仕事が与えられてしまったことで、最初から最後までずっと結衣子先輩を追っていたわけではない。それに、放課後になってからはすぐに帰った。いくら見張る約束をしても、放課後の遅くまで残る気はさらさらなかったから。
 俺の知らないところで、ふたりが話をしたのなら問題はない。
 だが、もし話していないのであれば、また結衣子先輩が騒ぎを起こす可能性が捨てきれない。
 てなわけで、文化祭が始まる前に、少し様子を見て回りたかった。
 しかしまあ、それは杞憂だったのかもしれない。
 どこを見ても、やる気に満ち溢れ、朝から準備に勤しんでいる人たちしかいない。
 朝から元気だと思うと同時に、これならのんちゃんが心の底から文化祭を楽しめるだろうと安心した。
 そして教室に戻ったら、ちょうど開会式に参加するために体育館へ移動する時間になっていた。
 そこではほとんどが制服以外のカラフルな服を着て、整列もまともにしていない。
 それが許された賑やかな空間で、校長が挨拶をした後、生徒会長がステージに立つ。
 
「これより、華高フェスを開催します! みなさん、全力で楽しみましょう!」

 会長はとてもシンプルな言葉で生徒たちの士気をあげた。
 一昨日の弱いところを見せた会長とは、まるで別人なくらい明るい。
 それだけ明るくいられるってことは、昨日、結衣子先輩と話すことができたのかもしれない。
 さらなる安心材料が揃ったな。
 これ以上は俺が気にしても仕方なさそうだ。
 今回の事件で気になる点は、すべてが落ち着いてから会長に聞くとしよう。一応、部外者ではないし、それくらいは教えてくれるだろ。
 もう俺の仕事は終わったも同然となると、教室に戻ってもやる気は出てこなかった。
 それでも、クラス委員に捕まり、俺は受け付けに配置された。
 俺をここに置くのは間違ってるだろ。もともと矢野の仕事だったから仕方ないのかもしれないけど。
 さすがに堂々と欠伸をするのは気が引けるので、かみ殺しながら欠伸をしたそのときだった。

「碧羽くん!」

 少しずつ賑やかさが広がりだした中で、元気で無邪気な声が耳に響いた。
 声の主は、やはりのんちゃんだ。
 曇りのない、満面の笑みを浮かべて受け付けの前までやって来る。

「いらっしゃい、のんちゃん」

 のんちゃんと向かい合っただけで、退屈だった気分が吹き飛んだ。
 また、この笑顔が見れてよかった。
 ここ数日は思いつめたような表情が多かったし。

「一枚ください」

 語尾に音符でもつけたのかと思うほどの弾んだ声に、頬が緩む。
 やっぱり、俺の周りはこうでないと。
 おかえり、俺の日常。
 そんなことを思いながら、机の上に置かれている紙の山から一枚取り、のんちゃんに渡す。

「謎は全部で八問。校内のいろいろなところに謎を設置しています。正答数によって景品が変わってきますので、頑張ってくださいね」

 客が来る前に女子に渡されたカンペをしっかり読み上げる。

「わあ、どんな景品がもらえるんだろう、楽しみ!」

 のんちゃんは予想通りというか、予想以上に楽しそうに見える。
 全問正解した人への景品のひとつに、コスプレした紘都との記念撮影があることは、黙っておいたほうがおもしろそうだな。
 それにしても、本当に素直に楽しんでいるな。
 ……なんか、のんちゃんひとりで回らせるの、つまんないかも。

「よかったら、謎がある場所に案内しようか?」

 気付けば、そんな提案をしていた。
 俺と同じく受け付け係をしている奴が「なに言ってんの?」とでも言いたげな目を向けてきているが、すぐにどうでもよさそうな顔をして新たな客に案内を始めた。
 ずっと準備をサボっていた俺が、まともに働くとは思わないよな。俺自身も思わないよ。

「一緒に回れるのは嬉しいけど、でも……いいの?」

 のんちゃんは俺の隣にいる奴を気に掛けるように視線を向けた。
 文化祭の準備のとき思ったけど、のんちゃんって無邪気なだけじゃなくて真面目さも持ち合わせてるんだよな。

「大丈夫でしょ。もともと俺の時間は今じゃないし」

 対して、俺は適当すぎるな。
 理由にもなっていない言葉を並べ、俺は微妙に納得していないのんちゃんと教室を出た。