「おじゃましまーす」
ぶにゃ助が元気な声で屋台に近づいていく。暖簾のかかった屋台の奥から、店員猫が「いらっしゃい」と三日月型の瞳をして微笑んだ。ぶにゃ助より大きな黒猫だ。頭にはコック帽をかぶり、身体には割烹着に包まれている。どういうわけか、後ろ足で人間のようにしっかりと立ち、前足で菜箸を握っていた。人間の店員がそのまま猫になったと考えれば分かりやすいけれど、現実離れした光景にずっと胸がドキドキと鳴っている。
「こんにちは〜……」
他の屋台ではお客さんも全員猫だったので、人間の私が顔を出したらどんな反応をされるのかと、ちょっぴり怖かった。だが、予想に反して店員猫は特に驚いた様子もなく、「へいらっしゃい!」と普通に歓迎してくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「いろいろあるよ〜。とんこつラーメン、もつ鍋、明太子ごはん、ごぼう天うどん! メニュー表はこれ」
店員猫から渡された手書きのメニュー表には、博多名物料理がずらりと並んでいた。ラーメンもうどんもなんでもかんでもあって、何屋さんなのか分からない。けれど、その思い切りの良さに清々しい心地にさせられた。
「ごぼう天うどん、懐かしいなぁ。関東じゃなかなか見かけないんだよね。明太子も捨てがたいし、焼き鳥も……」
博多っ子なら誰もが病みつきなるようなメニューばかりで、とても迷った。ぶにゃ助は「オレは明太子ごはん」と即決している。猫が明太子と白ごはんを食べている光景を思い浮かべるとほっこりした。
「あ、これがいいかも!」
メニュー表の中で、ひときわ惹かれる料理名があって、思わずそのメニューを指差した。
「へい、“ごまさば”ね。白ごはんはつけるかい?」
「はい、お願いします。あ、あとお湯もいただけますか?」
「承知! 白ごはん、お湯もつけてお出しするよ」
威勢の良い店員猫の声が響き渡る。
“ごまさば”とは、新鮮な真さばを使った郷土料理だ。真さばのお刺身に醤油ベースのタレと白ごま、ネギなんかの薬味をたっぷりかけたもの。さばという魚は鮮度が落ちやすくて、普通、生では食べられない。でも、海に面した福岡では鮮度を保ったまま、さばを生で食べられるというわけだ。
上京してから、居酒屋に行くと必ず「シメサバ」と酢で締めて加工されたさばしか食べられないので、つい生のさばが恋しくなってしまっていた。
ぶにゃ助は「ごまさばってにゃに?」とハテナ顔を浮かべている。魚だから、出てきたら絶対に食いつくと思う。猫だし。
「ぶにゃ助はこの店、初めて来たの?」
「ああ、初めてにゃ。というか“横道”自体、オレも初めて来たんだにゃ」
「え、そうなの?」
てっきり常連なのだと思っていた。初めて来たのに、知ったような素ぶりで案内してくれてたんだ。
「これまではオレの母親が人間を横道に連れてきてたんだにゃ」
「へえ〜そうだったんだ。お母さんが。お母さんはその役目を引退したとか?」
「いや——」
ぶにゃ助が何かを言いかけたところで、店員猫が「はいお待ち!」と私にごまさば、ぶにゃ助に明太子ごはんを出してくれた。
「わあ、美味しそうっ!」
目の前に差し出された新鮮そうなさばを見て、ごくりと唾をのみこむ。ぶにゃ助も「おおお」と口の端からよだれを垂らしている。
「ごまさば、いる?」
素直じゃない彼のことだから「いらんにゃ」と断られるかと思ったが、予想に反して、彼はコクコクと頷いた。
「じゃあ、はい。明太子もちょっと食べてみてもいい?」
「ああ」
ぶにゃ助がいいと言ってくれたので、少しだけお箸で明太子を摘む。そのまま自分の白ごはんに乗せて口に運んだ。
「最高〜これぞ、故郷の味って感じ」
ほくほくの白ごはんとぴりっと辛い明太子に舌鼓を打っていると、ぶにゃ助は隣でむしゃむしゃとごまさばを平らげていた。
「美似衣、これ……美味しすぎにゃ」
とろんと垂れた瞳が、恍惚と揺れる。そんなぶにゃ助の表情がおかしくて、私はもう一切れごまさばを彼にあげた。
「いいにゃ?」
「うん。美味しいものはみんなで分けたほうがより美味しくなるでしょ」
私がそう伝えると、ぶにゃ助は目を光らせてごまさばにかぶりついた。
私ももう我慢ができなくて、ごまさばを口に入れる。途端、ぷりっとしたさばの食感と、甘辛いタレ、ごまの風味が口の中に広がっていく。さばの刺身はマグロのようにやわらかすぎず、鯛のように硬すぎない、ほどよい歯応えだ。それなりに弾力もあるが、子どもも食べやすい硬さで味付けもしっかりとしている。だからこそ、子どもの頃から食卓で出てきた時には、わくわくと胸を躍らせていた。
「やっぱりこの味だよ、この味! 私の博多飯はごまさば一択だわ」
