〈この調べと ともに〉
The Show Must Go On
Queen
しあわせ運べるように
作詞・作曲 臼井真
♪
一月十七日早朝。
望海(のぞみ)は、目眩のような不快感に襲われ、目を覚ました。
自分がどこにいるかを思い出す。
東京都内のホテル、ベッドの中。
リサイタルのため、神戸から単身、音楽事務所に手配してもらった宿にいた。
地元を離れてのコンサートには、いつもなら父親か母親に付き添ってもらっていたが、「そろそろ一人でいいだろう」という将来を見据えての親の判断で、今この部屋に一人いる。
朝食を食べ、部屋に戻ったら、マネージャーから電話があった。
関西で大きな地震があったらしいと伝えてきた。詳しい状況がわからないという。
部屋のテレビをつける。
ヘリコプターからの映像は、地元の街の上空から。
黒い煙の柱が何本も昇っている。
家とは連絡がつかない。大阪に住んでいる叔父とようやくつながり、望海の家がある辺りは、かなりの被害が出ているようだが、詳しいことはわからないと言う。
戻りたいと言ったが、受話器の向こうからは「今はこっちに戻ってきても何もできない」と嘆くような叔父の声がした。
昼前、マネージャーから電話があった。
「こんな状況なので、今夜のリサイタル、キャンセルの手配をしようと思います」
「チケットを買ってくれた方にはどうやって知らせるのですか?」
「チケットセンターからの連絡はしてもらうようにしますが、今からだと、会場の入口に掲示して、それを見てもらうことになります」
望海は、リサイタル会場に来て、がっかりして帰ってしまう人々の姿を想像した。
「今夜、ピアノを弾きます。キャンセルなしでいいです」
「……大丈夫?」
「母と父から言われているのです。ピアニストとして生きていくのなら、お客さんを一番優先しなさいって」
〇
拍手に迎えられ、舞台袖からステージに出る。
眩しいスポットライト越しに見えた三百名ほどの客席はほぼ満員だった。
時間が経過するにつれ、被災地の状況がわかってきている。
そこに並ぶ聴衆の表情はいつもと違った。
私の家族の身を案じる心配。
こんな状態でも大丈夫なのという小さな疑問、驚き。
だから、望海は、予定していたモーツァルト、ブラームス、ベートーヴェンのピアノソナタの前にある曲を弾いた。微笑みを浮かべながら。
The Show Must Go On
心が傷ついてはいても
続けなければならない
笑顔でい続ける
さあ、ショウを始めましょう
自分自身の覚悟を決めるために。
そんな決意を来てくれたお客さんに伝えるために。
〇
神戸に戻り、望海は避難所に身を寄せた。
自宅だった場所を訪れたのは、両親の葬儀を終え、一か月が経った頃の夕方近く。
住み慣れた町も、懐かしい住まいも跡形もなく破壊されていた。
あの夜、リサイタルを敢行したことは、正しかったのか?
