蒼は言ってはいけないことを言ってしまったと自覚があるのか、ばつが悪そうに顔を顰めている。
「久遠先生が僕のおばあちゃんだってこと……なんで知ってるの?」
蒼の双眸がふるりと揺れる。その瞳の奥に、怒り以外の感情が滲んでいることに、僕はこの時気づかない。
「……部室でちょっと聞いたんだよ。先生が部長とそんな話してるの。なあ、なんで宗貴はそのこと黙ってたんだ。久遠先生とちゃんと話さないんだ」
「蒼には関係ないでしょ……」
僕が久遠先生と家族らしい会話をしようがしまいが、蒼には関係がないはずだ。
僕にとって久遠先生はお茶の先生以外の何者でもない。そこにべつの意味を見出そうとする蒼が、僕をこれまで散々馬鹿にしてきた他の人間たちと重なって、複雑な気持ちにさせられた。
「久遠先生は待ってるんじゃないのか。宗貴のほうから話してくれるのを」
ない、とは言い切れない。久遠先生のほうが、僕の言葉を待っているのかもしれないということ。でもそれだって、蒼に指図されてすることではないのだ。
「……そういう蒼はどうなんだよ」
「は? どうって、何が」
祖母の話題からなんとか話を逸らしたくて、僕自身、蒼について気になっていたことを聞いた。
「蒼は知り合いが茶道をやっているから、自分も茶道部に入ったって言った。でも実際はお母さんに勧められたんでしょ。なんでわざわざ嘘なんかついたの? 蒼のほうこそ、向き合いきれてないことがあるんじゃないの」
あの手紙を見た時から、ずっと気になっていた。
蒼はどうして、素直に“母親に勧められて茶道を始めた”と言わなかったのだろうと。
蒼も僕と同じように目を逸らしていることがあるのではないか——そう感じていたのだ。実際、僕があの手紙を見てから、蒼はずっと様子が変だった。僕をいろいろと責める前に、まず我が身を顧みろよ——そんなふうに感じて、蒼に問いかけた。
「それは……」
蒼は普段の彼らしくなく、身体をわなわなと震わせて唇を噛み締めていた。
蒼がお母さんのことで何かを抱えていることは一目でよくわかった。
僕も蒼も、煩悩だらけで茶道に勤しんでいたのか。思わず笑ってしまいそうになる。
「……ごめん、ちょっと頭冷やしたい」
僕は踵を返し、蒼の元から離れた。お手洗いに行き、そのままお稽古に戻り、淡々とした時間を過ごす。給仕役として茶室に入ったとき、ちらりと久遠先生の表情を見た。いつもと変わらない凛としたまなざしで、三年生の先輩を指導している。僕のことなど眼中にないかのようなその態度に、かえってほっとしたのは事実だ。
余計なことは考えなくていい。
久遠先生は久遠先生だ。
結局その日も久遠先生と実のある話をしない僕を、蒼は複雑な表情で見つめていた。
僕と蒼の間に決定的な亀裂が入ったのだと、その時分かってしまった。
「久遠先生が僕のおばあちゃんだってこと……なんで知ってるの?」
蒼の双眸がふるりと揺れる。その瞳の奥に、怒り以外の感情が滲んでいることに、僕はこの時気づかない。
「……部室でちょっと聞いたんだよ。先生が部長とそんな話してるの。なあ、なんで宗貴はそのこと黙ってたんだ。久遠先生とちゃんと話さないんだ」
「蒼には関係ないでしょ……」
僕が久遠先生と家族らしい会話をしようがしまいが、蒼には関係がないはずだ。
僕にとって久遠先生はお茶の先生以外の何者でもない。そこにべつの意味を見出そうとする蒼が、僕をこれまで散々馬鹿にしてきた他の人間たちと重なって、複雑な気持ちにさせられた。
「久遠先生は待ってるんじゃないのか。宗貴のほうから話してくれるのを」
ない、とは言い切れない。久遠先生のほうが、僕の言葉を待っているのかもしれないということ。でもそれだって、蒼に指図されてすることではないのだ。
「……そういう蒼はどうなんだよ」
「は? どうって、何が」
祖母の話題からなんとか話を逸らしたくて、僕自身、蒼について気になっていたことを聞いた。
「蒼は知り合いが茶道をやっているから、自分も茶道部に入ったって言った。でも実際はお母さんに勧められたんでしょ。なんでわざわざ嘘なんかついたの? 蒼のほうこそ、向き合いきれてないことがあるんじゃないの」
あの手紙を見た時から、ずっと気になっていた。
蒼はどうして、素直に“母親に勧められて茶道を始めた”と言わなかったのだろうと。
蒼も僕と同じように目を逸らしていることがあるのではないか——そう感じていたのだ。実際、僕があの手紙を見てから、蒼はずっと様子が変だった。僕をいろいろと責める前に、まず我が身を顧みろよ——そんなふうに感じて、蒼に問いかけた。
「それは……」
蒼は普段の彼らしくなく、身体をわなわなと震わせて唇を噛み締めていた。
蒼がお母さんのことで何かを抱えていることは一目でよくわかった。
僕も蒼も、煩悩だらけで茶道に勤しんでいたのか。思わず笑ってしまいそうになる。
「……ごめん、ちょっと頭冷やしたい」
僕は踵を返し、蒼の元から離れた。お手洗いに行き、そのままお稽古に戻り、淡々とした時間を過ごす。給仕役として茶室に入ったとき、ちらりと久遠先生の表情を見た。いつもと変わらない凛としたまなざしで、三年生の先輩を指導している。僕のことなど眼中にないかのようなその態度に、かえってほっとしたのは事実だ。
余計なことは考えなくていい。
久遠先生は久遠先生だ。
結局その日も久遠先生と実のある話をしない僕を、蒼は複雑な表情で見つめていた。
僕と蒼の間に決定的な亀裂が入ったのだと、その時分かってしまった。



