静心ふたつ、茶の道ひとつ

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 それからというもの、蒼も僕もとても真剣に茶道を学んでいった。
 教室でも、まるで人が変わったように蒼とつるみだした僕を見て、クラスメイトたちがひそひそと囁く声を耳にした。

「なんか最近和泉って変わったよな」
「香月と仲良いみたいだし、茶道部に入ったんだろ、あの二人」
「なんで女子ばかりの茶道部に? てかあいつらって凸凹コンビじゃね?」
「言えてるー。もしかしてデキてたりして」

 根も葉もない噂が飛び交い、僕たちはクラスどころか学年でちょっとした有名コンビになっていた。僕は、そんな周囲の声を最初は雑音だと感じていたが、蒼が「どうでもいいよ、俺らのことよく知らないやつらの話なんか」とからりと言ってのけるので、僕もそれ以降は気にせず過ごすことにした。

 期末テストが終わり、夏休みになっても、部活は変わらず月曜日と木曜日に行われた。九月に開催される文化祭に向けての練習があるからだ。
 茶道部は他の多くの部活のように夏に大会がないぶん、文化祭でのお茶会が大きな見せ場となる。本番でお点前をするのは主に三年生の先輩たちだが、一年生も給仕役としてお茶とお菓子をお客さんに出す必要があった。
 だから、夏休みも普段通りに、いや普段以上に精を入れて練習をしていたのだけれど、ここ二週間ほど、蒼は部活を休んでいた。

「和泉、香月ってなんで最近休みなの?」

 朝比奈さんが、つっけんどんな物言いで聞いてくる。蒼が来ないので、朝比奈さんは最近ずっとむすっとした表情をしている。そんな朝比奈さんを、他の一年生の女子たちが宥める——毎度同じような光景を目にしていた。

「……僕もよく分からない。特に本人から連絡とかないし。部長には用事で欠席って連絡してるみたいだけど」

「用事……二週間も? 忌引きとかじゃないよね」

「さあ……。忌引きならそう言うと思うけど。てか本人に直接聞いてみたらいいんじゃないかな」

 蒼の欠席について、これ以上根掘り葉掘り聞かれても、正直困る。僕だって、どうして蒼が二週間もお休みしているのか分からないのだ。

「和泉のほうが香月と仲良いんだし、それぐらい聞いてよ」

 朝比奈さんがむっとした表情でちょっと怒ったような口調で言う。そばで僕たちの会話を聞いていた飯倉さんが、「ちょっと芽里、落ち着いて……」と朝比奈さんを宥めにかかる。だが、朝比奈さんには飯倉さんの声が届いていないかのように、僕をキッと睨みつけた。

「蒼が休んでるのを気にしてるのは朝比奈さんでしょ。だから朝比奈さんが聞くほうがいいよ」

 蒼のことが好きならなおさら自分から連絡すれば——とは、さすがに口が裂けても言えなかった。でも、心の中ではなぜ朝比奈さんが自分で蒼に連絡をしないのかと、疑問が膨らむ。

「それぐらいしてくれたっていいでしょ。和泉は香月のこと心配じゃないの?」

「……心配だよ。でも、僕は蒼のこと急かしたくないし……。理由があって休んでるなら、いつか連絡だってくれるんじゃないかって思ってるから」

 あれだけ茶道が好きな蒼のことだ。きっと、のっぴきらない事情があって部活を欠席しているのだろう。そうと分かっているから、僕はあえて蒼に連絡をしようとは思わなかった。

「和泉って、薄情者じゃん! なんで香月は和泉みたいなやつと、一緒にいるんだろうねっ……」

 涙目になった朝比奈さんが、僕のことを詰り始める。茶室から出てきた渡辺さんや江口さん、稲葉さんが「どうしたの?」と顔を覗かせた。
 飯倉さんが「芽里、それはさすがに」と僕に気まずそうな視線を送りながら朝比奈さんに呼びかけた。
 朝比奈さんは、「ひなのには分からないよ」と、女友達の手を振り払い、

「ちょっとトイレ行ってくるっ」

 と部室を出て行った。
 飯倉さんたちは慣れているのか、「やれやれ」といった様子でため息を吐く。

「気づいてると思うけど、芽里って香月のことが好きなんだ。だからちょっと必死になっちゃってるだけなの。和泉、ごめん」

「いや、飯倉さんたちが謝ることじゃないよ」

「まあそうかもしれないけど。でも和泉、本当に香月がなんで休んでるか知らないんだね。私たちもちょっと心配」

「そうだね……。病欠ではないみたいだし、やっぱり法事とか?」

「法事かー。おばあちゃんとかおじいちゃんとかかな。だとしたらちょっと気が滅入っちゃてる可能性もあるよね」

 江口さんが蒼のことを慮り、眉根を下げながら言う。

「そうだね。今度来たら明るく迎え入れよう」

 飯倉さんの言葉に、その場にいた全員が頷きあう。やがてお手洗いに行っていた朝比奈さんが戻ってきた。外に出たことで少し気持ちが落ち着いたのか、僕に向かって「……さっきはごめん」とボソリと呟いた。
 素直に謝る彼女を見て、朝比奈さんはやっぱり根はいい子なのだと悟る。

「いや、いいよ。今みんなで話してたとこ。蒼が次に来たら温かく迎えようって。朝比奈さんも協力してくれるかな」

「うん……。あの、和泉は薄情者なんかじゃ、ないと思う」

「え?」

 さっきの発言を気にしているのだろうか。僕はクラスメイトからもよく知らない人たちからも陰口を言われまくっているので、心無い言葉には正直慣れている。だからこそ、朝比奈さんがきちんと謝ろうとしてくれていることに驚いた。

「香月は……和泉が優しいやつだって知ってるから、和泉のこと好きなんだと思う」

 瞳をぎゅっと瞑りながら、朝比奈さんは言葉を絞り出す。素直に自分の過ちを認めて、こんなふうに僕なんかのことを褒めてくれる朝比奈さんは、やっぱりいい人だ。僕には真似できない。

「ありがとう。僕は、朝比奈さんこそ優しい人だと思うよ」

 僕も、普段は全然言えないようなことを、朝比奈さんに対しては素直に伝えることができた。朝比奈さんがはっと目を瞬かせて僕を見つめる。その顔が、驚きからかすかな喜びに変わっていくようで、僕はちょっぴり照れ臭かった。

「和泉って、やっぱり変わったよね」

「そう……かな」

 最近、周りからよく言われていたことだ。でも、実際によく知っている部活の仲間から伝えられると、胸がドキリと鳴ってしまう。

「うん。良い意味で、人間らしくなった」

「……そっか。うん、ちょっと自覚ある」

 人間らしくなった、か。
 今の僕を表すのに、確かにそれが一番適切かもしれないな、と感じるのだった。