そんな疑問と後悔は、ずっとつきまとっている。
でも、それを思うたびに、どこからか、声が聞こえる。
あれでよかったんだよ。だって望海は「人の気持ちに灯りをともしたいからピアニストになる」って言ってたじゃないか。
瓦礫になってしまい、それが山積みされている自宅だった場所に、ほぼ原形をとどめてそれはあった。小さいころから弾いていたグランドピアノ。
ポーン
蓋を開け、鍵盤を押すと、奇跡的に音が出た。
防音室が守ってくれたのか。
母も父も、その部屋にいてくれたなら……
そして初めて、涙が浮かんだ。
生き残った相棒に寄りかかり、崩れ落ち、いつまでも涙を流した。
そして彼女は立ち上がる。
涙をぬぐい、鍵盤に向かう。
弾いた曲は、最近この地で生まれたばかりの曲。
しあわせ運べるように
冬の夕暮れ。
瓦礫の街に響く、ピアノの音色。
家の片づけ作業をしていた近所の人々は、手を休め、祈る。
亡くなった人々の分も 大切に生きて行こう
支えあう心 明日への希望を忘れてはいけない
そんな風にして、望海の舞台は続いていく。
The Show Must Go On
Queen
しあわせ運べるように
作詞・作曲 臼井真
♪
一月十七日早朝。
望海(のぞみ)は、目眩のような不快感に襲われ、目を覚ました。
自分がどこにいるかを思い出す。
東京都内のホテル、ベッドの中。
リサイタルのため、神戸から単身、音楽事務所に手配してもらった宿にいた。
地元を離れてのコンサートには、いつもなら父親か母親に付き添ってもらっていたが、「そろそろ一人でいいだろう」という将来を見据えての親の判断で、今この部屋に一人いる。
朝食を食べ、部屋に戻ったら、マネージャーから電話があった。
関西で大きな地震があったらしいと伝えてきた。詳しい状況がわからないという。
部屋のテレビをつける。
ヘリコプターからの映像は、地元の街の上空から。
黒い煙の柱が何本も昇っている。
家とは連絡がつかない。大阪に住んでいる叔父とようやくつながり、望海の家がある辺りは、かなりの被害が出ているようだが、詳しいことはわからないと言う。
戻りたいと言ったが、受話器の向こうからは「今はこっちに戻ってきても何もできない」と嘆くような叔父の声がした。
昼前、マネージャーから電話があった。
「こんな状況なので、今夜のリサイタル、キャンセルの手配をしようと思います」
「チケットを買ってくれた方にはどうやって知らせるのですか?」
「チケットセンターからの連絡はしてもらうようにしますが、今からだと、会場の入口に掲示して、それを見てもらうことになります」
望海は、リサイタル会場に来て、がっかりして帰ってしまう人々の姿を想像した。
「今夜、ピアノを弾きます。キャンセルなしでいいです」
「……大丈夫?」
「母と父から言われているのです。ピアニストとして生きていくのなら、お客さんを一番優先しなさいって」
〇
拍手に迎えられ、舞台袖からステージに出る。
眩しいスポットライト越しに見えた三百名ほどの客席はほぼ満員だった。
時間が経過するにつれ、被災地の状況がわかってきている。
そこに並ぶ聴衆の表情はいつもと違った。
私の家族の身を案じる心配。
こんな状態でも大丈夫なのという小さな疑問、驚き。
だから、望海は、予定していたモーツァルト、ブラームス、ベートーヴェンのピアノソナタの前にある曲を弾いた。微笑みを浮かべながら。
The Show Must Go On
心が傷ついてはいても
続けなければならない
笑顔でい続ける
さあ、ショウを始めましょう
自分自身の覚悟を決めるために。
そんな決意を来てくれたお客さんに伝えるために。
〇
神戸に戻り、望海は避難所に身を寄せた。
自宅だった場所を訪れたのは、両親の葬儀を終え、一か月が経った頃の夕方近く。
住み慣れた町も、懐かしい住まいも跡形もなく破壊されていた。
あの夜、リサイタルを敢行したことは、正しかったのか?
そんな疑問と後悔は、ずっとつきまとっている。
でも、それを思うたびに、どこからか、声が聞こえる。
あれでよかったんだよ。だって望海は「人の気持ちに灯りをともしたいからピアニストになる」って言ってたじゃないか。
瓦礫になってしまい、それが山積みされている自宅だった場所に、ほぼ原形をとどめてそれはあった。小さいころから弾いていたグランドピアノ。
ポーン
蓋を開け、鍵盤を押すと、奇跡的に音が出た。
防音室が守ってくれたのか。
母も父も、その部屋にいてくれたなら……
そして初めて、涙が浮かんだ。
生き残った相棒に寄りかかり、崩れ落ち、いつまでも涙を流した。
そして彼女は立ち上がる。
涙をぬぐい、鍵盤に向かう。
弾いた曲は、最近この地で生まれたばかりの曲。
しあわせ運べるように
冬の夕暮れ。
瓦礫の街に響く、ピアノの音色。
家の片づけ作業をしていた近所の人々は、手を休め、祈る。
亡くなった人々の分も 大切に生きて行こう
支えあう心 明日への希望を忘れてはいけない
そんな風にして、望海の舞台は続いていく。



