〇平安院学舎・校長室・放課後   
重厚な扉をノックし、蓮人と琴乃が入ってくる。   
室内にはマホガニーの家具と、ほのかな紅茶の香り。   
花山院雅房(かざんいん まさふさ・62)が、執務机で書類に目を通している。

蓮人「し、失礼します……。お時間いただき、ありがとうございます」
琴乃 「し、失礼します……」
二人は直立不動。緊張でガチガチになっている。   
花山院、眼鏡を外してクスクスと笑う。

花山院「天宮くん、九条さん。……そんなに縮こまらなくていいんですよ」
花山院「まるで『呼び出しを食らった生徒』みたいですね。面会を申し入れたのは君たちの方でしょう?」
花山院、ティーカップに紅茶を注ぎ、二人の前に置く。
花山院「ここは取調室ではありません。さあ、座りなさい。
    今日はどのような相談かな?」
蓮人「あ、はい。閻魔大王の課題。俺たちは京都中を桜で埋め尽くします」
琴乃「……実は、資金の目処は立ったんですが、技術的な壁にぶつかってまして」
蓮人「桜の正しい植え方が分からないんです。俺たちはズブの素人で……」
琴乃「せっかく植えても、枯らしてしまっては申し訳なくて…やるからにはちゃんとやりたくて」
蓮人、悔しそうに拳を握る。
蓮人「西園寺くんたちは、一流の技師や職人を金で雇っています」
琴乃「でも私たちには、そんなコネも、職人を動かす『家柄』もありません」
蓮人「……やっぱり、俺たちみたいな没落組には、限界があるんでしょうか」
弱音を吐く蓮人。
花山院、静かに紅茶を啜り、優しく諭すように口を開く。

花山院「家柄?お金?……ふふ」
花山院「閻魔大王様がお求めなのは、そんなちっぽけな物ではありませんよ」
蓮人「え?」
花山院「もっとこう…『魂の輝き』とでも言うのでしょうか」
花山院の瞳が、眼鏡の奥で慈愛に満ちた光を放つ。
花山院「泥にまみれ、傷つきながらも、他者のために奔走する君たちの姿……」
花山院「それこそが、今の京都に必要な『貴族の精神(ノブレス・オブリージュ)』です」
花山院「自信を持ちなさい。君たちの『心の気高さ』は、西園寺くんたちにも負けていませんよ」
琴乃「校長先生……」
蓮人「……ありがとうございます。なんか、目が覚めました」
蓮人、顔を上げる。
琴乃「私たちは諦めません。…誰か、心当たりのある庭師さんはいませんか?」
花山院「ふむ。やや問題はあるが…1人、いますよ」
花山院、窓の外、遠くの山々を見つめる。
花山院「かつて『御所の桜守(さくらもり)』と呼ばれた男……源蔵という職人が」
蓮人「御所!?元・皇室おかかえってことですか!?」
花山院「ええ。ですが……帝が東京へ行かれてからは、職を辞し、酒に溺れていると聞きます」
花山院「今は嵐山のあたりで、世捨て人のように暮らしているとか」
琴乃「仙人みたいですね」
花山院「仙人?そんないいものではないかもしれません」
花山院、少し寂しげに目を細める。
花山院「彼もまた、時代の変化に絶望し、心を閉ざしてしまった一人です」
花山院「頑固で、気難しい男ですが……今の君たちなら、あるいは」
花山院、二人の顔を交互に見つめ、力強く頷く。
蓮人「頑固なじいさんか」
琴乃「いいですね。頑固なじいさんは蓮人くんの最も得意とするところです」
蓮人「え!そうなの?」
花山院「行ってきなさい。君たちならきっと、あの気難しい職人の心も開くでしょう」
蓮人「はい! 行ってきます!」
琴乃「ありがとうございました。」

二人は深く一礼し、部屋を出て行く。   
花山院校長の独り言
花山院「…六角さん。彼らは、何か、やりとげそうな人材ですよ」

〇嵐山・茶屋・昼   
観光客もまばらな嵐山の茶屋。   
蓮人が団子を注文しながら、茶屋の老婆に話しかける。

蓮人「お婆ちゃん。この辺で『源蔵』って爺さん、見かけないかい?」
老婆「ああ、源さんかい?よく知ってるよ。多分、あの河原だよ」
蓮人「河原?」
老婆「渡月橋の下流にな、お気に入りの岩場があるんじゃよ」
老婆「毎日毎日、真っ昼間から其処に座り込んで、死んだような目で川を見ておるわ」
老婆「腕はいいのに、勿体ないねえ……今じゃただの酒呑みじゃわ」
蓮人、琴乃と顔を見合わせる。
琴乃「いきなり源蔵さん情報。私たち、運がいいね」
蓮人「俺は日頃の行いが良すぎるからな」
琴乃「いや絶対に私のほうが善人だよ」
蓮人「ともかく場所は割れたな」
琴乃「どうするの?すぐに挨拶に行く?」
蓮人「いや。」
蓮人、懐から手ぬぐいを取り出し、頭に巻く。   
蓮人「頑固じじいらしいから、正面から頼んでも、どうせ『帰れ』と言われて終わりだ」
琴乃「あ。わかったわ!その先は私から……向こうから『頼む』と言わせるように仕向ける」
蓮人「ご名答」

