それから俺たちは生徒会長を探して回ったが、文化祭直前ということもあり、会長を見たという情報を得てその場に行っても、すでに移動した後という地味な追いかけっこをしただけだった。
「会長、忙しすぎじゃね」
「生徒会長だからな」
紘都とアホな会話をしながら体育館へ向かう外廊下を歩いていたら、前を歩くのんちゃんが「……あ」と声を漏らして足を止めた。
視線の先は体育館裏。そこで生徒会長がひとりでパイプ椅子を並べていた。休憩所の設営だろうか。そんなことをしているなんて、知らなかった。
しかしこれでやっと会長に話を聞くことができる。
俺はそう思って足を踏み出そうとしたが、のんちゃんは立ち尽くしたまま。行かないの?と聞こうと顔を覗き込むが、俺はなにも言えなかった。
見つけてしまった。
なんとなく、のんちゃんがそう思っているような気がした。
生徒会長が椅子を並び終え、黒いバインダーを手にしてなにか書き込む様子を、俺たちは黙って見ていた。
作業を終えたことで移動をしようとした生徒会長は、立ち尽くす俺たちに気付いた。
「花音……」
初めは驚いた顔をしながら、徐々に表情がなくなっていった。俺たちがなにをしに来たのか、わかっているみたいだ。
「早希センパイ、忙しいのにごめんね。今、少しお話できる?」
さすがののんちゃんも、そんな会長に話しかけるのには勇気が必要だったらしく、様子を伺いながら尋ねた。
俺と紘都は、黙ってその返答を待つことしかできないのだが、それまでの空気が重たすぎて、呼吸をしてもいいのだろうか、なんて思ってしまう。
生徒会長は一歩ずつ、俺たちに近付いてくる。
「昨日のことよね? あと二ヶ所、休憩所を設置したら一段落するから、生徒会室で待っていてくれる?」
生徒会長はなにかを隠そうとしている。
のんちゃんはそう言っていたし、俺もそうだと思ってた。
でも、それが微塵も感じられないくらい、堂々とした様子で、全部俺の勘違いなんじゃないかと思ってしまう。
「わかった。待ってるね」
俺が戸惑い、視線を泳がせてしまったのに対して、のんちゃんはいつも通りの笑顔でそう返した。
のんちゃんの返事を聞くと、生徒会長はわずかに微笑み、俺たちの横を通り過ぎていった。
その瞬間、鋭い視線を感じた。
しかしすぐさま振り向いたものの、見えるのは生徒会長の背中だけ。なんの思考も読み取れない、凛とした背中だ。
だけど、日向を歩いているはずなのに、どこか仄暗さを感じた。
そして俺たちは、待ち合わせ場所である生徒会室に向かった。
途中、後ろを歩くのんちゃんを気に掛けるように視線をやると、のんちゃんは目を伏せて歩いていた。「大丈夫?」と声をかけようかとも思ったが、俺がのんちゃんの立場だったら大丈夫ではないと思うから、なにも言うことができなかった。
校舎裏という人気が少ない場所から校内の廊下へと場所を移したことで、周りが騒がしくなる。
ほかの生徒たちには一切関係ないとわかっていても、今は少しだけ静かにしていてほしいなんて思ってしまった。
「あ! 葛城くん!」
さっさとこんな場所から離れたい欲に駆られていたら、どこからかそんな声が聞こえてきた。
俺たちのもとに駆け寄ってくるのは、クラスメイトの赤崎さんだ。さっき、コスプレした紘都の一番近くにいた女子だ。
「見つかってよかった。衣装のことで少し相談したいことがあるんだけど……」
赤崎さんはそう言いながら、俺とのんちゃんを見てきた。
敵意ではなく、俺たちがいることを認識するかのような視線を受ける横で、紘都が面倒そうな顔をしていることから、紘都は準備のことでなにかを忘れていたらしい。
珍しいことがあったもんだ。まあ、あんなことがあれば、忘れるのも無理ないか。
「今忙しい感じ?」
赤崎さんの質問にすぐに答えず、紘都はのんちゃんに視線を送る。のんちゃんもその意図がわからないみたいで、コテンと首を傾げた。
「ひとりで大丈夫か」
いや、俺も行きますけど。
なんて言葉も挟めない空気感だ。
のんちゃんはすぐに紘都の言おうとすることを察したようで、いつもの笑顔を浮かべた。
「大丈夫。だって、碧羽くんもいるから」
のんちゃんは「ね!」と俺のほうを見てきたが、紘都の不安そうな顔は変わらない。だから心配なんだと言わんばかりの顔だ。
