◇ ◇ ◇

BlueScat  蒼闇色のブランケット

〈この調べと ともに〉
 ジョン・コルトレーン Round Midnight
 米津玄師 月を見ていた
 セロニアス・モンク Blue Monk 
 YOASOBI 夜に駆ける
 ドビュッシー 月の光
 
   ♪

別に欲しいものがあるわけじゃないけど、コンビニに買いたいものを探しに行く。
ベリーベリーヨーグルトスムージーと皮むきリンゴを買って、隣りの公園のベンチに腰かける。

「はぁ……眠れないな」

部屋に閉じこもりっぱなし。セロトニンが足りないからオキシトシンも足りなくなるのかな……

「そんな難しいこと考えてたら、寝れないに決まってるじゃん」

ヘッドホンを被って音楽アプリを押そうとした瞬間。
足元から声がした。見下ろすと、青銀の毛並みを持つ一匹の猫が、まとわりついてきた。月に照らされ……おう、これはまさにミッドナイトブルー。長いシッポがくすぐったキモチいい。

「あなた、どこから来たの? 迷い猫?」
「迷っているのは君の方じゃないかな?」
私、猫と話せてる? ヘッドホン効果?……でもだな、出会って早々、失礼かつ的確な指摘をするヤツ。
その子はベンチにトンと上がり、皮むきリンゴの袋をクンクンしている。

「欲しいの?」
「べ、べつに」

あ、我慢してる。
私は封を開け、ベンチの上においてあげた。
一瞬ためらったあと、子猫はむしゃむしゃと食べ始める。

「ありがとう」
速攻で平らげると律儀にお礼を述べた。お腹空いてたんだ。

「僕はね、BlueScat……ブルーでいいよ」
「そう、私は瞳。BluesCat?……ブルースを歌う猫さん?」
「うーん、近いけど、ちょっと違うな。BluesCatだと、いろいろ不都合があって」
「不都合?」
「大人の事情ってやつ」
「あなた、大人なの?」
「そんなことはどうでもいいじゃない。それよりせっかく眠れないんなら、夜の冒険に出かけようよ」

「え、どうやって?」
「BlueScatっていう名のごとく。ボクのスキャットが、冒険への扉を開くのさ」

子猫は目を見開くと、深く息を吸い込み、スキャットをささやく。

♪ ニャ?ァ……ニャアァ?、ニャアァ?、ニャ、ニャアァ、ニャ?ア…… ♪ 
  ジョン・コルトレーン Round Midnight

夜の帳が切り開かれていく。
「さあ瞳! 夜の潜入捜査の時間だよ」

扉の向こうは、タバコの煙と、熱いサックスの音が渦巻く路地裏のジャズバー。私はウェイトレスの制服。ブルーは黒猫の装いに変身していた。任務は、眠れない魂の秘密が記された手紙を見つけ出すこと。サックスが奏でる官能的でけだるいメロディに乗せ、ブルーが合図を送る。
獲物を手に入れ、気づかれることなくバーを後にした。

♪ ニャーニャー、ニャーニャーニャーニャーニャー、ニャーニャーニャー…… ♪ 
  米津玄師 月を見ていた

次の瞬間。
荒涼とした大地に立っていた。目の前には、月光を浴びてそびえる古城の廃墟。魂の孤独と、何ものかへの想いを感じる。
手紙に記されていたのは、心の中に閉じ込めていた、過去の自分との再会の呪文。
廃墟の上で私は幼い自分と向かい合う。

♪ ニャ、ニャー、ニャ、ニャー、ニャ、ニャー……ニャアァ、ニャアァ、ニャアァ……♪ 
  セロニアス・モンク Blue Monk 

古城を抜けると、月明かり届かぬ暗い倉庫街。どこかでユーモラスで調子はずれなピアノの音。
背後に何者かの気配。倉庫の影に隠れ、追っ手をかわす。
ピアノのリズムに乗って、私たちは猫のような身のこなしで建物の小さな隙間をすり抜け、追跡を振り切った。

気がつくと、超高層ビル群の屋上にいた。
♪ ニャ?ニャニャ、ニャニャニャ?ニャニャ、ニャ?ニャニャニャニャ?!
  YOASOBI 夜に駆ける

激しいビートが鳴り響き、私の心音とシンクロする。解放と疾走の冒険。
私とブルーは、ネオンの光の中を、夜風を切り裂いて駆ける。重力や常識から解き放たれ、ただひたすらに、風を感じながら、ビルの屋上から屋上へと飛び跳ねる。

♪ ニャア……ニャ?ァ……ニャ?ア……ニャ、ニャア……♪ 
  ドビュッシー 月の光 

ブルーのスキャットが場面転換を促した。
静寂な月夜の湖畔に辿り着く。アルペジオが、水面を優しく揺らす。芝生に横たわり、全身を月の光に浸す。傍らのブルーは、優しくスキャットを続ける。

気づくと、自分のベッドの中。
蒼闇色のブランケットを一緒に被っているブルー。月が彼の青銀の毛並みを光らせている。

子猫はささやく。

さて。
そろそろ眠くなってきたかな?
ボクのこと、ちょっと話しておくね。

ボクはね、つかの間の安息と、永遠の安息を与える猫。

君はどっちの安息を選んでもいいんだよ。

今日のおしまいに、
あるいは、
人生のおしまいに、
全身を包んでくれる、
全身を浸らせてくれる
音楽を選ぶとしたら、
あるいは、
その音楽に選ばれるとしたら、
どんな曲がいいかな?

でもね、ほうら。

♪ ニヤー……、 ニャニャー……
(アドリブ)

君のささやくような口ずさみが、
自分だけのメロディーを
自分だけの物語を
紡ぎ始めたよ。

今まで耳にしてきた音楽と人生と……そして僕のスキャットが溶け合い、ひとつのメロディーになったんだ。

さあ、優しい蒼闇に包まれて、眠れ。

夜明けまでの。

つかの間で、
永遠なる休息を。

……おやすみ。