静心ふたつ、茶の道ひとつ

「こんな気持ちじゃ、お前と一緒にいるあの空間に戻れない。静心なんて俺には向いてなかったんだ」

 蒼が、懺悔するような悔しさに滲んだ声でそう言った。まるで、僕を茶道部に誘ったことに対して、謝っているかのようだった。僕は茶道部に入って後悔したことなんか一つもないのに。僕は、蒼とただあの静かな空間にいられたらそれで良かったんだ。

「僕は……」

 心の中が、だいぶおしゃべりになっているな、と感じていた。
 蒼と出会ってから、彼のペースに乗せられるがままに高校生活を過ごして、いつの間にか僕は、“歩くお墓”じゃなくなっていた。蒼と一緒に部活に邁進する僕を見てみんなが僕を認めてくれたような気がしている。

「僕も、失うことが怖かったよ」

 蒼がはっと僕に視線を向ける。手のひらの中のお茶碗を握りしめたまま。それでも僕を見つめていた。

「僕は昔、母さんに捨てられたんじゃないかって思ったんだ。僕がわがままを言いすぎたから、母さんは僕に呆れてしまったんだって。それ以降、人と関わることも、本音を口にすることも怖くなった」

 蒼はじっと僕の話に耳を傾けてくれている。彼の息遣いを感じながら、僕は続けた。

「久遠先生から——祖母から本当のことを聞いたら、後戻りできないし。母親に捨てられた真意だって知ってしまうかもしれないって。でも今は、蒼を失うことが一番怖いんだ」

 蒼の瞳が大きく見開かれる。
 久遠先生から母親の本心を聞かされることよりも何よりも、僕は今大切にしている友達を失うのが、一番怖い。
 
「分かったんだ。僕は蒼と一緒じゃなくちゃ、茶道部にはいられないって。これから残りの二年間も、蒼と一緒に茶の道を極めたい」

 それが、ここに来るまでに僕が決意したことだ。
 僕は蒼と一緒に、道を極めてみたい。
 だから今この場で、蒼を失うのは嫌なんだ。

「宗貴……」

 蒼の手から、お母さんのお茶碗が滑り落ちた。僕はそれを元の位置に大事に戻して、蒼の手を握る。

「一緒に行こう。きっとみんな、蒼の帰りを待ってるよ。朝比奈さんなんて心配しすぎて倒れてるかも」

「いや、それはないだろ」

「どうだろうね? 蒼はもっと、自分がいろんな人から愛されてることを自覚したほうがいい」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ」

 いつもの調子の蒼が戻ってきた。
 僕たちは互いに顔を見て笑い合うと、蒼のお母さんの遺影に向かって頭を下げた。

「行ってきます、母さん」

 それが蒼と僕の、出発の合図だった