〇鴨川沿い・工事現場・昼 轟音と黒い煙。
西園寺家が主導する「琵琶湖疏水」の建設予定地。
西園寺「……30秒遅れている」
西園寺響一郎が、懐中時計を見ながら現場監督を睨みつける。
現場監督「は、はい! すぐに火薬の装填を!」
西園寺「急げ。僕の計画に『停滞』という文字はない」
西園寺の背後には、英国から輸入したばかりの巨大な蒸気ボイラーが据え付けられている。
猛烈な勢いで黒煙を吐き出している。
ボイラーに繋がれた太い鎖が巻き上げられ、蒸気式巻揚機(ウィンチ)が唸りを上げる。
地下から、土砂を満載したトロッコが凄まじい速度で引き上げられてくる。
西園寺「金と鉄と蒸気。……これこそが『力』だ」
西園寺「天宮のような血筋だけの貧乏人が入り込む隙間など、1ミリもない」
〇京都市中・路地裏・昼
対照的に、静まり返った路地。
蓮人と琴乃が、一枚の地図を広げている。
地図には「嵐山」「賀茂川堤防」「琵琶湖疏水」「円山公園」の四箇所に赤丸がついている。
蓮人「いいか、琴乃。闇雲に植えても勝てない」
蓮人「この四箇所の『急所』を桜で埋め尽くし、京都を『桜の回廊』で繋ぐんだ!」
琴乃「すごい……! 壮大な計画だね」
琴乃「これなら、きっと京都にも全国から人が集まるよ」
二人の顔が輝く。
蓮人が懐から「がま口財布」を取り出し、逆さまにする。
チャリン……。
落ちてきたのは、銅貨が数枚だけ。
蓮人「……で、問題はこれだ」
蓮人「苗木を買う金が、一銭もねえ」
琴乃「あ……」
蓮人「桜の苗木は一本五銭。1万本植えるとして……500円(現在の価値で約1000万円)は必要だ」
蓮人「俺たちの全財産じゃ、3本買って終わりだ」
琴乃「うぅ……。世知辛いね……」
蓮人、頭を抱える。
琴乃「アイデアはあるし。場所も決めたし。時間短縮もできるのに」
蓮人「そう。肝心の金がない…」
しばらく考え込む蓮人。
蓮人「……一度、家に帰るぞ」
琴乃「え?お金を取りに?」
蓮人「いや。……『天宮家の誇り』を取りにな」
〇天宮家(あばら家)・室内 ボロボロの長屋。
蓮人が、押し入れの奥から桐の箱を取り出す。
中に入っていたのは、黒紋付の羽織。
背中には、天宮家の家紋が金糸で刺繍されている。
古いが、手入れが行き届いており、そこだけ異様な品格を放っている。
蓮人「親父が残した、唯一の遺産だ」
琴乃「うわ~綺麗な着物ね」
蓮人「質に入れようか何度も迷ったが……とっておいて良かったぜ」
蓮人、羽織に袖を通す。
袴(はかま)の紐をギュッと結び直す。
背筋が伸び、「道化」の顔が消え、若き当主の顔になる。
蓮人「行くぞ、琴乃。……俺たちの『血筋』を、金に換える」
琴乃「……うん!蓮人くん、かっこいいよ」
〇豪商・大黒屋の屋敷・玄関
成金の豪商・大黒屋剛山(五〇代)の屋敷。
門の前で、番頭が立ちはだかる。
番頭「帰れ帰れ!旦那様は忙しいんだ!学生風情が会える方じゃない!」
蓮人「……おや。天宮家の当主を門前払いとは」
蓮人「大黒屋さんともあろうお方が、随分と礼儀を知らぬ使用人を飼っておられる」
蓮人、扇子をパチンと閉じる。
その威圧感と、羽織の家紋を見て、番頭がたじろぐ。
番頭「あ、天宮……? まさか数年前までは隆盛を誇っていた?…あの一族?」
蓮人「腐っても鯛、枯れても天宮だ。……通せ」
〇同・応接間 和洋折衷の悪趣味なほど豪華な応接間。
虎の敷物、金箔の屏風、巨大な壺などが所狭しと並べられている。
ソファにふんぞり返る大黒屋剛山。葉巻をふかしている。
蓮人「お目通りいただき、ありがとうございます」
剛山「フン。天宮の若造か」
剛山「何の用だ? 金の無心なら、他を当たれ」
蓮人「単刀直入に言います。……1万本の桜を植えるための出資をお願いしたい」
剛山「はっ!桜だと?」