もちろん、失礼な奴めと思う。でも、残念ながら俺自身も、俺が探偵の助手として役に立てるとは到底思えないので、笑顔を引きつらせることしかできなかった。
「あー……忙しいなら、こっちは後でもいいよ?」
こんな異様な空気が流れたせいで、なにも知らない赤崎さんが気を使ってしまった。
それは俺だけでなく、のんちゃんも感じたみたいだ。
「ううん、大したことじゃないよ。だから」
のんちゃんは言葉を切ると、紘都の背中を力いっぱい押した。
「行ってきて、ヒロくん」
のんちゃんにそこまで言われてしまったら、紘都は黙るしかない。とてつもなく小さな声で「……わかった」と言うと、赤崎さんと一緒に教室に戻っていった。
ふたりとも、こちらを振り返りながら去っていく。
これでよかったのだろうか。
のんちゃんのことをよく理解している紘都が、あんな心配の仕方をしていたんだ。
きっと、なにかある。
でも、俺だって、のんちゃんに平気なふりをされてしまったら、なにも言えない。
「じゃあ碧羽くん、行こ!」
のんちゃんは、俺でもわかるくらいの作り笑顔を浮かべて足を進めた。
いやいや、絶対大丈夫じゃないじゃん。
「ねえ、のんちゃん」
俺が呼びかけたことで、のんちゃんは振り向いた。まだ強がっているのが見て取れる。
「やっぱさ……」
——お前なら、と小さな希望を抱いているだけだ。
やっぱ、紘都がいたほうがいいんじゃない?
そう言おうと思った。それがのんちゃんのためになるから。
だけど、紘都のさっきの言葉を思い出したら、言えなかった。
もしかしたら、俺がしようとしたことは正しいことに見せて、のんちゃんが変わるチャンスを奪おうとしているのかもしれないから。
「碧羽くん?」
俺の葛藤も知らないのんちゃんは、ただ純粋に、不思議そうな顔をしてそこにいる。
のんちゃんは紘都なしで会長と話すことを決めたんだ。
俺も覚悟を決めよう。
「なんでもない。生徒会室、行こっか」
俺が言うと、のんちゃんは頷いて前を向いた。
いつもなら、のんちゃんの横に立ってくだらない嘘のひとつでもつくところだが、ふざける余裕がなかった。
ゆえに、俺たちはろくに言葉を交わすことなく、生徒会室に到着した。
「会長、忙しすぎじゃね」
「生徒会長だからな」
紘都とアホな会話をしながら体育館へ向かう外廊下を歩いていたら、前を歩くのんちゃんが「……あ」と声を漏らして足を止めた。
視線の先は体育館裏。そこで生徒会長がひとりでパイプ椅子を並べていた。休憩所の設営だろうか。そんなことをしているなんて、知らなかった。
しかしこれでやっと会長に話を聞くことができる。
俺はそう思って足を踏み出そうとしたが、のんちゃんは立ち尽くしたまま。行かないの?と聞こうと顔を覗き込むが、俺はなにも言えなかった。
見つけてしまった。
なんとなく、のんちゃんがそう思っているような気がした。
生徒会長が椅子を並び終え、黒いバインダーを手にしてなにか書き込む様子を、俺たちは黙って見ていた。
作業を終えたことで移動をしようとした生徒会長は、立ち尽くす俺たちに気付いた。
「花音……」
初めは驚いた顔をしながら、徐々に表情がなくなっていった。俺たちがなにをしに来たのか、わかっているみたいだ。
「早希センパイ、忙しいのにごめんね。今、少しお話できる?」
さすがののんちゃんも、そんな会長に話しかけるのには勇気が必要だったらしく、様子を伺いながら尋ねた。
俺と紘都は、黙ってその返答を待つことしかできないのだが、それまでの空気が重たすぎて、呼吸をしてもいいのだろうか、なんて思ってしまう。
生徒会長は一歩ずつ、俺たちに近付いてくる。
「昨日のことよね? あと二ヶ所、休憩所を設置したら一段落するから、生徒会室で待っていてくれる?」
生徒会長はなにかを隠そうとしている。
のんちゃんはそう言っていたし、俺もそうだと思ってた。
でも、それが微塵も感じられないくらい、堂々とした様子で、全部俺の勘違いなんじゃないかと思ってしまう。
「わかった。待ってるね」
俺が戸惑い、視線を泳がせてしまったのに対して、のんちゃんはいつも通りの笑顔でそう返した。
のんちゃんの返事を聞くと、生徒会長はわずかに微笑み、俺たちの横を通り過ぎていった。
