〇円山公園・夜 6月。
梅雨入り前の湿った空気。
蓮人、琴乃、源蔵の三人が、公園の隅に立っている。
足元には、リヤカーいっぱいに積まれた桜の苗木と、土木道具。
源蔵「さあ、今日からたった三人で一万本の植樹の開始じゃ」
源蔵「おぬしら、気合を入れろよ。……途方もない数じゃぞ」
蓮人「……はい!」
琴乃「がんばります!」
源蔵の指導のもと、黙々と作業を始める三人。 蓮
人が穴を掘り、琴乃が苗木を運び、源蔵が植えて土を被せる。
蓮人が手を止め、公園の中央を見つめる。
そこには、巨大な「祇園しだれ桜」が、青々とした葉を茂らせて佇んでいる。
蓮人「この見事な一本。……素晴らしいよな」
琴乃「うん。春になると、この桜は本当に綺麗よね」
琴乃「この枝垂れ桜、私たちが小さい頃から、すでにあったよね」
蓮人「源蔵さん、この枝垂れ桜は、いつからここにあるんですか?」
源蔵「ふん。……この枝垂れ桜は、わしが生まれた頃にも、ここにあった」
源蔵「この木の『記憶(じかん)』に比べれば、わしらの人生など、ほんの一瞬よ」
源蔵は愛おしそうに、老木の幹を撫でる。
蓮人と琴乃は、改めてその偉大な巨木の存在感に圧倒される。
〇平安院学舎・教室・数日後の昼 。
夏の日差しが照りつける中、講義が行われている。
蓮人、机に突っ伏して完全に熟睡している。 涎(よだれ)が教科書を濡らしている。
鷹司徹(たかつかさとおる/16)が、呆れた顔で蓮人の肩を揺する。
鷹司は商家の跡取り息子で、蓮人とは入学以来の腐れ縁。
鷹司「おい天宮、起きろ。……次は漢文だぞ」
蓮人「……はっ!」
蓮人、飛び起きる。
蓮人「……すまん。昨日、ちと遅くてな」
鷹司「内職か?にしちゃあ、随分と野良仕事のような汚れ方だな」
鷹司、蓮人の学ランの袖口についた乾いた泥を指差す。
蓮人「……ああ。今日も早朝から、働いてきた」
鷹司「天宮、君は毎日、何をやってるんだ?」
蓮人、人差し指を口元にあてて
蓮人「…内緒だ…まあ、来年の春を楽しみにしていろ」
蓮人、ニヤリと笑い、また寝息を立て始める。
鷹司、ため息をつく。
〇同・校門前・夕方 放課後。
蓮人と琴乃が並んで校門を出る。
そのすぐ後を、鷹司と他の学友たち(計5名)が、こっそりと尾行している。
〇鴨川堤防・夕方 蓮人と琴乃が向かったのは鴨川の堤防。
源蔵が先に到着し、道具を並べている。
蓮人、学ランを脱ぎ捨て、肌着一枚になる。
その身体には、うっすらと筋肉がついている。
蓮人「よっしゃ!やるぞ!」
蓮人、勢いよく鍬(くわ)を振るう。
琴乃も、着物の上にモンペを履き、手ぬぐいを被って苗木を運ぶ。
泥だらけになりながら、一心不乱に作業を続ける二人。
蓮人「……ふぅ。あと、此処だけで50本か……」
蓮人が腰を伸ばし、手のひらの豆を気にした時だった。
鷹司「よう。天宮」
土手の上から声がかかる。
蓮人が振り返ると、学ラン姿の鷹司たちが立っている。
鷹司「此処でお前らが『徳川の埋蔵金』を掘ってるって噂、誠(まこと)だったんだな」
蓮人「おまえら……何故ここに」
鷹司「天宮、お前が講義中に寝言で『あと9000本……』などとうなされておれば、誰だって気にもなるさ」
鷹司が下駄の音を鳴らして土手を降りてくる。 他の4人も続く。
鷹司「で?本当に何をやっている?『人生の墓穴』を掘り始めたのかと思ったぞ」
鷹司、掘りかけの穴を覗き込む。
蓮人「……そんなものではない」
蓮人は鷹司を真っ直ぐに見据える。
蓮人「俺たちは、ただ京都市中を桜で埋め尽くしたいんだ」
琴乃「だから、桜の苗木を植えているの」
蓮人の真剣な眼差し。 鷹司は一瞬言葉を詰まらせる。
「馬鹿な」と笑い飛ばすつもりだった
蓮人の目の奥にある熱意に圧倒される。
鷹司「それはいいじゃないか……仕方がないのう」
鷹司、学生鞄を放り出す。