剛山「馬鹿馬鹿しい。そんなもん、一銭の得にもならんわ!」
琴乃「剛山様、話だけでも最後まで聞いていただけませんか?」
剛山「わしは忙しいんじゃ。西園寺様との商談も控えておる。帰れ!」
剛山が手を振る。屈強な用心棒たちが蓮人の腕を掴む。
用心棒「旦那様が帰れと言ってるんだ。出ろ!」
蓮人「離せ! まだ話は……!」
取り付く島もない。 蓮人は唇を噛む。
やはり「血筋」だけでは、通用しないのか。
その時。 琴乃が、部屋の隅にある「異質なもの」に気づく。
琴乃「……?」
〇琴乃の視点 豪華な調度品の中に混じって、不自然に置かれたものがある。
1つは、壁に飾られた「巨大な剛山の肖像画」。
もう一つは、部屋の片隅にある「立派すぎる仏壇」と、その横に広げられた「家系図」。
琴乃M(……変だわ。琴乃モノ『こんな洋風の応接間に、仏壇? それにあの家系図……新しく作ったみたいにピカピカ)
琴乃M(旦那さん、話してる間も……チラチラと自分の肖像画を気にしてる)
琴乃の脳内で、点と点が繋がる。
琴乃が用心棒に掴まれながら、蓮人に囁く。
琴乃「(小声)……蓮人くん。一度、出なおしましょう」
蓮人「えっ」
琴乃「お時間いただき、ありがとうございました。また改めて伺います」
剛山「二度と来るな!血筋だけの貧乏人が!」
蓮人「いいのかよ!琴乃!」
琴乃「いいのよ。それでは失礼します」
強引に蓮人を引っ張り屋敷を出る琴乃。
〇帰り道・鴨川沿い・夕方
夕暮れの川沿いを歩く二人。
蓮人が大きく息を吐く。
蓮人「……はぁ。参ったな」
蓮人「まさか、あそこまで聞く耳持たないとは」
蓮人「金持ちってのは、もっと地元に貢献しそうなもんだけどな………」
蓮人、苛立ち紛れに石を蹴る。
琴乃は少し後ろを歩きながら、考え込んでいる。
琴乃「……蓮人くん」
蓮人「ん?」
琴乃「あのおじさん……『死ぬのが怖い』んだと思う」
蓮人、足を止めて振り返る。
蓮人「は? 死ぬのが怖い?」
蓮人「あんなにふんぞり返ってたのにか?」
琴乃「うん。……部屋、見たでしょ?」
琴乃「壁には自分の大きな肖像画。隅には立派すぎる仏壇。それに、新しく作り直したピカピカの家系図」
蓮人「……言われてみれば。成金にしちゃあ、妙に先祖とか気にしてたな」
琴乃「私には……あれが全部『悲鳴』に見えたの」
琴乃「お金持ちになって、何でも手に入れたけど……『死んだら忘れ去られる』ってことが、一番の恐怖なんじゃないかな」
琴乃「だから、必死に『自分が生きた証』を残そうとしてる」
琴乃の分析。
蓮人はハッとして、数秒間、虚空を見つめる。
蓮人「……なるほど」
蓮人「金で買えるものは全部買った。次は何が欲しいんだ?」
蓮人「あいつが喉から手が出るほど欲しいのは……『金』じゃなくて名誉か!」
カチッ 蓮人の脳内で、歯車が噛み合う音がする。
ニヤリと、悪巧みをする子供のような笑みが浮かぶ。
蓮人「……いけるぞ、琴乃」
琴乃「え?」
蓮人「あいつの『願望』を、俺たちの『商品』に変えるんだ」
蓮人、懐から手帳を取り出し、サラサラと何かを書き始める。
蓮人「次は『金儲け』の話はやめる」
蓮人「こう提案するんだ。『あなたの名前を、永遠に残しませんか』ってな」
琴乃「名前を……?」
蓮人「ああ。桜の木の根元に、出資者の名前を彫った『石碑』を建てる」
蓮人「桜が咲くたびに、人々はその名前を見る。
孫の代、そのまた孫の代まで……『京都を救った英雄』として語り継がれる」
蓮人、バチンと手帳を閉じる。
蓮人「金じゃ買えない『名誉』と『永遠』。……それを俺たちが売ってやるんだ」
琴乃、目を丸くする。そして、クスッと笑う。
琴乃「……ふふ。すごい」
琴乃「そんなこと思いつくなんて……やっぱり蓮人くんのハッタリは超一流だね」
