〇六道珍皇寺・閻魔王宮・玉座の間(4月1日)
閻魔「さあ、選べ。どうする?天宮蓮人」
蓮人「どうするも何もない。初めから決まっていたんだ」
蓮人「家も、金も、力も……何もいらない!」
蓮人の決断が、広間に響く。
蓮人「琴乃を……あいつを助けてください!!」

静まり返る広間。
閻魔は、土下座する蓮人をじっと見下ろしている。
そして、口元をニヤリと歪めた。

閻魔「……ククッ。ハハハハハ!」
高笑い。蓮人が呆然と見上げる。
閻魔「やはり、歴史は繰り返すか」
閻魔「私はずっと待っていたのだ。九条隆仁と同じように……
  『自分の利益(家)』よりも『他人の未来(愛)』を選べる人間が現れるのをな」
閻魔は、蓮人の目の前に浮かんでいた「報酬の光」を握り潰す。
パリンッ。
光が弾け飛ぶ。
閻魔「契約成立だ、天宮蓮人」
閻魔「貴様の願い通り、その『報酬(特殊能力)』は破棄する」
閻魔「さらに…九条琴乃の体にある『能力(呪い)』を、私が没収する」
蓮人「え……?」
閻魔「能力が消えれば、ある程度、生命力の減退も止まる。…そして」
閻魔が懐から、一株の光り輝く薬草を取り出す。
蓮人M(これが、かつて、隆仁が妻を救うために作り出し、そして妻に使えなかった幻の薬草か)
閻魔「『奇跡の薬草』だ。これを九条琴乃に飲ませろ」
閻魔「彼女の失われた時間を埋め合わせる、すぐに生命力が元に戻るだろう」
蓮人、震える手で薬草を受け取る。
蓮人「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
紫門「へっ。……粋な真似しやがって」
閻魔「天宮蓮人。おまえこそ、40代目の現世救済官にふさわしい」
紫門が嬉しそうに煙を吐く。
西園寺とアリスも、ホッとしたように肩の力を抜く。

〇病院・個室・その日の夜
蓮人が薬草を煎じ、琴乃の唇に含ませる。
淡い光が、琴乃の体を包み込む。 白くなっていた髪の色が、徐々に艶やかな黒へと戻っていく。

蓮人「……頼む。戻ってきてくれ……」
蓮人は、温かさが戻り始めた琴乃の手を握りしめ、祈り続ける。
蓮人M(……閻魔大王、あんたには感謝するよ)
蓮人M(こいつの命は絶対に救う……こいつの痛みも、未来も、全部俺が引き受ける)
蓮人M(琴乃は、俺だけのものだ)
琴乃のしわしわだった肌つやが少しずつ戻っていく

〇琵琶湖疏水・散歩道・翌日の昼(4月2日) 翌日。快晴。
満開の桜並木の下を、二人が歩いている。
琴乃は奇跡のように回復し、その足取りは軽い。

琴乃「すごい……!本当に全部、咲いてる」
琴乃「夢みたい……」
蓮人「夢じゃねえよ。お前が命がけで咲かせたんだ」
蓮人は立ち止まり、琴乃に向き直る。
蓮人「琴乃。……話さなきゃいけないことがある」
蓮人は、閻魔から聞いた「過去の真実」を語り始める。
琴乃の曾祖父・隆仁の苦渋の決断。 彼が妻よりも妊婦を選んだこと。
そして、その妊婦こそが、蓮人の曾祖母であったこと。

琴乃「……そう、だったんだ」
琴乃の目から、涙が溢れる。 それは悲しみの涙ではない。
琴乃「私……ずっと、自分の家を恨んでた」
琴乃「曾祖父様は無能で、家を潰した愚かな人だって……一族の恥だって聞いていた」
琴乃「この能力も……私を苦しめる『呪い』だとしか思えなかった」
琴乃は、自分の両手を見つめる。
琴乃M(もう、あの不思議な力は感じない。ただの、温かい人間の手)
琴乃「でも、違ったんだね」
琴乃「おじい様は無能じゃなかった。……誰よりも優しくて、強かったんだ」
蓮人「ああ。誰よりも気高い人だ」
琴乃「私の能力は、呪いなんかじゃなくて……『愛と誇りの証』だったんだね」
琴乃が泣き笑いのような表情で、蓮人を見上げる。
琴乃「私の一族は、誇り高い選択をした」
琴乃「蓮人くんの命を繋ぐことができたなら…九条家の没落も、私の苦しみも、全部が無駄じゃなかった!」
蓮人「……ああ。俺は一生、お前と、お前のひいじいさんに、頭が上がらねえよ」
蓮人は優しく琴乃を抱き寄せる。
60年の時を超えて、二つの家の因縁が、愛へと昇華される。

