「台湾に猫を置いていくなら、結婚できない!」と君は泣いた。
耳の奥に焼き付いたその声は、八年が経った今でも、時折鮮やかに蘇ってくる。
ふと我に返り、私は視線を上げた。



2025年冬。京都市内
リビングの棚に飾られた木製の額縁には、三匹の猫が写っている。
けれど、私の目の前で寝息を立てているのは二匹だけだ。
あの一匹は、もうここにはいない。
これは、海を渡ることができた二つの命と、
台湾に残してきた余命いくばくかだった一つの命の物語だ。

京都の冬は、足元から冷気が這い上がってくるような「底冷え」がする。
窓の向こう、鉛色の空の下を流れる鴨川の岸辺では、
観光客たちが厚手のコートに身を包み、身を縮こませて歩いているのが見えた。
だが、二重サッシと床暖房に守られたマンションの一室は、小春日和のように暖かい。
その人工的な温もりの中心で、二つの毛玉がホットカーペットに溶けている。
キジトラ柄の兄猫・平平(ピンピン)と、少し小柄な黒猫の妹・安安(アンアン)

平平は、ホットカーペットのど真ん中で体を思いきり伸ばし、肉球の先までじんわり温めている。
時々、前足がぴくりと動くのは、夢の中でまだ獲物を追いかけているからだろう。
安安はといえば、兄の背中をちょうど良い枕にして丸まり、
小さく「ぷすぷす」と空気が漏れるような寝息を立てている。
鼻先が冷えると、私の足首にくっついてきて、そこを新しい湯たんぽにするのだ。
テレビも音楽もいらない。
猫二匹の寝息と、ときおり聞こえる喉のゴロゴロ音だけで、この部屋は十分すぎるほど豊かな音で満たされる。

彼らは野生のかけらもなく無防備に腹をさらけ出し、この部屋に敵など存在しないと全身で主張していた。
「懐かしいね。もう八年前か」
コト、と柔らかな音を立てて、妻の美玲(メイリン)がマグカップをテーブルに置いた。
立ち上るコーヒーの香りが、部屋の空気をふわりと緩める。彼女の視線は、私の見ている額縁に向けられていた。
写真の中の季節は夏。場所は台湾・台北。美玲がかつて一人暮らしをしていたワンルームだ。
そこに写る平平と安安は、まだ若く、どこか野性味のある鋭い目をしている。
そして、その二匹の真ん中で、すべての主であるかのように悠然と構えているのが、長老猫の阿福(アーフー)だった。

写真の中の彼らは、琥珀色の西日を浴びて、三匹で一つの塊のように身を寄せ合っている。
「みんな若いな」
「そうね。あなたも私も、若かった」
ふふ、と美玲が笑う。私もつられて口元を緩めたが、写真越しに阿福(アーフー)と目が合うと、胸の奥がちくりと痛んだ。
この穏やかな王様のような猫は、海を渡ることができなかった。
いや、正確に言えば、私たちが「渡らせないこと」を選んだのだ。
写真を撮った数ヶ月後、私たちは残酷な選択を迫られることになる。
今、私の足元で平和な寝顔を見せている平平と安安。
彼らが「京都の猫」という今の称号を手に入れるまでには、長く険しい旅が必要だった。

台北から京都まで3000キロの海。
世界一厳しいと言われる日本の検疫の壁。
そして、180日間という、永遠にも似た待機期間。
これは、私たちが国際結婚を乗り越え
「本当の家族」になるために支払った代償と言葉の通じない猫たちと交わした、魂の約束の記録である。