蓮人「人聞きが悪いな。『仕掛人』と言え」
蓮人、琴乃の頭をポンと撫でる。
蓮人「お前の『観察眼』がなきゃ、気付けなかった。……ありがとな」
琴乃「……うん」
二人は顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべる。
蓮人「よし、作戦変更だ」
蓮人「あの大狸(剛山)から……『永遠』を担保に、金をごっそり引き出してやる!」
夕焼けの中、二人の影が重なる。
反撃の準備は整った。
〇豪商・大黒屋の屋敷・応接間(再訪問)
夜。ガス灯が灯された豪華な応接間。
再び屋敷を訪れた二人。
剛山はさらに不機嫌そうに、貧乏ゆすりをしている。
剛山「しつこいな!来るなと言うたじゃろうが!」
剛山「金の話なら聞かんぞ。わしは忙しいんじゃ」
蓮人「……ええ。金より、大事なものです」
蓮人、礼儀正しく、深く一礼する。
剛山M(腐っても天宮家の子息。
この態度は、先ほどまでの「頼み込む学生」ではなく「対等な取引相手」のようだ)
蓮人「剛山様。……あなたは100年後、誰に思い出してもらえますか?」
剛山、ピクリと眉を動かす。
葉巻を持つ手が止まる。
蓮人「金は、使えばなくなる。屋敷も、いつかは朽ちる」
蓮人「あなたが死んだ後……誰があなたの偉業を語り継いでくれますか?」
剛山「……貴様、何を……」
蓮人、剛山の背後にある「肖像画」をチラリと見る。
蓮人「その絵も、あなたの孫の代には……蔵の奥で埃を被っているかもしれませんね」
剛山の顔色が変わる。
まさに彼が毎晩、悪夢に見ている光景だったからだ。
蓮人、畳み掛ける。
蓮人「俺たちがあなたに提供できるのは『永遠の名誉』です」
蓮人、懐から一枚の図面(桜並木の完成予想図と、石碑のデザイン)を取り出し、テーブルに広げる。
そして、桜の根元に描かれた石碑を指差す。
蓮人「寄付していただいた桜の根元に、あなたの名前を深く刻んだ石碑を建てます」
蓮人「『この桜は、大黒屋剛山氏が植えた』……と」
剛山「石碑……?」
蓮人「桜は毎年咲きます。100年先も、200年先も」
蓮人「春が来るたび、人々は満開の花を見上げ、そしてあなたの名前を見る」
蓮人「何世代にもわたって……あなたの名前は『京都を美しくした英雄』として、語り継がれるんです」
蓮人、剛山の目を真っ直ぐに見据える。
蓮人「金で買えない『永遠と名誉』へご寄付いただけませんか?」
剛山、言葉を失う。
視線が泳ぎ、自分の肖像画と、仏壇を見る。
剛山M(巨万の富を築いても埋まらなかった、自尊心、そして死への恐怖と、忘れ去られることへの不安)
剛山M(それは確かに「桜」が埋めてくれる。この若造の言うことは筋が通っている)
剛山「……英雄、か」
剛山「わしの名前が……200年先も……?」
琴乃「はい。私が保証します」
琴乃も一歩進み出て、言葉を添える。
琴乃「あなたの名前が刻まれた桜は、私が責任を持って、誰よりも美しく咲かせてみせます」
琴乃「あなたの桜を植えた場所は、京都で一番の、名所になります」
剛山、震える手で葉巻を灰皿に押し付ける。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
蓮人「日本中、いや世界中から観光客が押し寄せますよ」
剛山「……分かった」
剛山「いくらだ?100本か?1000本か?」
剛山、態度を一変させ、身を乗り出す。
琴乃「では1000本分、苗木1,000本 × 5銭 = 50円です」
※明治8年の50円 ≒ 現代の120万~140万円
剛山「出してやろう!」
剛山「一番目立つ場所に植えろ! 石碑の字は、特大サイズじゃ!」
琴乃「桜が咲いたら報告しますね。ぜひ観に行ってください」
