【配送伝票 No.1】荷主:新入りメンバー お届け先:雪の高架下 品名:(取扱注意)トラガールの内緒話


 ルカからLINEのメッセが入った。

『トラック女子仲間から、LINEグループのお誘いが来たんだけど、ラナもやらない?』
『どんな人たち?』
『長距離・大型二人と、中型・中距離一人と、小型のわたし』

 距離と車種で、「どんな人」を表現するのね。

『……私は、小型のルート配送だけど、話が合うかな?』
『まあ、同じトラックのハンドル握る女子同士、大丈夫なんじゃない? どうしてもあわなかったら抜けてもいいよ』
『了解です』

 すぐにグループの招待通知が来た。私はLINEの設定を変えてないので、そのまま自動的にグループに入った。

 グループ名: 『トラガールの内緒話』
 グループアイコン: 濃い口紅をつけた唇から舌がチョロッと出ているイラスト…… ほんと、大丈夫だろうか?

 私は、小型トラックでコンビニを中心としたルート配送をやっている。
 世田谷区の担当界隈は、道が入り組んでいて混むので結構やっかいだ。
 実家がフラワーショップで、大学に入ると、運転免許を取らせてもらう条件として、配達の仕事を手伝うことになった。一応、バイト代はもらえる。

 運送会社に契約社員として就職してからも、休みの日はちょくちょく花の配達を頼まれる。一応、会社には認めてもらっている。

 二週間ほど前。
 花の配達先で、ルカに出会った。スナックの五周年のお祝いの欄を届けに行ったのだが、そこはルカの実家だった。脱サラしたお父さんが始めたんだそう。

「わあ、綺麗な胡蝶蘭、ありがとう。なんかこれがあると、暗い店の雰囲気が、ぱーっと明るくなったわ」
「おいおい、自分ちの店をけなすなよ」
 ちょくちょく店を手伝っているというルカが花を受け取る。
 お父様は、店をディスられて渋い顔だ。

「あなた、お花屋さんに勤めているの? それとも運送屋さん?」
「えーっと、実家が花屋で、私は運送会社に勤めているの。だから両方とも正解ね。今日は家の手伝いで配達」
「そうなんだー! 私も運送会社に勤めてるんだ。事務職とドライバーの掛け持ち」

 そんな会話をして、せっかくだからということでLINE交換した。
 先週、スナックにもお邪魔した。スナックの名前は「涙花(ルカ)」。
 それがきっかけで、トラック女子とのつながりが、グループに発展した。

 ルカへのLINEグループのお誘いは、彼女が勤めている運送会社の提携先で働くドライバーからだそうだ。

 『はじめまして、ラナといいます。よろしくね』
 と怖々メッセを送ると、速攻で既読が四つ。

 さらに、
(ルカ)『よろしく!』
(リョウ)『ウエルカム』
(ロマン)『いらっしゃい』
(レイ)『待ってましたー』

 様々なスタンプが並ぶ。

『音声通話するから、ハンズフリーのスピーカーホンは必。買っといて』とのメッセが(リョウ)から加わる。
 うーん、困ったな。私はルート配送で、ちょくちょく車降りなきゃだし……でも一応、用意はしておいた。

 それから。

 困ったことに、仕事中、毎日のように、音声通話の通知が来る。
 出られる時には参加するけど、大概、他愛のない世間話だ。
 かといって、世間話意外に話すことあるの、と聞かれても困ってしまう。
 グループ名の通り、人には言えない赤面するような『内緒話』も話題に上がる。

 そんなことが続いたある日。
『音声通話、けっこう運転したり、荷下ろししたりで昼間の仕事中は参加できないかも』
 とメッセを入れたら……その日の深夜から音声通話の通知が来るようになった。

 自分のベッドから渋々音声通話に参加する。
 通話に入っているのは、(リョウ)と(レイ)と(ロマン)だ。

 たまたま三人とも、長距離の仕事が重なって、ハンドルを握っているとのこと。リョウは、もう一人のドライバーと交代しながら運転している。レイは、通常、一都六県圏内の配送だが、今日は新潟の配送センターまで運転した帰りだそうだ。