〇嵐山・河川敷(源蔵の定位置)・翌日の昼   
川のせせらぎ。  誰もいない河原の岩場。
蓮人「俺たちはここで、どんどん苗木を埋えよう」
琴乃「ええ」
そこから少し離れた場所で、蓮人と琴乃が苗木を植え始める。

ザッ、ザッ。 黙々と作業をする二人。
琴乃「蓮人くん。源蔵さん、いないね」
蓮人「ああ。だが、お婆ちゃんの話じゃ、ほぼ毎日来るらしいからな」
蓮人「ここが特等席だ。まずは俺たちが『本気』だってことを見せつけるぞ」

〇同・河川敷・2日後の昼下がり  
琴乃「昨日は、源蔵さん登場せず」
琴乃のため息。
蓮人「そのうち来るさ。信じて待とう」
蓮人と琴乃、汗だくになって作業している。  
すでに数本の苗木が植えられている。

そこへ、ふらふらとした人影が現れる。   
ボロボロの着物を着た老人・源蔵(65)
手には一升瓶をぶら下げている。
源蔵、いつもの岩場に座ろうとする
蓮人たちに気づく。
源蔵「……ああん?」   
源蔵M(なんだあのガキども。……邪魔くせえ)
琴乃、ハッとして蓮人の袖を引く。
琴乃「(小声)……あ、蓮人くん。ひょっとしてあれが源蔵さんじゃない?」
蓮人「(小声)……シッ。見るな。気づかないフリをしろ。たぶんあれだろう」

源蔵、面倒くさそうに二人を見る
声をかけることなく酒を飲み始める。   
蓮人、横目でチラリと確認し、そのまま作業を続ける。
蓮人M(まずは爺さんの視界に入った。……だが、まだだ。まだ食いつかねえ)

〇同・河川敷・さらに2日後  曇り空。
風が少し強い。
源蔵がいつもの岩場で飲んでいる。  
その視線は、チラチラと蓮人たちの方に向いている。

源蔵M(……あいつら、まだやってんのか。物好きなガキどもじゃ)
蓮人、その視線を感じ取る。
蓮人M(……よし。そろそろ熟したな)
蓮人、急に手つきを変える。   
苗木を掴み、わざとらしくグラグラと揺らす。
蓮人「あー、もう! 全然入らねえな! えーい、こうしちゃえ!」   
蓮人、浅く掘った穴に苗木をねじ込み、根が丸見えのまま土を被せる。   
さらに、上から足でバンバンと踏みつける。
源蔵 「……っ!」   
源蔵、思わず腰を浮かす。   
源蔵M(おい馬鹿!根が曲がっとる!窒息するわ!)

琴乃、蓮人の様子をみて意図を察する、おぼつかない手つきで蓮人の真似。
琴乃「あ、あれ?倒れちゃう……。えっと、紐で縛ればいいのかな?」   
琴乃、苗木の幹を荒縄でギュウギュウに締め上げる。
琴乃「これくらいキツく縛れば……」
源蔵「ぐぬぬ……」   
源蔵の手が、酒瓶を握り潰しそうになるほど震えている。   
源蔵M(首を絞める気か! 導管が潰れて水が吸えなくなるじゃろうが)

蓮人、トドメとばかりに、川から汲んだ冷水を、勢いよくぶっかける。
蓮人「ほらよ!水攻めだ!」
バシャア!
ガシャーン!! 源蔵が持っていた酒瓶を地面に叩きつける音。
源蔵 「――待たんかァァァッ!!!」
雷のような怒号。
蓮人、ビクリとした振りをして、内心でニヤリと笑う。   
蓮人M(……釣れた)
蓮人と琴乃、驚いた顔(演技)で振り返る。
蓮人「うわっ!? な、なんだ爺さん。いきなり大声出して」

源蔵が、鬼の形相でツカツカと歩み寄ってくる。
源蔵「貴様ら……数日前から見ておれば、好き勝手しおって!」
源蔵「苗木を殺す気か!!」
源蔵、琴乃の手から荒縄を奪い取り、素早くほどく。   
その手つきは、さっきまでの乱暴さとは打って変わり、赤子を扱うように優しい。
源蔵「(苗木に向かって)……苦しかったろう。すまんな、無知な人間のせいで」
蓮人「はあ? 何だよあんた。俺たちがどう植えようが勝手だろ」
源蔵「黙れド素人!」
源蔵「こんな植え方があるか!根が窒息しておる!それに締め付けすぎじゃ!」
源蔵「桜はな、貴様らのような適当な手で触っていい木じゃないんじゃ!」
源蔵の目には涙が浮かんでいる。   
ただの酔っ払いではない。本気で木を憐れむ職人の目。