剛山「金ならいくらでも出す! わしの名を……京都の歴史に刻め!!」
蓮人「……毎度あり」
蓮人、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべる。
〇3日後、別の豪商の屋敷・玄関
蓮人が、大黒屋の署名が入った契約書をヒラヒラと見せている。
蓮人「あの大黒屋様が、『京都の英雄』になると出資されました」
蓮人「おや? あなたは参加されなくてよろしいのですか?」
蓮人「このままだと、後世に残る名前は……大黒屋さんだけになりますが?」
ライバルの豪商「な、なんじゃと!?あのタヌキ爺だけ目立たせてたまるか!」
豪商「わしも出す!倍出すぞ!わしの石碑をもっと大きくしろ!」
〇翌日、また別の屋敷(ダイジェスト)
蓮人「今なら『英雄枠』、残りわずかです」
成金「出そう!言い値でいい!大黒屋に負けるわけにはいかん!」
次々と契約書に判が押されていく。
成金たちのプライドと競争心を利用した、見事なドミノ倒し。
〇京都市中・帰り道・夕方
蓮人の手には、分厚い札束が入った封筒。
ずっしりと重い。
蓮人「へっ。チョロいもんだぜ」
蓮人「これで1万本の苗木も肥料も、買い放題だ」
蓮人、封筒をポンと投げてキャッチする。
琴乃は、少し呆れたように、でも誇らしげに蓮人を見る。
琴乃「すごいね、蓮人くん。……本当に『口八丁』だけでお城が建ちそう」
蓮人「褒め言葉として受け取っておくよ」
蓮人、琴乃の頭をガシガシと撫でる。
蓮人「ナイスだ、琴乃。お前の『観察眼』がなきゃ、門前払いだった」
琴乃「えへへ……。役に立ててよかった」
二人は顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべる。
蓮人「よし。金は確保した」
蓮人が遠くを見つめる。
蓮人「行くぞ、琴乃。……次の課題は技術・職人だ」
ナレーション『第1の壁・資金。――突破』
西園寺家が主導する「琵琶湖疏水」の建設予定地。
西園寺「……30秒遅れている」
西園寺響一郎が、懐中時計を見ながら現場監督を睨みつける。
現場監督「は、はい! すぐに火薬の装填を!」
西園寺「急げ。僕の計画に『停滞』という文字はない」
西園寺の背後には、英国から輸入したばかりの巨大な蒸気ボイラーが据え付けられている。
猛烈な勢いで黒煙を吐き出している。
ボイラーに繋がれた太い鎖が巻き上げられ、蒸気式巻揚機(ウィンチ)が唸りを上げる。
地下から、土砂を満載したトロッコが凄まじい速度で引き上げられてくる。
西園寺「金と鉄と蒸気。……これこそが『力』だ」
西園寺「天宮のような血筋だけの貧乏人が入り込む隙間など、1ミリもない」
〇京都市中・路地裏・昼
対照的に、静まり返った路地。
蓮人と琴乃が、一枚の地図を広げている。
地図には「嵐山」「賀茂川堤防」「琵琶湖疏水」「円山公園」の四箇所に赤丸がついている。
蓮人「いいか、琴乃。闇雲に植えても勝てない」
蓮人「この四箇所の『急所』を桜で埋め尽くし、京都を『桜の回廊』で繋ぐんだ!」
琴乃「すごい……! 壮大な計画だね」
琴乃「これなら、きっと京都にも全国から人が集まるよ」
二人の顔が輝く。
蓮人が懐から「がま口財布」を取り出し、逆さまにする。
チャリン……。
落ちてきたのは、銅貨が数枚だけ。
蓮人「……で、問題はこれだ」
蓮人「苗木を買う金が、一銭もねえ」
琴乃「あ……」
蓮人「桜の苗木は一本五銭。1万本植えるとして……500円(現在の価値で約1000万円)は必要だ」
蓮人「俺たちの全財産じゃ、3本買って終わりだ」
琴乃「うぅ……。世知辛いね……」
蓮人、頭を抱える。
琴乃「アイデアはあるし。場所も決めたし。時間短縮もできるのに」
蓮人「そう。肝心の金がない…」
