〇平安院学舎・教室・放課後 夕暮れの教室。
生徒たちは帰り、蓮人と琴乃の二人だけが残っている。
黒板には「復興案」と書かれ、その下に「×」印がついた書き損じの紙が散乱している。
蓮人「……だめだ。何も思いつかねえ」
蓮人、頭を抱えて机に突っ伏す。
蓮人「観光、清掃、祭り……どれも金と人手が足りない。俺たち二人じゃ限界がある」
蓮人M(くそっ……!大見得切ったくせに、俺は結局口だけかよ……!)
琴乃「……蓮人くん」
琴乃がおずおずと、一枚の紙(あるいは布切れ)を差し出す。
琴乃「あのね……これ、どうかな」
蓮人「ん?」
琴乃「『西陣織』の復興……」
琴乃「京都の着物は世界一綺麗だよ。でも最近はみんな洋服ばかりで、織元さんも困ってるって聞いたの」
琴乃「だから……その良さを、もう一度みんなに思い出してもらえれば……」
蓮人、ハッと顔を上げる。
琴乃の提案書を見る。拙い字だが、着物の絵が丁寧に描かれている。
蓮人「どういうことだ?もっと詳しく」
琴乃「京都と言えば西陣織が有名でしょ。代表的な産業でもある西陣降から復興させるのよ」
蓮人「そうか。帝が東京に移り、続いて公家たちも京から出て行った」
琴乃「そう。近代化という言葉で、手間のかかる伝統的な産業は衰退していってるの」
蓮人「……これだ!」
琴乃「私たちで西陣を助けられないかな」
蓮人「その通りだ…とにかく行動しよう」
琴乃「まずはやってから。色々悩みましょう」
蓮人「西陣織の着物なら、九条家にも少しは残ってるだろ?天宮家にも母上のがあるはずだ」
蓮人「さすがだ琴乃!『伝統の美』なら、金がなくても俺たちの身体一つで伝えられる!」
蓮人「お前がモデルになれ。俺が客引き(弁士)をやる。」
琴乃「え、私がモデル……? む、無理だよぉ……」
蓮人「大丈夫だ。お前は磨けば光る。俺が保証する」
琴乃は顔を赤くして小さく頷く。

〇京都市中・大通り・昼(三日後) 人通りの多い目抜き通り。
蓮人が蜜柑箱の上に立ち、張り扇を叩いて声を張り上げている。
蓮人「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
蓮人「文明開化もいいけれど、忘れてませんか『日本の心』!」
蓮人「千年続いた京の都、その粋(いき)を集めた西陣織のショータイムだ!」
蓮人の堂々とした演技と通る声に、道行く人々が足を止める。
「なんだなんだ?」「見世物か?」
蓮人「ご覧あれ! これぞ大和撫子、京の華!」
蓮人が手を差し伸べる。 街角から、琴乃がおずおずと現れる。
九条家と天宮家に残っていた、古いが質の良い振袖を着ている。
髪も結い上げ、恥ずかしそうに俯いているが、その姿は美しい。
蓮人「どうです、この艶やかさ! 洋服にはない、この繊細な柄!」
蓮人「今こそ着物を着て、京都の街を歩きましょう!西陣で着物を買いましょう」
市民A「おお……」
市民B「確かに、ええ着物やな」
市民C「あの娘、よう似合ってるわ」
蓮人、手応えを感じてニヤリとする。
(いける……! このまま雰囲気を盛り上げれば……!)
その時。 カッポ、カッポ、と軽快な馬の蹄(ひづめ)の音。
御者の声「道を開けろ!鹿鳴館様のお通りだ!」
群衆が割れる。 現れたのは、白馬に引かれた豪華な馬車。
その窓から、鹿鳴館アリスが顔を出す。
アリス「あら? 何やら古臭い匂いがすると思ったら……」
馬車が止まり、扉が開く。 アリスが優雅に降り立つ。
最新流行の、腰を大きく膨らませたバッスル・ドレス。
鮮やかなロイヤルブルーの生地に、レースと宝石が散りばめられている。
日傘を差す仕草一つとっても、洗練された「文明」のオーラが漂う。
市民たち「うわぁ……!」「すげえ、本物のドレスや」「キラキラしとる……」
一瞬で、群衆の目がアリスに向く。
アリス「ごきげんよう、皆様」
アリス、蓮人と琴乃の方をチラリと見て、扇子で口元を隠す。
アリス「まあ。……学芸会かしら?」
市民たちから笑いが漏れる。
アリス「西陣織? ふふ、素敵ね。……『博物館』に飾るには」
アリス「でも、これからは『機能美』の時代よ。動きやすくて、世界に通用する洋装こそが、シビライゼーション(文明)の証」
アリスがくるりとターンしてみせる。ドレスの裾がふわりと舞う。
市民A「……ま、確かにそうやな」
市民B「着物は窮屈やし、洗濯も大変やしな」
市民C「やっぱこれからは洋服やわ。あんなボロい着物、時代遅れやな」
人々が、「さげすんだ目で琴乃を見る。
琴乃「…………」
琴乃、顔面蒼白になり、着物の袖をギュッと握りしめる。
去っていく人々。
蓮人「お、おい待てよ!まだ話は……!」
アリス「無駄よ、天宮」
アリス「聴衆はね、『過去』より『未来』が好きなの。…あなたたちみたいな『過去の遺物』に、復興なんて無理よ」
琴乃「そんなことありません!」
アリス「完全に子供のお遊戯会ね。京都の復興につながるとは思えないわ」
アリスは冷ややかな笑顔を残し、再び馬車に乗り込む。
馬車が走り去った後には、砂埃と、蓮人と琴乃だけが残された。