蓮人「……へえ。詳しいんだな、爺さん」
蓮人「そんなに文句があるなら、あんたがやってくれよ」
源蔵「あ?」
蓮人「俺たちは素人だ。でも、どうしても桜を植えたいんだ」
蓮人「あんた、庭師だろ?」
源蔵「……!」   
源蔵、ハッとして口ごもる。
源蔵「……昔の話じゃ。今のわしは、ただの酔っ払いじゃ」
源蔵「帰れ。二度と桜に近づくな」

源蔵は背を向け、立ち去ろうとする。   
蓮人が目配せする。 琴乃が一歩前に出る。
琴乃「……おじいさん」
琴乃「その腰の鋏(はさみ)……泣いてますよ」

源蔵、ピクリと足を止める。

〇源蔵の腰元(アップ)   
ボロボロの帯に、一丁の剪定鋏が差してある。   
柄は使い込まれて黒光りし、刃は油で手入れされ、鈍く光っている。

琴乃「毎日、磨いてるんですね」
琴乃「一点の錆もない。……いつでも切れるように」
琴乃「未練がない人の道具じゃありません」
源蔵「…………」   
源蔵、震える手で鋏に触れる。

蓮人「なあ、爺さん」
源蔵「ああん? なんだ若造」
蓮人「あんた……本当は切りたくてウズウズしてるんだろ?」
源蔵「……なに?」
蓮人、ニヤリと笑う。
蓮人「あんたほどの腕利きが、振るう場所をなくして腐ってる」
蓮人「帝(みかど)が東京へ行っちまって、御所の庭も荒れ放題だもんなあ」

源蔵の顔色が変わる。図星を突かれた動揺。
源蔵「き、貴様に何が分かる!わしには、もう庭師への未練なんかない」
蓮人「その名刀(ハサミ)。未練がないのに、何でそんなもん持ち歩いている?」
源蔵「未練があろうとなかろうと関係ない」
源蔵「わしは、かつては御所の桜を任されとった!」
源蔵「だが、御所は荒れ果てた。もう手入れする庭もねえ!見る主(あるじ)もいねえ!」
源蔵「時代は変わったんじゃ……桜なんて、もう誰も見向きもしねえ!」
源蔵は涙目で叫び、懐から新しい酒瓶を出そうとする。
蓮人がその手をパシッと止める。
蓮人「なら、見てくれる奴を、たくさん全国から呼ぼうぜ」
源蔵「あ?」
蓮人「俺たちに協力してくれ」
蓮人「俺たちが、あんたの腕にふさわしい『日本一の庭』を用意してやる」
蓮人、立ち上がり、両手を広げて、眼下に広がる京都の街を指す。
蓮人「あんたに任せる庭は・・・」
蓮人「御所なんかよりずっと広い……この『京都の街全部』だ」
源蔵「な……」
蓮人「俺たちは、この街中を桜で埋め尽くす」
蓮人「あんたは、その何万本もの桜の総責任者(マエストロ)だ」
蓮人「どうだ? 狭い御所でちまちま庭いじりするより、よっぽど腕が鳴るだろ?」

蓮人の瞳には、確信に満ちた光。
源蔵は、震える手で腰の鋏を握りしめる。
源蔵「……街……全部じゃと……?」
琴乃「お願いします、源蔵さん」
琴乃も深々と頭を下げる。
琴乃「私たちには知識がありません。……あなたの技術が必要なんです」
琴乃「あなたの知識と経験で……もう一度、命を吹き込んでくれませんか」
源蔵は、蓮人の不敵な笑みと、琴乃の真摯な眼差しを交互に見る。
ボロボロと涙をこぼす源蔵。

源蔵「……報酬は、高いぞ」
蓮人「へっ。出世払いで頼むわ」
源蔵、鼻をすすりながら、投げ捨てた苗木を丁寧に拾い上げる。
源蔵「馬鹿もんが。……土が固すぎるんじゃ。まずは耕すところからじゃ!」
源蔵の顔から、酔っ払いの色は消えていた。 そこには、歴戦の職人の顔があった。

〇同・夕方 夕焼けの嵐山。 三人が並んで土を耕している。
蓮人と琴乃の顔には、泥と共に達成感の汗が光っている。
源蔵「1万本の桜か。気合がはいるわ」

2人がこっそりと視線を交わし、笑い合う。
蓮人が遠くを見つめる。
蓮人「行くぞ、琴乃。……次の課題は植樹場所だ」
ナレーション『第2の壁・技術。――嵐山にて、突破』