〇閻魔王宮。玉座の間
玉座から見下ろす閻魔
血のように赤く、宝石のように硬質な瞳。
この世の者とは思えない、凍てつくような美貌の青年

閻魔「よく来た。諸君。わたしが閻魔大王だ」
アリス「……Oh my god...」
アリス「なんて……『ビューティフル』……」

閻魔「貴様らを呼んだ理由は1つ。……私の仕事を減らすためだ」
西園寺「仕事を……減らす?」
閻魔「人間どもが愚かなせいで、地獄は定員オーバーだ。明治になってからの死人の増え方は異常だ」
閻魔「そこで、貴様ら『現世救済官』の出番だ」
白川「ちょっと待ってください。そもそも現世救済官って何ですか?」
烏丸「そうです。まずはそこからです」
閻魔 「……やれやれ。歴史を知らぬというのは罪だな」
閻魔、持っていた筆をパタリと置く。 その瞳が、千年前の記憶を懐かしむように細められる。
閻魔 「始まりは約1000年前――平安の世。初代現世救済官・小野篁(おののたかむら)との契約だ」
白川「1000年も前から???あの迷信どおりね」
閻魔 「いいか?私は長い時を見てきた。……時の権力者だけに任せていても、世の中は決して良くならん」
西園寺、ピクリと眉を動かす。
閻魔 「奴らは己の欲やメンツのために争い、民を飢えさせ、私の仕事を増やすばかりだ。
   ……今の明治政府とやらも同じだろう?」
烏丸「確かに貧富の差はひどいです」
閻魔 「だが、冥界の主である私が、ノコノコと現世(そっち)へ出向くわけにもいかん」
閻魔、扇子(笏)でビシッと生徒たちを指す。
閻魔 「そこで、小野篁が必要になったってわけだ」
閻魔 「やつは、私の部下が、現世で勝手に選んで、強引に連れてきた。しかしやつは承諾してくれた」
閻魔 「奴は生きたままこの井戸を行き来し、私の『手足』となって現世の乱れを鎮めた。それが初代・現世救済官だ」
閻魔 「それ以来、私は有能な人間を選び、現世の掃除を『委託』してきた」

紫門が酒を飲みながら補足する。
紫門「特に今の京都は酷(ひど)え。……死人が増えるのも無理はねえよ」
閻魔「うむ。……明治維新とやらで、この国の形は変わった」
閻魔「だが、その代償として……京の都は『死に体』となった」
閻魔が指を弾くと、空中に京都の地図(幻影)が浮かび上がる。 その地図が、黒く塗りつぶされていく。
閻魔「帝(みかど)が東京へ移り、この地は首都としての機能を失った」
閻魔「それだけではない。帝を追って、公家や役人、御用商人までもがこぞって東京へ流出した」
紫門「金持ちがいなくなれば、当然、そいつらを相手に商売してた連中も食いっぱぐれる」
紫門「職を求めて、多くの人間がこの街を捨てた。……武士たちもな。幕府がなくなって、故郷へ帰っちまったよ」
閻魔「結果、どうなったか」
閻魔「わずか数年で、京の人口は約三分の一も減少した。34万いた人間が、今や23万だ」
生徒たち「……!」
烏丸「3分の1……。そこまで減っていたのか」
閻魔「人が減れば、街は荒れる。先の戦火や大火で焼けた野原も、そのまま放置されている」
閻魔「さらに『廃仏毀釈』などという愚行で、歴史ある寺院まで破壊された」
閻魔、冷ややかな目で生徒たちを見下ろす。
閻魔「今の京都は、抜け殻だ。……誇りも、金も、人も失った廃墟だ」
閻魔「このままでは、遠からずこの街は消滅するだろう。…物理的にな」
重苦しい沈黙。 蓮人は拳を握りしめる。
その「廃墟」で必死に生きている自分たちの姿が重なる。
蓮人「……だから、復興させろってことか」
閻魔「そうだ。私の代わりに現世を少しでも良くして、生きやすい世を作る。そうしてここへ来る『客(死者)』を減らす」