〇平安院学舎・校長室・4月4日の夕方。
蓮人と琴乃、そして紫門、花山院、烏丸、白川が集まっている。

紫門「さて。……これで晴れて『現世救済官』ってわけだが」
紫門「お前ら、大丈夫か?『能力』はもうねえんだぞ?」

琴乃M(そうだ。蓮人くんは特殊能力を与えられず、
   私は能力を失った。 武器は何もない。ただの学生でしかない私たち)
烏丸「全くだ。凡人が二人で、これからの難題を解決できるとは思えんがな」
花山院「ふふ。烏丸くん、少しは期待してあげなさい」
蓮人「……まあ、正直不安ですけど」
琴乃「でも、私たちには『これ』がありますから」
琴乃が蓮人の手をギュッと握る。
紫門「ケッ、アツアツだねえ。ま、二人の愛で乗り越えるってか?」

その時。 背後から、聞き覚えのある足音が近づいてくる。
校長室のドアが開く

「ノン、ノン。愛だけで飯は食えませんわ」
「……30秒。そこで油を売っている時間は無駄だぞ、天宮」
振り返ると、そこには西園寺響一郎と鹿鳴館アリスが立っている。
琴乃M(うわ。どっちも相変わらず高慢な態度ね、でも少し穏やかな目になったかな)

蓮人「西園寺……アリス……」
蓮人「お前ら、まだ俺たちに何か文句が……」
西園寺「文句?違うな。……『投資』だ」
西園寺が、懐から一枚の書類(事業計画書)を取り出し、蓮人に突きつける。

西園寺「計算し直した。疎水事業も続けていくが、この『桜』もだ。これを観光資源にした方が、向こう100年の利益率は高い」
西園寺「天宮、君のプランに僕の財閥が投資してやる。…感謝しろ」

アリス「私もよ。……悔しいけれど、認めてあげるわ」
アリスが扇子で桜並木を指す。
アリス「その桜……パリの薔薇よりも、少しだけ綺麗よ」
アリス「私のホテルや路面電車から見える『景色』に、採用してあげてもよろしくてよ」
蓮人「……は?」
琴乃「ええっ?」
西園寺とアリスは、顔を見合わせてフンと鼻を鳴らす。

西園寺「勘違いするな。君らのやり方に感動したわけではない」
アリス「そうよ。私たちの『美学』と『計算』において、あなたたちが必要だと判断しただけですわ」

蓮人と琴乃、呆気にとられた後、プッと吹き出す。
琴乃「……ははっ!相変わらずだね、あなたたち!」
蓮人「上等だ。……最強のスポンサーとして、こき使ってやるよ!」

四人が並び立つ姿を見て、花山院が満足げに微笑む。
花山院「……揃いましたね」
紫門「あん?」
花山院「『財力・人脈・権力』を持つ、西園寺くんと鹿鳴館さん」
花山院「そして、理屈を超えて『人から応援される魅力』を持つ、天宮くんと九条さん」
花山院は、ステッキを静かにつく。
花山院「剛と柔。……この四人が揃って初めて、『現世救済官』というシステムは完成するのかもしれませんな」
紫門「……へっ。違げえねえ」
紫門「最強の布陣だ。……こりゃあ、俺も安心して隠居生活に入れるな」

〇円山公園・夜(エピローグ) 夜の帳が下りる。
円山公園の中央。満開の「祇園しだれ桜」の下。

蓮人「よし。……準備はいいか?」
西園寺「いつでもいいぞ。電力供給、安定している」
アリス「アーク灯、スタンバイOKよ。……さあ、最高のショータイムを!」
蓮人の合図と共に、西園寺とアリスがスイッチを入れる。
カッ!!!!
夜桜のライトアップ。
強烈な光が、夜桜を照らし出す。 白く輝く桜が、闇夜に幻想的に浮かび上がる。
それは、かつて琴乃が命を削って咲かせ、蓮人が守り抜いた奇跡の桜。

集まった市民たちから、歓声が上がる。
「おお……!」「なんて綺麗なんや……!」「極楽浄土みたいやわ」

光の中で、蓮人と琴乃が手を繋いで立っている。
蓮人M(特殊能力はない。金もない。コネもない。権力もない。)
琴乃M(でも隣には信頼できる仲間(ライバル)と、愛する人がいる)
蓮人M(この桜たちをきっかけに、必ず再び京都に人を呼び寄せる)
琴乃M(蓮人君と二人なら、できる!)

琴乃「…満開の夜桜…綺麗だね、蓮人くん」
蓮人「ああ。…本当に綺麗だ。言葉もでないくらい」
蓮人は、光り輝く京都の街を見渡す。

琴乃「さあ、明日から仕事ね」
蓮人「そうだ!俺たちの『現世救済官』は、これから始まる!」

ナレーション
満開の桜と、文明の光。
二人の新しい未来が、今、明るく照らし出された。