明治京都桜花心中 ~閻魔王宮現世救済官~

〇平安院学舎・教室・昼休み 活気に満ちた教室。
中心にいるのは、西園寺響一郎と鹿鳴館アリス。
西園寺「琵琶湖疏水の測量が終わった。政府からの追加予算も降りる」
取り巻きA「さすが西園寺様! 仕事が早い!」
アリス「私もよ。フランスから鉄道技師を三人招いたわ。来月には測量開始よ」
取り巻きB「アリス様の電気鉄道計画も順調ですね! 京都が変わりますわ!」

その喧騒から離れた、教室の隅。 蓮人は机に突っ伏し、魂が抜けたようになっている。
琴乃「……蓮人くん」
蓮人「……あ?」
気の抜けた、掠れた返事。
琴乃「あ、あのね……お弁当、作ったの。一緒に……」
蓮人「いらねえ。……食欲ない」
蓮人は顔を上げようともしない。
しょんぼりした様子の蓮人。

〇通学路(鴨川沿い)
夕方 夕日が水面を染める。
二人並んで帰るが、会話はない。重苦しい沈黙。
蓮人「…………」
俯いて歩く蓮人。
琴乃は、その頼りない背中を見つめながら、ある記憶を蘇らせる。

〇回想・平安院学舎・校庭 明治12年(1879年)13歳
4年前、中等部の体操の時間。
琴乃(13歳)がハードルに躓き、派手に転ぶ。
琴乃「ったぁ……っ!」
膝を擦りむき、血が滲んでいる。
周りの男子生徒たち「うわ、ドジだなー」「九条、運動オンチすぎ」

蓮人(13歳)が眉をひそめ、すぐに駆け寄ってくる。
蓮人「……おい、立てるか?」
蓮人は琴乃の前に背中を向け、しゃがみ込む。
背中を見つめる琴乃
蓮人「乗れよ。保健室行くぞ」
琴乃「えっ……でも、みんな見てるし……」
蓮人「いいから乗れ」
琴乃、おずおずと蓮人の背中におぶさる。
歩き出す蓮人。
琴乃「……ごめんね。私、重いでしょ? 下ろしてよ」
蓮人「じっとしてろ」
琴乃「だって、重いもの……」
蓮人、少し歩を緩め、背中の彼女を持ち上げ直す。
蓮人「……重いな。でも心地よい重さだ」
琴乃が縮こまろうとした、その時。
蓮人「この重さが『俺の人生』でずっと背負えるなら、悪くない」
琴乃「え……?」
蓮人の耳が少し赤い。
琴乃は、その背中に顔を埋める。
琴乃心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。

〇同・保健室
保健室の先生は不在。二人きり。
ベッドの縁に座る琴乃。
蓮人が膝をつき、消毒液を含ませた脱脂綿を持っている。
蓮人「……沁みるぞ。動くなよ」
琴乃M(意外に、手つきが優しい。…私を『壊れ物』みたいに丁寧に扱ってくれる)
琴乃「っ……!」
消毒液が傷口に触れ、痛そうな表情の琴乃。
蓮人は手を止め、琴乃を見上げる。
蓮人「痛えか? ……我慢しろ、すぐ終わる」
蓮人は自分の制服の袖をまくり、腕を琴乃の口元に差し出す。
蓮人「痛ければ、俺の腕を噛め」
琴乃「え?」
蓮人「俺の腕ならいくら傷ついてもいい」
蓮人「……お前の痛みは、俺が引き受けるよ」
真剣な眼差し。
琴乃は噛む代わりに、その腕にそっと額を押し当てる。
琴乃M(私を、何よりも大事に扱ってくれる)
琴乃M(この人のためなら…私、どんな痛みだって耐えられる)