恐る恐る手を挙げる琴乃。
琴乃「質問です。小野篁様は普通の人間ですよね。そんな大きな事ができたのですか?」
閻魔 「冥界全土を挙げて、現世救済官が活躍できるよう支えてきたからな」
閻魔 「世の中を良くして、死者を減らす。……これが仕事だ」
閻魔 「さあ、名誉に思え。貴様らは、その40人目の代行者リストに載ったのだ」
アリス「現世救済官の仕事は、何をするのですか?」
閻魔「現世で人々の苦しみを取り除き、寿命を延ばし、正しい天寿を全うさせる。…それが貴様らの任務だ」
閻魔、立ち上がり、扇子(笏)を生徒たちに向ける。
閻魔「率直に言う!生きやすい世をつくれ!」
一同、唖然とする。
西園寺「何ですか?それ?あまりにも漠然としている!」
白川「そんなこと私たち学生にできるの?」
紫門「我々はできそうな奴だけを、ここに連れてきている」
蓮人「その現世救済官になるためには?」
紫門「言っただろう。登用試験がある」
閻魔「課題を与える。衰退した京都を復興させよ」
閻魔「期間は1年。最も成果を上げた者1名だけを、次期現世救済官に任命する」

蓮人「……報酬は」
蓮人が震える声で尋ねる。 閻魔がニヤリと笑う。
閻魔「……良い質問だ」
閻魔「救済官に選ばれた一族には、私が『特別な加護』を与える」
閻魔「それは金ではない。地位でもない。だが……未来永劫、その一族が滅びることはない」
蓮人(……!)
西園寺M(永遠の繁栄……だと?)
閻魔「詳細は秘密だ。だが、絶対に損はさせん」
烏丸「衰退した京都を復興させよって、話が大きすぎて見えてきません」
閻魔「それぞれが何をするか?考えろ。そこも含めての登用試験だ」
紫門「は~い!ここで質問終わり。おりこうな名門校の学生なんだ。てめえで考えろ」
閻魔「私が求めているのは『変革』だ。これ以上、私の閻魔帳を『無駄死に』した愚か者の名前で汚させないプランを持ってこい」
閻魔「やるか、やらぬか。1週間以内に決めて、紫門に申し出ろ」
紫門「早く決断して、早く始めたほうが有利だぞ~~~」

一瞬の静寂。 誰よりも早く、蓮人が一歩前に出る。
蓮人「はい!はい!やります!!」
元気よく手を挙げる蓮人。驚く琴乃
蓮人「俺が……俺たちがやります!」
西園寺「…俺…『たち』?」
蓮人、琴乃の手を掴み、高々と挙げる。
蓮人「俺は、こいつ……九条琴乃と2人で、コンビで試験に挑みます!」
琴乃「えっ……!?」
蓮人「いいよな?大王様!」
閻魔、蓮人と琴乃をじっと見下ろす。
一瞬、琴乃を見て目を細めるが、すぐに興味深そうに笑う。
閻魔「……よかろう。凡人がどこまで足掻けるか、見ものだな」
紫門「……へえ。金もねえ、力もねえ。あるのはその減らず口だけか。……クク、嫌いじゃないねえ。そういう馬鹿が一番、この仕事に向いてるんだよ」
西園寺「フン。……僕も参加する。公爵家の責務(ノブレス・オブリージュ)としてな」
アリス「私もよ。こんな血筋だけの貧乏人(蓮人)に京都を任せられないわ」
烏丸「俺もだ!」
白川「まだよくわかってないけど。私もやるわ!」
全員が参加を表明する。
西園寺「ただし、天宮。……勘違いするなよ」
西園寺「君は俺と同じ土俵にすら立ててない。ただの『賑やかし』だ」
アリス「そうね。せいぜい、私たちの引き立て役になりなさい」
烏丸「君らごときの没落氏族に何ができる???」
白川「実質は4名だけの勝負ね」
エリートたちの嘲笑。 蓮人は唇を噛み締め、何も言い返さない。
紫門「おー決まりだな。全員参加だぜ」