鷹司「見ろ、そのへっぴり腰。見ていて癇(かん)に障る」
蓮人「何?」
鷹司「手伝うと言っておるのだ。……報酬は、その埋蔵金が見つかったら山分けということでな」
鷹司、蓮人の手から鍬を奪い取る。
鷹司「見本を見せてやる。……おりゃ!」
鷹司、乱暴だが力強く土を掘り始める。
琴乃「え……?」
琴乃が驚いて目を丸くしていると、他の四人も照れくさそうに腕まくりをする。
学友A「名門 九条家の令嬢に力仕事をさせていたとあっては、我々、京の学生の名折れだからな」
学友B「仕方ない。僕も手伝うよ。…」
彼らはブツブツと言いながらも、楽しそうに作業に加わる。
蓮人と琴乃は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑む。
〇同・堤防・数日後の昼(ダイジェスト)
学生たちの作業を見つめる市中の大人たち
通行人の老人「またやっておるわ、あの書生さんたち」
商店主「あんな石だらけの場所に植えたとて、根腐れするだけじゃろうに……手伝ってやるか」
通りがかりの元庭師の老人や、商店主たちが動き出す。
元庭師「兄ちゃん、其処は水はけが悪い。もう少し盛り土をせんと」
蓮人「はい!ありがとうございます!」
商店主「店の裏に腐葉土が余っておるから、大八車(だいはちぐるま)で運んでやるわ!」
琴乃「まあ、嬉しい! 助かります!」
おかみさん「あんたら、握り飯を持ってきたぞ!食べて気張りなはれ!」
学友たち「やったー!」「腹減ったー!」
ナレーション
蓮人と琴乃の活動は、徐々に、だが確実に賛同者を増やしていった。
学友十二名、市民二十名。 かつて「空気」だった二人の周りに、確かな熱気が生まれ始めていた。
〇祇園・茶屋・夜 一見さんお断りの格式ある茶屋の奥座敷。
三味線の音が静かに響いている。
花山院雅房(校長)と六角紫門(39代目)の二人が、芸妓の舞を見ながら酒を酌み交わしている。
紫門「……聞いたか、花山院の旦那。あの阿呆な天宮と九条、他の学生や市民まで巻き込んで大騒ぎしておるらしいぞ」
紫門が、楽しそうに盃を干す。
紫門「石を投げられるどころか、握り飯まで差し入れられておるとはな。世も末だよ」
花山院「……ふふ」
花山院は冷ややかな表情を崩さないが、その瞳はどこか楽しげだった。
紫門「彼らの『無謀』が、一種の祭りとして認識されたのだろう」
花山院「悪くはない。……文明開化で騒がしいだけのこの街に必要なのは、理屈ではなく、こういう『熱気』だ」
紫門「この寂れゆく祇園の花街。 今の京都には、かつてのような「粋」や「余裕」がない。
金と効率ばかりを追い求める風潮の中で、芸妓や舞妓たちも肩身の狭い思いをしている」
花山院「天宮君たちが本当に桜を咲かせれば、この祇園にも少しは『彩り』が戻るかもしれん」
紫門「違いない!こりゃあ、救済官登用試験の結果が楽しみになってきたぜ」
花山院「それまで、私たちもこの祇園に通って、少しでもお金を落としましょう」
紫門「ああ。俺はこの舞妓や芸妓たちの文化は、絶対に京都に残すべきだと思っておる」
紫門がニヤリと笑う。
紫門「咲かせてもらおうか。彼らの命を懸けた、一世一代の桜を」
〇平安院学舎・校長室・昼 翌日。
蓮人、琴乃、西園寺、アリス、烏丸、白川の六名が、校長室に呼び出される。
校長の花山院が、静かに紅茶を飲んでいる。
紫門が隣で、徳利を片手に酒を飲んでいる。
烏丸「今日は、いったいどんな話が?」
西園寺「……忙しい。用件を言ってくれ」
アリス「私もよ。午後はフランス公使との会食があるの」
花山院「まあまあ、そう急かさないでくれたまえ」
花山院が微笑む。その背後の扉が開き、紫門が入ってくる。
紫門「よう、若人(わこうど)たち。元気か?」
紫門「登用試験対策は順調か?今日はおまえらへ連絡事項がある」