〇鴨川の河川敷・夕方(現在) 回想から戻る。
目の前には、自信を失い、ボロボロになった蓮人がいる。
無言で歩く二人。
琴乃M(……やっぱり、嫌だ)
琴乃M(こんな蓮人くん、見たくない。……あの頃の、元気な彼に戻ってほしい)
琴乃M(蓮人くんが苦しんでる。……今度は私が、彼の痛みを引き受ける番だ)
琴乃、立ち止まる。
琴乃「……蓮人くん」
蓮人、のろのろと振り返る。
琴乃「話があるの。……大事な話」
蓮人「なんだよ、改まって」
琴乃は左手を胸に当て、深呼吸する。
自分の手が震えているのが分かる。
琴乃「嫌われるかもしれないけど……勇気を出して言うね」
琴乃「私……『変な特殊能力』があるの」
蓮人「……は?」
蓮人の目が少し開く。
琴乃「隠しててごめんなさい。誰にも言えなかったんだけど」
琴乃「……私、触れた生き物を『老化』させちゃうみたいなの」
蓮人「老化……?」
琴乃「前に、ここで魚を捕ろうとした時…触った瞬間に死んじゃって…。何度試しても同じだった」
蓮人「……おい、まさか。やっぱりあの時の猫も……」
琴乃「うん。……信じられないよね」
琴乃「何も役立てられないかもしれないけど。蓮人くんなら何か、思いつくかもしれない」
琴乃「見てて」
琴乃は河原に降り、浅瀬に手を入れる。 一匹のカエルが泳いでいる。
琴乃「ごめんね……」
琴乃が素早く手を伸ばし、カエルの背に柔らかく触れる。 その瞬間。
ジュワッ……。
水中で小さな泡が立つ。
ピチピチと跳ねていたカエルが、一瞬で色を失い、
干からびた枯れ葉のようになって水面に浮く。 完全に、老衰して死んでいる。
蓮人「う、わぁ……!!」
蓮人、思わず後ずさり、尻餅をつく。
蓮人「死んだ……!?一瞬で!?」
琴乃、悲しげに濡れた手を見つめる。
琴乃「……ごめんなさい。気持ち悪いよね……」
琴乃「私、呪われてるの…」
蓮人、荒い息を吐きながら立ち上がる。
その目は恐怖で見開かれている。
蓮人「……おい、琴乃」
琴乃「……はい」
蓮人「怖いよ。その左手で、絶対に俺を触るなよ」
琴乃「……っ!う、うん……」
琴乃M(やっぱり、嫌われちゃった……)
蓮人「信じらんねえ……。殺傷能力抜群じゃねえか」
蓮人、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
蓮人「これは……最強の『武器』になるかもしれねえ」
琴乃「え……?」
蓮人「脅しか、暗殺か……使いようによっちゃあ、あいつらを出し抜ける!」
蓮人の悪い顔。しかし、すぐにその表情が曇る。
蓮人「……いや、待てよ」
蓮人、頭を抱える。
蓮人「今回の試験は『京都の復興』だぞ?」
蓮人「『殺す』能力で、どうやって街を救うんだよ!?」
蓮人「カエル殺しても、人殺しても……復興にはなんねえだろ!」
琴乃「あ……やっぱり使えないよね」
琴乃「この能力は「破壊」の力。 街を豊かにしたり、人を幸せにすることはできないね」
蓮人「くそっ……!やっぱり俺らは詰んでるのか!?」
蓮人「金も人脈もない俺たちが、持ってるのは『死神の手』だけ……」
蓮人「どうしろってんだよ……!」

夕闇が濃くなる河原。
その時。
頭上(三条大橋の上)から、冷ややかな声が降ってくる。

西園寺「――そこで何をしている、天宮」
蓮人と琴乃、ハッとして見上げる。
橋の欄干に、西園寺響一郎と鹿鳴館アリスが並んで立っている。
夕日を背にし、二人を完全に見下ろす構図。
蓮人「西園寺……!」
西園寺「泥遊びか? 相変わらず暇そうだな」
西園寺「僕は今日、琵琶湖疏水周辺の用地買収を8割方完了させた。予定より12時間早い進捗だ
西園寺「来週には着工だ。……君が泥をこねている間に、地図が書き換わるぞ」
アリス「あら、西園寺様。いけませんわ」
アリスが扇子を広げ、クスクスと笑う。
アリス「彼らには彼らなりの『おままごと』があるんですもの」
アリス「私も、フランスからの技師団との契約を済ませましたわ。電気鉄道の路線地も確保済みよ」
アリス「……ねえ、天宮。そろそろ『身の程』を悟ったら?」
西園寺「……行くぞ、アリス。時間の無駄だ」
アリス「ええ。ごきげんよう、ゴミあさりのお二人さん」
アリス「あなたたちが子供のお遊戯をしている間、私たちはフューチャー(未来)へ進んでいるわ」
二人は興味なさそうに背を向け、橋を渡って去っていく。

〇同・河川敷(直後)
橋の下に残された蓮人と琴乃。
蓮人「……くそっ」
蓮人、足元の石を力任せに川へ蹴り込む。
蓮人「なんなんだよ……!」
蓮人「あいつらは金と権力で『地図』を変えるってのに……俺たちはカエル一匹殺して終わりかよ!」
蓮人「こんな能力……どう使えばいいんだよ」
蓮人の悲痛な叫び。
琴乃は泣いていなかった。
俯いてはいるが、その拳は震えるほど強く握りしめられている。
琴乃M(……ムカつく)
琴乃M(蓮人くんを見下ろしていいのは、神様だけよ)
琴乃M(あんな成金女に、蓮人くんのカッコよさの何が分かるの?)
琴乃は、自分の左手を呪うように、胸元で強く握りしめる。
琴乃、バッと顔を上げる。
その瞳には、涙ではなく、暗い炎が宿っている。
琴乃「……蓮人くん」
蓮人「え?」
琴乃「あんな奴らの言葉、一秒で忘れて」
琴乃「蓮人くんの耳が汚れるわ」
蓮人「お、おう……?(なんか今日、迫力が……)」
琴乃「見返してやろうよ」
琴乃「あいつらが泣いて土下座して、『天宮様、参りました』って言うまで……私、絶対に許さないから」
蓮人、琴乃の剣幕に押され、逆に少し冷静になる。
蓮人「……ああ。そうだな」
蓮人「やってやるよ。……見てろよ、クソエリートども」
太陽が完全に沈む。 しかし、二人の目には、逆襲の光が灯っていた。