 しかたなく、少しだけ会話に付き合う。ドライバーの仕事上、寝不足は禁物だ。

 二月六日。
 この日は非番で、家の配達を手伝っていた。まったく、人使いが荒い親たちだ。

 朝からどんよりとしていて、冷え込んでいる。
 3件ほど配達が終わったあたりから、雪がちらついてきた。
 と思っていたら、本降りになり、みるみる道路が白くなっていく。

「やばっ、チェーン巻かなきゃ」
 配達の軽トラにチェーンは積んであるものの、実は自分で装着したことがない。勤め先の会社では、翌日の天気予報が雪の場合、整備の担当の方々が、早々とスタッドレスにタイヤを交換する。弁解するわけじゃないけど、チェーンが着けられないトラックドライバー、けっこういると聞く。

 しばらくスピードを落として走っていたが、本格的に積もってきた。次の交差点は、オーバーパスになっていて、車が連なっている。あんな所でストップしたら一巻の終わりだ。
 私は仕方なく、交差点前の広い路肩に車を停め、ハザードランプを点ける。

 荷台からチェーンを取り出す……ん? 一緒に置いてあるはずの取説がない。旧式の鎖が、ジャラジャラはしご状に繋がっているタイプで、まったくもって、装着方法がわからない。我ながら不覚・不用心だった。

 べちゃべちゃな雪が積もった路面にチェーンを置いて並べてみてもよくわからん。途方に暮れた。

 どうしようかと立ちすくんでいると、スマホが震える。LINEの振動パターンだ。画面を見ると、音声通話の通知が入っている。入ると、リョウとロマンが話している。雪降って、さみーわとか、相変わらずどうでもいい世間話をしている。

(リョウ)『おう、ラナ、入ってきたか。 今日は仕事?』
(私)『ううん、家の配達手伝ってたんだけど。雪が降ってきて立ち往生。チェーンの着けかた、わかんなくて』
(リョウ)『そりゃやべえな。何とかしてやりたいが……でもオレは今名古屋だし』

(ロマン)『いまどこ?』
(私)『環状線のオーバーパスの手前』
(ロマン)『そこに居て』
(私)『え! うん?』

 それから、ロマンの通話は途絶えたが、リョウは、トラックドライバーの風上にも置けんとか、YouTubeでチェーンの装着動画を探せないのかとか、JAFに連絡したのかとか、ずっと小言を並べていた。


 約十分後。
 わが家の軽トラのすぐ後ろに車が停まった。スズキのスイフトが、クラクションを鳴らしてハザードを点けた。

 ドアが開いて、降りてきたドライバーは女性。

「あなた、ラナね」
「ひょっとして……ロマン⁉」
「リアルでは初めましてね……てか、早いとこチェーン着けるよ」
 肩まで伸びた金髪を翻し、颯爽と私の軽トラックにやってくる。

 ロマンは、私がチェーンを後輪に置いたことにダメ出しをし、前輪駆動なんだからと、前のタイヤに装着を始めると、十分もかからずに作業完了。

 立ち上がってハンドタオルで手を拭く、その金色の勇者の姿が、感激の涙で滲む。
「ロマン、ありがとう。こんなに早く駆けつけてくれて」
「たまたま近くに用事で来てたから」

「ロマンの車は、雪、大丈夫なの?」
「ええ、冬はずっとスタッドレス、北海道にも行くしね」

 北海道⁉

「本当に助かった。ありがとう」
「なんも、だ」

 確か、『なんもだ』は北海道の方言のはず。かっこいい謙遜のお言葉。

 リョウは一人、音声通話に取り残されてご立腹だったが、丁重にお礼の言葉を伝えて通話を終えた。

 ロマンの運転するスイフトが走り去るのを見送りながら思う。

 会社にタイヤチェーンの装着方法を講習してもらおう、と。

 あと、このLINEグループ、悪くないかも、と。