その瞬間、鋭い視線を感じた。
しかしすぐさま振り向いたものの、見えるのは生徒会長の背中だけ。なんの思考も読み取れない、凛とした背中だ。
だけど、日向を歩いているはずなのに、どこか仄暗さを感じた。
そして俺たちは、待ち合わせ場所である生徒会室に向かった。
途中、後ろを歩くのんちゃんを気に掛けるように視線をやると、のんちゃんは目を伏せて歩いていた。「大丈夫?」と声をかけようかとも思ったが、俺がのんちゃんの立場だったら大丈夫ではないと思うから、なにも言うことができなかった。
校舎裏という人気が少ない場所から校内の廊下へと場所を移したことで、周りが騒がしくなる。
ほかの生徒たちには一切関係ないとわかっていても、今は少しだけ静かにしていてほしいなんて思ってしまった。
「あ! 葛城くん!」
さっさとこんな場所から離れたい欲に駆られていたら、どこからかそんな声が聞こえてきた。
俺たちのもとに駆け寄ってくるのは、クラスメイトの赤崎さんだ。さっき、コスプレした紘都の一番近くにいた女子だ。
「見つかってよかった。衣装のことで少し相談したいことがあるんだけど……」
赤崎さんはそう言いながら、俺とのんちゃんを見てきた。
敵意ではなく、俺たちがいることを認識するかのような視線を受ける横で、紘都が面倒そうな顔をしていることから、紘都は準備のことでなにかを忘れていたらしい。
珍しいことがあったもんだ。まあ、あんなことがあれば、忘れるのも無理ないか。
「今忙しい感じ?」
赤崎さんの質問にすぐに答えず、紘都はのんちゃんに視線を送る。のんちゃんもその意図がわからないみたいで、コテンと首を傾げた。
「ひとりで大丈夫か」
いや、俺も行きますけど。
なんて言葉も挟めない空気感だ。
のんちゃんはすぐに紘都の言おうとすることを察したようで、いつもの笑顔を浮かべた。
「大丈夫。だって、碧羽くんもいるから」
のんちゃんは「ね!」と俺のほうを見てきたが、紘都の不安そうな顔は変わらない。だから心配なんだと言わんばかりの顔だ。
もちろん、失礼な奴めと思う。でも、残念ながら俺自身も、俺が探偵の助手として役に立てるとは到底思えないので、笑顔を引きつらせることしかできなかった。
「あー……忙しいなら、こっちは後でもいいよ?」
こんな異様な空気が流れたせいで、なにも知らない赤崎さんが気を使ってしまった。
それは俺だけでなく、のんちゃんも感じたみたいだ。
「ううん、大したことじゃないよ。だから」
のんちゃんは言葉を切ると、紘都の背中を力いっぱい押した。
「行ってきて、ヒロくん」
のんちゃんにそこまで言われてしまったら、紘都は黙るしかない。とてつもなく小さな声で「……わかった」と言うと、赤崎さんと一緒に教室に戻っていった。
ふたりとも、こちらを振り返りながら去っていく。
これでよかったのだろうか。
のんちゃんのことをよく理解している紘都が、あんな心配の仕方をしていたんだ。
きっと、なにかある。
でも、俺だって、のんちゃんに平気なふりをされてしまったら、なにも言えない。
「じゃあ碧羽くん、行こ!」
のんちゃんは、俺でもわかるくらいの作り笑顔を浮かべて足を進めた。
いやいや、絶対大丈夫じゃないじゃん。
「ねえ、のんちゃん」
俺が呼びかけたことで、のんちゃんは振り向いた。まだ強がっているのが見て取れる。
「やっぱさ……」
——お前なら、と小さな希望を抱いているだけだ。
やっぱ、紘都がいたほうがいいんじゃない?
そう言おうと思った。それがのんちゃんのためになるから。
だけど、紘都のさっきの言葉を思い出したら、言えなかった。
もしかしたら、俺がしようとしたことは正しいことに見せて、のんちゃんが変わるチャンスを奪おうとしているのかもしれないから。
「碧羽くん?」
俺の葛藤も知らないのんちゃんは、ただ純粋に、不思議そうな顔をしてそこにいる。
のんちゃんは紘都なしで会長と話すことを決めたんだ。
俺も覚悟を決めよう。
「なんでもない。生徒会室、行こっか」
俺が言うと、のんちゃんは頷いて前を向いた。
いつもなら、のんちゃんの横に立ってくだらない嘘のひとつでもつくところだが、ふざける余裕がなかった。
ゆえに、俺たちはろくに言葉を交わすことなく、生徒会室に到着した。