しばらく考え込む蓮人。
蓮人「……一度、家に帰るぞ」
琴乃「え?お金を取りに?」
蓮人「いや。……『天宮家の誇り』を取りにな」
〇天宮家(あばら家)・室内 ボロボロの長屋。
蓮人が、押し入れの奥から桐の箱を取り出す。
中に入っていたのは、黒紋付の羽織。
背中には、天宮家の家紋が金糸で刺繍されている。
古いが、手入れが行き届いており、そこだけ異様な品格を放っている。
蓮人「親父が残した、唯一の遺産だ」
琴乃「うわ~綺麗な着物ね」
蓮人「質に入れようか何度も迷ったが……とっておいて良かったぜ」
蓮人、羽織に袖を通す。
袴(はかま)の紐をギュッと結び直す。
背筋が伸び、「道化」の顔が消え、若き当主の顔になる。
蓮人「行くぞ、琴乃。……俺たちの『血筋』を、金に換える」
琴乃「……うん!蓮人くん、かっこいいよ」
〇豪商・大黒屋の屋敷・玄関
成金の豪商・大黒屋剛山(五〇代)の屋敷。
門の前で、番頭が立ちはだかる。
番頭「帰れ帰れ!旦那様は忙しいんだ!学生風情が会える方じゃない!」
蓮人「……おや。天宮家の当主を門前払いとは」
蓮人「大黒屋さんともあろうお方が、随分と礼儀を知らぬ使用人を飼っておられる」
蓮人、扇子をパチンと閉じる。
その威圧感と、羽織の家紋を見て、番頭がたじろぐ。
番頭「あ、天宮……? まさか数年前までは隆盛を誇っていた?…あの一族?」
蓮人「腐っても鯛、枯れても天宮だ。……通せ」
〇同・応接間 和洋折衷の悪趣味なほど豪華な応接間。
虎の敷物、金箔の屏風、巨大な壺などが所狭しと並べられている。
ソファにふんぞり返る大黒屋剛山。葉巻をふかしている。
蓮人「お目通りいただき、ありがとうございます」
剛山「フン。天宮の若造か」
剛山「何の用だ? 金の無心なら、他を当たれ」
蓮人「単刀直入に言います。……1万本の桜を植えるための出資をお願いしたい」
剛山「はっ!桜だと?」
剛山「馬鹿馬鹿しい。そんなもん、一銭の得にもならんわ!」
琴乃「剛山様、話だけでも最後まで聞いていただけませんか?」
剛山「わしは忙しいんじゃ。西園寺様との商談も控えておる。帰れ!」
剛山が手を振る。屈強な用心棒たちが蓮人の腕を掴む。
用心棒「旦那様が帰れと言ってるんだ。出ろ!」
蓮人「離せ! まだ話は……!」
取り付く島もない。 蓮人は唇を噛む。
やはり「血筋」だけでは、通用しないのか。
その時。 琴乃が、部屋の隅にある「異質なもの」に気づく。
琴乃「……?」
〇琴乃の視点 豪華な調度品の中に混じって、不自然に置かれたものがある。
1つは、壁に飾られた「巨大な剛山の肖像画」。
もう一つは、部屋の片隅にある「立派すぎる仏壇」と、その横に広げられた「家系図」。
琴乃M(……変だわ。琴乃モノ『こんな洋風の応接間に、仏壇? それにあの家系図……新しく作ったみたいにピカピカ)
琴乃M(旦那さん、話してる間も……チラチラと自分の肖像画を気にしてる)
琴乃の脳内で、点と点が繋がる。
琴乃が用心棒に掴まれながら、蓮人に囁く。
琴乃「(小声)……蓮人くん。一度、出なおしましょう」
蓮人「えっ」
琴乃「お時間いただき、ありがとうございました。また改めて伺います」
剛山「二度と来るな!血筋だけの貧乏人が!」
蓮人「いいのかよ!琴乃!」
琴乃「いいのよ。それでは失礼します」
強引に蓮人を引っ張り屋敷を出る琴乃。
〇帰り道・鴨川沿い・夕方
夕暮れの川沿いを歩く二人。
蓮人が大きく息を吐く。
蓮人「……はぁ。参ったな」
蓮人「まさか、あそこまで聞く耳持たないとは」
蓮人「金持ちってのは、もっと地元に貢献しそうなもんだけどな………」
蓮人、苛立ち紛れに石を蹴る。
琴乃は少し後ろを歩きながら、考え込んでいる。
琴乃「……蓮人くん」
蓮人「ん?」