紫門の目が、楽しそうに光る。
梅雨入り前の湿った空気。
蓮人、琴乃、源蔵の三人が、公園の隅に立っている。
足元には、リヤカーいっぱいに積まれた桜の苗木と、土木道具。
源蔵「さあ、今日からたった三人で一万本の植樹の開始じゃ」
源蔵「おぬしら、気合を入れろよ。……途方もない数じゃぞ」
蓮人「……はい!」
琴乃「がんばります!」
源蔵の指導のもと、黙々と作業を始める三人。 蓮
人が穴を掘り、琴乃が苗木を運び、源蔵が植えて土を被せる。
蓮人が手を止め、公園の中央を見つめる。
そこには、巨大な「祇園しだれ桜」が、青々とした葉を茂らせて佇んでいる。
蓮人「この見事な一本。……素晴らしいよな」
琴乃「うん。春になると、この桜は本当に綺麗よね」
琴乃「この枝垂れ桜、私たちが小さい頃から、すでにあったよね」
蓮人「源蔵さん、この枝垂れ桜は、いつからここにあるんですか?」
源蔵「ふん。……この枝垂れ桜は、わしが生まれた頃にも、ここにあった」
源蔵「この木の『記憶(じかん)』に比べれば、わしらの人生など、ほんの一瞬よ」
源蔵は愛おしそうに、老木の幹を撫でる。
蓮人と琴乃は、改めてその偉大な巨木の存在感に圧倒される。
〇平安院学舎・教室・数日後の昼 。
夏の日差しが照りつける中、講義が行われている。
蓮人、机に突っ伏して完全に熟睡している。 涎(よだれ)が教科書を濡らしている。
鷹司徹(たかつかさとおる/16)が、呆れた顔で蓮人の肩を揺する。
鷹司は商家の跡取り息子で、蓮人とは入学以来の腐れ縁。
鷹司「おい天宮、起きろ。……次は漢文だぞ」
蓮人「……はっ!」
蓮人、飛び起きる。
蓮人「……すまん。昨日、ちと遅くてな」
鷹司「内職か?にしちゃあ、随分と野良仕事のような汚れ方だな」
鷹司、蓮人の学ランの袖口についた乾いた泥を指差す。
蓮人「……ああ。今日も早朝から、働いてきた」
鷹司「天宮、君は毎日、何をやってるんだ?」
蓮人、人差し指を口元にあてて
蓮人「…内緒だ…まあ、来年の春を楽しみにしていろ」
蓮人、ニヤリと笑い、また寝息を立て始める。
鷹司、ため息をつく。
〇同・校門前・夕方 放課後。
蓮人と琴乃が並んで校門を出る。
そのすぐ後を、鷹司と他の学友たち(計5名)が、こっそりと尾行している。
〇鴨川堤防・夕方 蓮人と琴乃が向かったのは鴨川の堤防。
源蔵が先に到着し、道具を並べている。
蓮人、学ランを脱ぎ捨て、肌着一枚になる。
その身体には、うっすらと筋肉がついている。
蓮人「よっしゃ!やるぞ!」
蓮人、勢いよく鍬(くわ)を振るう。
琴乃も、着物の上にモンペを履き、手ぬぐいを被って苗木を運ぶ。
泥だらけになりながら、一心不乱に作業を続ける二人。
蓮人「……ふぅ。あと、此処だけで50本か……」
蓮人が腰を伸ばし、手のひらの豆を気にした時だった。
鷹司「よう。天宮」
土手の上から声がかかる。
蓮人が振り返ると、学ラン姿の鷹司たちが立っている。
鷹司「此処でお前らが『徳川の埋蔵金』を掘ってるって噂、誠(まこと)だったんだな」
蓮人「おまえら……何故ここに」
鷹司「天宮、お前が講義中に寝言で『あと9000本……』などとうなされておれば、誰だって気にもなるさ」
鷹司が下駄の音を鳴らして土手を降りてくる。 他の4人も続く。
鷹司「で?本当に何をやっている?『人生の墓穴』を掘り始めたのかと思ったぞ」
鷹司、掘りかけの穴を覗き込む。
蓮人「……そんなものではない」
蓮人は鷹司を真っ直ぐに見据える。
蓮人「俺たちは、ただ京都市中を桜で埋め尽くしたいんだ」
琴乃「だから、桜の苗木を植えているの」
蓮人の真剣な眼差し。 鷹司は一瞬言葉を詰まらせる。
「馬鹿な」と笑い飛ばすつもりだった
蓮人の目の奥にある熱意に圧倒される。
鷹司「それはいいじゃないか……仕方がないのう」