〇同・路上(直後) 誰もいなくなった通り。
蓮人と琴乃だけが立ち尽くしている。
蓮人「くそっ……! くそっ……!」
蓮人、悔しさに蜜柑箱を蹴り飛ばす。
蓮人「なんでだ……!俺の口上も、琴乃の着物も、あいつのドレス一着に勝てないのかよ……!」
琴乃「……ごめんね、蓮人くん」
琴乃の声が震えている。
琴乃「私が……私が、地味だから……。着物が、ボロボロだったから……」
蓮人「違う! お前は悪くない! 悪いのは……」
言いかけて、蓮人は言葉を失う。
蓮人M(悪いのは、「金」と「流行」になびく世の中なのか。 それとも、それを持たない自分たちの無力さなのか)
ポツリ。 雨粒が、蓮人の頬に落ちる。
蓮人「……雨か」
ポツリ、ポツリと雨足が強まり、あっという間に土砂降りになる。
琴乃の着物が濡れ、化粧が滲んでいく。

〇京都市中・路地裏・昼(数日後)
前回の失敗から数日が経過。 蓮人と琴乃、重い足取りで町を散歩をしている。
蓮人「……はぁ。着物作戦は駄目だった。でも諦めるわけにはいかない」
琴乃「次は何をすればいいんだろう」
二人の視線の先で、ボロボロの服を着た子供たちが、石ころ遊びをしている。
学校にも行けず、ただ時間を潰している様子。
琴乃「……あの子たち、学校には行かないのかな」
蓮人「行けるわけないだろ。学費が払えないんだ」
琴乃、ハッとして足を止める。
琴乃「それなら……私たちが教えればいいんじゃない?」
蓮人「え?」
琴乃「京都を復興させるには、やっぱり『人』を育てなきゃ。教育が必要だよ」
琴乃「私たちは幸運にも、平安院学舎で質の高い教育を受けさせてもらってる」
琴乃「その学んだことを、私たちが子供たちに還元していくの。……未来への種まきとして」
蓮人「……なるほど。『青空寺子屋』ってわけか」
蓮人「よし、それなら元手もかからない!俺の演技力なら、退屈な授業も面白くできるはずだ!」
二人の目に、再び希望の光が宿る。

〇神社の境内・昼 少し開けた境内。
蓮人が地面に木の枝で文字を書き、即席の黒板にしている。
その周りに、十人ほどの子供たちが集まっている。 琴乃は端でニコニコと見守っている。
蓮人「――というわけで、この字は『夢』と読む!」
蓮人「いいかお前ら!これを書けるようになれば、かっこいい大人になれるぞー!」
子供A「すげー!おいらも書きたい!」
子供B「先生、次は? 次の字教えて!」
蓮人の授業に、子供たちは目を輝かせている。

蓮人「いける……!子供たちの目が生き生きしてるな。琴乃」
琴乃「これこそが、本当の復興の第一歩ね!閻魔大王さんも認めてくれるはずよ」
琴乃も嬉しそうに頷く。

その時。
男の声「おい!! 何遊んでやがる!!」
ドカドカと、薄汚れた野良着を着た大人たち(子供たちの親)が数名、境内に乱入してくる。
子供A「あ、父ちゃん……」
父親「お前ら、こんなとこで油売ってる暇があったら、屑拾いでもしてこい!」
父親が、蓮人が地面に書いた『夢』の文字を、泥足で乱暴に踏み消す。
蓮人「あ……!」
蓮人「ちょっと待ってください! 俺たちはただ、読み書きを……」
父親「ああん? 読み書きだぁ?」
父親は蓮人の胸ぐらを掴み上げる。 酒と汗の臭いが鼻をつく。
父親「字なんか覚えて、腹が膨れるのかよ!」
蓮人「……っ」
父親「俺たちが欲しいのは『教養』じゃねえ!『明日の米』なんだよ!」
母親「そうよ! あんたたちみたいな暇な学生ごっこに、うちの子を巻き込まないで!」
親たちの怒号。
子供A「父ちゃん、やめてよぉ……先生は悪くないよぉ……」
父親「うるせえ! 行くぞ!」
父親は子供の手を引っ張り、引きずっていく。
子供たちは泣きながら連れ戻されていく。
子供たち「先生ぇー!」「うわぁぁぁん!」

〇同・神社の境内(直後) 。
地面には、踏み荒らされた『夢』の文字の残骸だけがある。
蓮人と琴乃、呆然と立ち尽くしている。
蓮人「……そんな」
蓮人「字を覚えることすら……贅沢だって言うのか……」
琴乃「…………」
琴乃、しゃがみこみ、消された文字を指でなぞる。 指先が泥で汚れるが、気にする様子もない。
琴乃「……悲しいね、蓮人くん」
琴乃「みんな、生きるのに必死すぎて……『未来』なんて見る余裕がないんだ」
ポツリ。 また、空から雨粒が落ちてくる。 冷たく、重い雨。

〇神社の軒下・夕方(雨) 激しい雨音。 蓮人は膝を抱えて座り込む。
蓮人「……だめだ。綺麗事じゃ、何も救えねえ」
蓮人「歴史も、伝統も、教育も……」
蓮人「今の京都には『無駄なもの』でしかないんだ」
蓮人の目から、光が消える。 かつての「諦めていた頃」の目に戻りつつある。
蓮人「……俺たちじゃ、無理だったんだ」
琴乃「…………」
琴乃、蓮人の手を、そっと自分の両手で包み込む。
琴乃「……ううん、まだあるよ」
琴乃M(蓮人くん……私には、まだ『最後の手段』があるかもしれない)
琴乃M(希望は薄いけど・・・)