琴乃「あのおじさん……『死ぬのが怖い』んだと思う」
蓮人、足を止めて振り返る。
蓮人「は? 死ぬのが怖い?」
蓮人「あんなにふんぞり返ってたのにか?」
琴乃「うん。……部屋、見たでしょ?」
琴乃「壁には自分の大きな肖像画。隅には立派すぎる仏壇。それに、新しく作り直したピカピカの家系図」
蓮人「……言われてみれば。成金にしちゃあ、妙に先祖とか気にしてたな」
琴乃「私には……あれが全部『悲鳴』に見えたの」
琴乃「お金持ちになって、何でも手に入れたけど……『死んだら忘れ去られる』ってことが、一番の恐怖なんじゃないかな」
琴乃「だから、必死に『自分が生きた証』を残そうとしてる」
琴乃の分析。
蓮人はハッとして、数秒間、虚空を見つめる。
蓮人「……なるほど」
蓮人「金で買えるものは全部買った。次は何が欲しいんだ?」
蓮人「あいつが喉から手が出るほど欲しいのは……『金』じゃなくて名誉か!」
カチッ 蓮人の脳内で、歯車が噛み合う音がする。
ニヤリと、悪巧みをする子供のような笑みが浮かぶ。
蓮人「……いけるぞ、琴乃」
琴乃「え?」
蓮人「あいつの『願望』を、俺たちの『商品』に変えるんだ」
蓮人、懐から手帳を取り出し、サラサラと何かを書き始める。
蓮人「次は『金儲け』の話はやめる」
蓮人「こう提案するんだ。『あなたの名前を、永遠に残しませんか』ってな」
琴乃「名前を……?」
蓮人「ああ。桜の木の根元に、出資者の名前を彫った『石碑』を建てる」
蓮人「桜が咲くたびに、人々はその名前を見る。
孫の代、そのまた孫の代まで……『京都を救った英雄』として語り継がれる」
蓮人、バチンと手帳を閉じる。
蓮人「金じゃ買えない『名誉』と『永遠』。……それを俺たちが売ってやるんだ」
琴乃、目を丸くする。そして、クスッと笑う。
琴乃「……ふふ。すごい」
琴乃「そんなこと思いつくなんて……やっぱり蓮人くんのハッタリは超一流だね」
蓮人「人聞きが悪いな。『仕掛人』と言え」
蓮人、琴乃の頭をポンと撫でる。
蓮人「お前の『観察眼』がなきゃ、気付けなかった。……ありがとな」
琴乃「……うん」
二人は顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべる。
蓮人「よし、作戦変更だ」
蓮人「あの大狸(剛山)から……『永遠』を担保に、金をごっそり引き出してやる!」
夕焼けの中、二人の影が重なる。
反撃の準備は整った。
〇豪商・大黒屋の屋敷・応接間(再訪問)
夜。ガス灯が灯された豪華な応接間。
再び屋敷を訪れた二人。
剛山はさらに不機嫌そうに、貧乏ゆすりをしている。
剛山「しつこいな!来るなと言うたじゃろうが!」
剛山「金の話なら聞かんぞ。わしは忙しいんじゃ」
蓮人「……ええ。金より、大事なものです」
蓮人、礼儀正しく、深く一礼する。
剛山M(腐っても天宮家の子息。
この態度は、先ほどまでの「頼み込む学生」ではなく「対等な取引相手」のようだ)
蓮人「剛山様。……あなたは100年後、誰に思い出してもらえますか?」
剛山、ピクリと眉を動かす。
葉巻を持つ手が止まる。
蓮人「金は、使えばなくなる。屋敷も、いつかは朽ちる」
蓮人「あなたが死んだ後……誰があなたの偉業を語り継いでくれますか?」
剛山「……貴様、何を……」
蓮人、剛山の背後にある「肖像画」をチラリと見る。
蓮人「その絵も、あなたの孫の代には……蔵の奥で埃を被っているかもしれませんね」
剛山の顔色が変わる。
まさに彼が毎晩、悪夢に見ている光景だったからだ。
蓮人、畳み掛ける。
蓮人「俺たちがあなたに提供できるのは『永遠の名誉』です」
蓮人、懐から一枚の図面(桜並木の完成予想図と、石碑のデザイン)を取り出し、テーブルに広げる。
そして、桜の根元に描かれた石碑を指差す。