鷹司、学生鞄を放り出す。
鷹司「見ろ、そのへっぴり腰。見ていて癇(かん)に障る」
蓮人「何?」
鷹司「手伝うと言っておるのだ。……報酬は、その埋蔵金が見つかったら山分けということでな」
鷹司、蓮人の手から鍬を奪い取る。
鷹司「見本を見せてやる。……おりゃ!」
鷹司、乱暴だが力強く土を掘り始める。
琴乃「え……?」
琴乃が驚いて目を丸くしていると、他の四人も照れくさそうに腕まくりをする。
学友A「名門 九条家の令嬢に力仕事をさせていたとあっては、我々、京の学生の名折れだからな」
学友B「仕方ない。僕も手伝うよ。…」
彼らはブツブツと言いながらも、楽しそうに作業に加わる。
蓮人と琴乃は顔を見合わせ、嬉しそうに微笑む。
〇同・堤防・数日後の昼(ダイジェスト)
学生たちの作業を見つめる市中の大人たち
通行人の老人「またやっておるわ、あの書生さんたち」
商店主「あんな石だらけの場所に植えたとて、根腐れするだけじゃろうに……手伝ってやるか」
通りがかりの元庭師の老人や、商店主たちが動き出す。
元庭師「兄ちゃん、其処は水はけが悪い。もう少し盛り土をせんと」
蓮人「はい!ありがとうございます!」
商店主「店の裏に腐葉土が余っておるから、大八車(だいはちぐるま)で運んでやるわ!」
琴乃「まあ、嬉しい! 助かります!」
おかみさん「あんたら、握り飯を持ってきたぞ!食べて気張りなはれ!」
学友たち「やったー!」「腹減ったー!」
ナレーション
蓮人と琴乃の活動は、徐々に、だが確実に賛同者を増やしていった。
学友十二名、市民二十名。 かつて「空気」だった二人の周りに、確かな熱気が生まれ始めていた。
〇祇園・茶屋・夜 一見さんお断りの格式ある茶屋の奥座敷。
三味線の音が静かに響いている。
花山院雅房(校長)と六角紫門(39代目)の二人が、芸妓の舞を見ながら酒を酌み交わしている。
紫門「……聞いたか、花山院の旦那。あの阿呆な天宮と九条、他の学生や市民まで巻き込んで大騒ぎしておるらしいぞ」
紫門が、楽しそうに盃を干す。
紫門「石を投げられるどころか、握り飯まで差し入れられておるとはな。世も末だよ」
花山院「……ふふ」
花山院は冷ややかな表情を崩さないが、その瞳はどこか楽しげだった。
紫門「彼らの『無謀』が、一種の祭りとして認識されたのだろう」
花山院「悪くはない。……文明開化で騒がしいだけのこの街に必要なのは、理屈ではなく、こういう『熱気』だ」
紫門「この寂れゆく祇園の花街。 今の京都には、かつてのような「粋」や「余裕」がない。
金と効率ばかりを追い求める風潮の中で、芸妓や舞妓たちも肩身の狭い思いをしている」
花山院「天宮君たちが本当に桜を咲かせれば、この祇園にも少しは『彩り』が戻るかもしれん」
紫門「違いない!こりゃあ、救済官登用試験の結果が楽しみになってきたぜ」
花山院「それまで、私たちもこの祇園に通って、少しでもお金を落としましょう」
紫門「ああ。俺はこの舞妓や芸妓たちの文化は、絶対に京都に残すべきだと思っておる」
紫門がニヤリと笑う。
紫門「咲かせてもらおうか。彼らの命を懸けた、一世一代の桜を」
〇平安院学舎・校長室・昼 翌日。
蓮人、琴乃、西園寺、アリス、烏丸、白川の六名が、校長室に呼び出される。
校長の花山院が、静かに紅茶を飲んでいる。
紫門が隣で、徳利を片手に酒を飲んでいる。
烏丸「今日は、いったいどんな話が?」
西園寺「……忙しい。用件を言ってくれ」
アリス「私もよ。午後はフランス公使との会食があるの」
花山院「まあまあ、そう急かさないでくれたまえ」
花山院が微笑む。その背後の扉が開き、紫門が入ってくる。
紫門「よう、若人(わこうど)たち。元気か?」
紫門「登用試験対策は順調か?今日はおまえらへ連絡事項がある」
紫門の目が、楽しそうに光る。

