横道寄り道ねこ屋台

「このごまさばをね、ごはんの上に乗せて……」

 ある程度食べたところで、残りのごまさばとタレを白ごはんの上に乗せる。

「何するにゃ?」

「いいから見てて」

 そこへ、店員猫から出してもらったお湯をそそぐ。

「おお……」

 芳香な香りが立ち込め、白ごはんから湯気がもうもうと上がる。
 煮えた生さばは薄茶色に染まり、タレがお湯にいい感じに溶けて、“特製ごまさばお茶漬け”の完成だ。

「最後はこうして食べると、二度味わえるの」

「天才的な発想だにゃ」

 普段は口の悪いぶにゃ助も、美味しそうなご飯を目の前にすれば、気持ちがやわらかくなるのか、ほおっと目を細めて特製ごまさばお茶漬けを見つめている。

「食べる?」

「もちろんにゃ!」

 猫にまたたびならぬ、猫にごまさば。
 特製ごまさばお茶漬けをスプーンですくって、ぶにゃ助の口元に運ぶ。あーんと大きな口を開けて、ぶにゃ助が熱々のお茶漬けを口の中に入れた。

「あっちぃ」

 当たり前のように眉を顰めるぶにゃ助に、私は「あ、そっか」と呟く。

「猫舌かぁ。猫だもんね」

 私はわりと、熱いものも平気なタイプなので、熱々のお茶漬けを目にしてもそこまで意識が働かなかった。

「ん、でも美味しい……美味しすぎるにゃ」
 
 少し経ってから熱さに慣れたのか、ぶにゃ助は「ふううぅぅん」と唸りながらも煮えたごまさばをじっくりと味わい始めた。
 あまりに美味しそうに食べるので、私も思わずぱくついた。

「あぁ……この味、懐かしい」

 ぷりっとした弾力のあるお刺身から、ほろほろの食感をした身に変わって、先ほどとはまた違う美味しさが口の中でじゅわりと広がる。白ごはんに絡んだタレは程よく薄まって胃に優しい味がした。
 温かくて、身も心にも染み入る。この味を、ずいぶん長い間忘れていたような気がする。

「なんだか実家に帰ったみたいだな」

 ついさっき、結宮神社でぶにゃ助から家族のことを聞かれたことを思い出す。たぶん、あの場で両親のことを思い出したからこそ、数ある屋台の中で「博多うまかもん処」を選んだのだと思う。

「来て良かったにゃ?」

 いつのまにか明太子ごはんもお茶漬けも食べ終えたぶにゃ助が、私の顔色を窺うようにして聞いた。今この瞬間も、ぶにゃ助は私の真隣ではなく、一メートルほど距離を開けて座ってくれている。他にお客さんがいないから為せるわざだとは思うけれど、律儀に私が猫アレルギーなのを考慮してくれているんだ。
 彼の無言の優しさが伝わってきて、胸にぶわりと込み上げるものがあった。
「どうしたにゃ?」とぶにゃ助から問われて、目尻に涙が溜まっていることに気づく。

「来て良かったに決まってんじゃん」

 今日、ぶにゃ助がこの場に連れてきてくれなかったら、故郷の味を思い出すことなんてきっとなかった。変わらない毎日の中で、社会から拒絶され続ける痛みを味わいながら、味のしないコンビニ弁当を自宅で温めていただろう。

「それなら良かったにゃ。美似衣には、ずっと笑っててほしいから」

 不意に静かな彼の本音がこぼれ落ちる。なんだろう、この感じ。少し寂しげにまつ毛を伏せるぶにゃ助の顔が、いつかどこかで見た誰かの表情と重なる。
 ああ、そうか。
 その顔はきっと、私だ。
 定まらない未来に不安になって、鏡の前でため息をついている私と同じだ。

「ぶにゃ助はどうして、私を横道に連れてきてくれたの?」

 ずっと疑問に思っていた。この場所に彼が私を連れてきてくれた理由。単に私を励ますためだと思っていたけれど、それだけじゃないような気がして。

 ぶにゃ助が弾かれたように顔を上げる。
 赤茶色の瞳がふるりと揺れて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 そして、「オレは」と私の手元に残っているごまさばお茶漬けを一瞥して、再び私に向き直る。

「美似衣に恩返ししたかったんだにゃ」

「恩返し……?」

 予想もしない言葉が出てきて面食らった。
 恩返しって、何の恩に対するもの?
 私は、ぶにゃ助に恩を売った記憶なんてないんだけれど。
 その場で固まっていると、ぶにゃ助は「美似衣は覚えてないかもしれないにゃ」と話を続けた。

「オレが赤ちゃん猫のころ、車に轢かれそうになったオレの母親を、美似衣が助けてくれたんだにゃ」