蓮人「寄付していただいた桜の根元に、あなたの名前を深く刻んだ石碑を建てます」
蓮人「『この桜は、大黒屋剛山氏が植えた』……と」
剛山「石碑……?」
蓮人「桜は毎年咲きます。100年先も、200年先も」
蓮人「春が来るたび、人々は満開の花を見上げ、そしてあなたの名前を見る」
蓮人「何世代にもわたって……あなたの名前は『京都を美しくした英雄』として、語り継がれるんです」
蓮人、剛山の目を真っ直ぐに見据える。
蓮人「金で買えない『永遠と名誉』へご寄付いただけませんか?」
剛山、言葉を失う。
視線が泳ぎ、自分の肖像画と、仏壇を見る。
剛山M(巨万の富を築いても埋まらなかった、自尊心、そして死への恐怖と、忘れ去られることへの不安)
剛山M(それは確かに「桜」が埋めてくれる。この若造の言うことは筋が通っている)
剛山「……英雄、か」
剛山「わしの名前が……200年先も……?」
琴乃「はい。私が保証します」
琴乃も一歩進み出て、言葉を添える。
琴乃「あなたの名前が刻まれた桜は、私が責任を持って、誰よりも美しく咲かせてみせます」
琴乃「あなたの桜を植えた場所は、京都で一番の、名所になります」
剛山、震える手で葉巻を灰皿に押し付ける。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
蓮人「日本中、いや世界中から観光客が押し寄せますよ」
剛山「……分かった」
剛山「いくらだ?100本か?1000本か?」
剛山、態度を一変させ、身を乗り出す。
琴乃「では1000本分、苗木1,000本 × 5銭 = 50円です」
※明治8年の50円 ≒ 現代の120万~140万円
剛山「出してやろう!」
剛山「一番目立つ場所に植えろ! 石碑の字は、特大サイズじゃ!」
琴乃「桜が咲いたら報告しますね。ぜひ観に行ってください」
剛山「金ならいくらでも出す! わしの名を……京都の歴史に刻め!!」
蓮人「……毎度あり」
蓮人、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべる。
〇3日後、別の豪商の屋敷・玄関
蓮人が、大黒屋の署名が入った契約書をヒラヒラと見せている。
蓮人「あの大黒屋様が、『京都の英雄』になると出資されました」
蓮人「おや? あなたは参加されなくてよろしいのですか?」
蓮人「このままだと、後世に残る名前は……大黒屋さんだけになりますが?」
ライバルの豪商「な、なんじゃと!?あのタヌキ爺だけ目立たせてたまるか!」
豪商「わしも出す!倍出すぞ!わしの石碑をもっと大きくしろ!」
〇翌日、また別の屋敷(ダイジェスト)
蓮人「今なら『英雄枠』、残りわずかです」
成金「出そう!言い値でいい!大黒屋に負けるわけにはいかん!」
次々と契約書に判が押されていく。
成金たちのプライドと競争心を利用した、見事なドミノ倒し。
〇京都市中・帰り道・夕方
蓮人の手には、分厚い札束が入った封筒。
ずっしりと重い。
蓮人「へっ。チョロいもんだぜ」
蓮人「これで1万本の苗木も肥料も、買い放題だ」
蓮人、封筒をポンと投げてキャッチする。
琴乃は、少し呆れたように、でも誇らしげに蓮人を見る。
琴乃「すごいね、蓮人くん。……本当に『口八丁』だけでお城が建ちそう」
蓮人「褒め言葉として受け取っておくよ」
蓮人、琴乃の頭をガシガシと撫でる。
蓮人「ナイスだ、琴乃。お前の『観察眼』がなきゃ、門前払いだった」
琴乃「えへへ……。役に立ててよかった」
二人は顔を見合わせ、共犯者の笑みを浮かべる。
蓮人「よし。金は確保した」
蓮人が遠くを見つめる。
蓮人「行くぞ、琴乃。……次の課題は技術・職人だ」
ナレーション『第1の壁・資金。――突破』

