久遠先生は、僕が自分の孫であることに気づいているんだろうか……。
気づいていないなんてことが、あるのだろうか。
幼い子どもだった自分はまだしも、大人である彼女が僕のことを認知していないはずがない。だとすれば、孫だと気づいた上で、他人のふりをして接しているのだ——そう気づいて、僕はじっと先生のことを見つめてしまっていた。
だが久遠先生はその後僕から目を逸らし、香月くんにも声をかける。
「きみも、茶道の素質がある。ちょっとうるさいけれど、その素直さが良い」
「ありがとうございます! 素直なのが取り柄です!」
“ちょっとうるさい”というダメ出しはまるで聞こえていないかのように、香月くんは持ち前の明るさで答えた。
「二人とも、“自分にお点前ができるはずがない”なんて思わなくて結構です。先輩たちもみんな、最初は初心者だったんですよ。誰にでも道の始まりはあります。その道をつくっていくかどうかは、あなたたち次第です」
久遠先生の凛とした声が、まなざしが、僕の心の一番深いところに響く。
香月くんも同じように感じたのか、普段の彼らしからぬ真面目な顔つきで「分かりました」と頷いた。
お稽古が終わり、次にお稽古をつけてもらう二年生の先輩と、遅れてやってきた一年生の渡辺芳佳と飯倉ひなの、二年生の二名が交代で茶室に入っていった。
香月くんが「膝が痺れすぎて動けねえ」と水屋でのたうち回るのを、部員たちが笑いながら見つめる。
「二人とも、どうだった? 作法とか何も教えてなかったけど、よくできてたと思う」
正客をしていた先輩——吉井夢さんというらしい——が、僕たちを褒めてくれた。入部させるためのリップサービスと分かっていても、心がくすぐったくて嬉しい。
「すっげーおいしかったです! お菓子も抹茶も」
「そこは“先輩が点てた抹茶がおいしかった”って言うとこでしょ」
素直すぎる香月くんの感想に、朝比奈さんが突っ込む。
そばで聞いていた吉井先輩と、深草先輩がくすくすと笑っていた。
「見ての通り、うちの茶道部は女子部員しかいないんだけどさ、男子禁制ってわけじゃないから、ぜひ入らない? 久遠先生も言っていたことだし」
「はい! 入りますっ! 俺と宗貴の二人で」
「ちょ、ちょっと香月くん。僕はまだ入ると決めたわけじゃ——」
「え? でも入りたいって顔に書いてあんじゃん。さっき、久遠先生から向いてるって言われてたし。さすが寺の息子だな!」
調子の良い香月くんは、僕の背中をバンバン叩きながら大仰に褒めてくれた。
普段なら、クラスメイトからのこうした絡みは鬱陶しいと思うほうなのだが、不思議と今日は嫌な感じがしない。相手が香月くんだからだろうか。それとも、お茶を飲んだことで、精神状態が健康になったおかげかもしれない。
「……分かった」
僕は静かに呟く。本当は自信をもって決めたことだが、大きな声を出すのは性に合わない——いや、恥ずかしかったから。
「お、そうこなくっちゃ! それでは先輩方、どうぞよろしくお願いします!」
香月くんの声が、静かな茶道部室に響き渡る。きっと今茶室でお稽古をしている二年生や先生にも聞こえていたことだろう。小さな笑い声まで聞こえてきて、なんだか僕は背中が少しむずがゆかった。
気づいていないなんてことが、あるのだろうか。
幼い子どもだった自分はまだしも、大人である彼女が僕のことを認知していないはずがない。だとすれば、孫だと気づいた上で、他人のふりをして接しているのだ——そう気づいて、僕はじっと先生のことを見つめてしまっていた。
だが久遠先生はその後僕から目を逸らし、香月くんにも声をかける。
「きみも、茶道の素質がある。ちょっとうるさいけれど、その素直さが良い」
「ありがとうございます! 素直なのが取り柄です!」
“ちょっとうるさい”というダメ出しはまるで聞こえていないかのように、香月くんは持ち前の明るさで答えた。
「二人とも、“自分にお点前ができるはずがない”なんて思わなくて結構です。先輩たちもみんな、最初は初心者だったんですよ。誰にでも道の始まりはあります。その道をつくっていくかどうかは、あなたたち次第です」
久遠先生の凛とした声が、まなざしが、僕の心の一番深いところに響く。
香月くんも同じように感じたのか、普段の彼らしからぬ真面目な顔つきで「分かりました」と頷いた。
お稽古が終わり、次にお稽古をつけてもらう二年生の先輩と、遅れてやってきた一年生の渡辺芳佳と飯倉ひなの、二年生の二名が交代で茶室に入っていった。
香月くんが「膝が痺れすぎて動けねえ」と水屋でのたうち回るのを、部員たちが笑いながら見つめる。
「二人とも、どうだった? 作法とか何も教えてなかったけど、よくできてたと思う」
正客をしていた先輩——吉井夢さんというらしい——が、僕たちを褒めてくれた。入部させるためのリップサービスと分かっていても、心がくすぐったくて嬉しい。
「すっげーおいしかったです! お菓子も抹茶も」
「そこは“先輩が点てた抹茶がおいしかった”って言うとこでしょ」
素直すぎる香月くんの感想に、朝比奈さんが突っ込む。
そばで聞いていた吉井先輩と、深草先輩がくすくすと笑っていた。
「見ての通り、うちの茶道部は女子部員しかいないんだけどさ、男子禁制ってわけじゃないから、ぜひ入らない? 久遠先生も言っていたことだし」
「はい! 入りますっ! 俺と宗貴の二人で」
「ちょ、ちょっと香月くん。僕はまだ入ると決めたわけじゃ——」
「え? でも入りたいって顔に書いてあんじゃん。さっき、久遠先生から向いてるって言われてたし。さすが寺の息子だな!」
調子の良い香月くんは、僕の背中をバンバン叩きながら大仰に褒めてくれた。
普段なら、クラスメイトからのこうした絡みは鬱陶しいと思うほうなのだが、不思議と今日は嫌な感じがしない。相手が香月くんだからだろうか。それとも、お茶を飲んだことで、精神状態が健康になったおかげかもしれない。
「……分かった」
僕は静かに呟く。本当は自信をもって決めたことだが、大きな声を出すのは性に合わない——いや、恥ずかしかったから。
「お、そうこなくっちゃ! それでは先輩方、どうぞよろしくお願いします!」
香月くんの声が、静かな茶道部室に響き渡る。きっと今茶室でお稽古をしている二年生や先生にも聞こえていたことだろう。小さな笑い声まで聞こえてきて、なんだか僕は背中が少しむずがゆかった。