とんこつラーメンももつ鍋も確かに美味しいけれど、女性が食べるには少し重たいこともあり、私はあまり積極的に食べたことがなかった。だけどこのごまさばは、母が食卓に出してくれたこともあり、さっぱりとしていて食べやすく、昔から慣れ親しんでいる。
ぶにゃ助が元気な声で屋台に近づいていく。暖簾のかかった屋台の奥から、店員猫が「いらっしゃい」と三日月型の瞳をして微笑んだ。ぶにゃ助より大きな黒猫だ。頭にはコック帽をかぶり、身体には割烹着に包まれている。どういうわけか、後ろ足で人間のようにしっかりと立ち、前足で菜箸を握っていた。人間の店員がそのまま猫になったと考えれば分かりやすいけれど、現実離れした光景にずっと胸がドキドキと鳴っている。
「こんにちは〜……」
他の屋台ではお客さんも全員猫だったので、人間の私が顔を出したらどんな反応をされるのかと、ちょっぴり怖かった。だが、予想に反して店員猫は特に驚いた様子もなく、「へいらっしゃい!」と普通に歓迎してくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「いろいろあるよ〜。とんこつラーメン、もつ鍋、明太子ごはん、ごぼう天うどん! メニュー表はこれ」
店員猫から渡された手書きのメニュー表には、博多名物料理がずらりと並んでいた。ラーメンもうどんもなんでもかんでもあって、何屋さんなのか分からない。けれど、その思い切りの良さに清々しい心地にさせられた。
「ごぼう天うどん、懐かしいなぁ。関東じゃなかなか見かけないんだよね。明太子も捨てがたいし、焼き鳥も……」
博多っ子なら誰もが病みつきなるようなメニューばかりで、とても迷った。ぶにゃ助は「オレは明太子ごはん」と即決している。猫が明太子と白ごはんを食べている光景を思い浮かべるとほっこりした。
「あ、これがいいかも!」
メニュー表の中で、ひときわ惹かれる料理名があって、思わずそのメニューを指差した。
「へい、“ごまさば”ね。白ごはんはつけるかい?」
「はい、お願いします。あ、あとお湯もいただけますか?」
「承知! 白ごはん、お湯もつけてお出しするよ」
威勢の良い店員猫の声が響き渡る。
“ごまさば”とは、新鮮な真さばを使った郷土料理だ。真さばのお刺身に醤油ベースのタレと白ごま、ネギなんかの薬味をたっぷりかけたもの。さばという魚は鮮度が落ちやすくて、普通、生では食べられない。でも、海に面した福岡では鮮度を保ったまま、さばを生で食べられるというわけだ。
上京してから、居酒屋に行くと必ず「シメサバ」と酢で締めて加工されたさばしか食べられないので、つい生のさばが恋しくなってしまっていた。
ぶにゃ助は「ごまさばってにゃに?」とハテナ顔を浮かべている。魚だから、出てきたら絶対に食いつくと思う。猫だし。
「ぶにゃ助はこの店、初めて来たの?」
「ああ、初めてにゃ。というか“横道”自体、オレも初めて来たんだにゃ」
「え、そうなの?」
てっきり常連なのだと思っていた。初めて来たのに、知ったような素ぶりで案内してくれてたんだ。
「これまではオレの母親が人間を横道に連れてきてたんだにゃ」
「へえ〜そうだったんだ。お母さんが。お母さんはその役目を引退したとか?」
「いや——」
ぶにゃ助が何かを言いかけたところで、店員猫が「はいお待ち!」と私にごまさば、ぶにゃ助に明太子ごはんを出してくれた。
「わあ、美味しそうっ!」
目の前に差し出された新鮮そうなさばを見て、ごくりと唾をのみこむ。ぶにゃ助も「おおお」と口の端からよだれを垂らしている。
「ごまさば、いる?」
素直じゃない彼のことだから「いらんにゃ」と断られるかと思ったが、予想に反して、彼はコクコクと頷いた。
「じゃあ、はい。明太子もちょっと食べてみてもいい?」
「ああ」
ぶにゃ助がいいと言ってくれたので、少しだけお箸で明太子を摘む。そのまま自分の白ごはんに乗せて口に運んだ。
「最高〜これぞ、故郷の味って感じ」
ほくほくの白ごはんとぴりっと辛い明太子に舌鼓を打っていると、ぶにゃ助は隣でむしゃむしゃとごまさばを平らげていた。
「美似衣、これ……美味しすぎにゃ」
とろんと垂れた瞳が、恍惚と揺れる。そんなぶにゃ助の表情がおかしくて、私はもう一切れごまさばを彼にあげた。
「いいにゃ?」
「うん。美味しいものはみんなで分けたほうがより美味しくなるでしょ」
私がそう伝えると、ぶにゃ助は目を光らせてごまさばにかぶりついた。
私ももう我慢ができなくて、ごまさばを口に入れる。途端、ぷりっとしたさばの食感と、甘辛いタレ、ごまの風味が口の中に広がっていく。さばの刺身はマグロのようにやわらかすぎず、鯛のように硬すぎない、ほどよい歯応えだ。それなりに弾力もあるが、子どもも食べやすい硬さで味付けもしっかりとしている。だからこそ、子どもの頃から食卓で出てきた時には、わくわくと胸を躍らせていた。
「やっぱりこの味だよ、この味! 私の博多飯はごまさば一択だわ」
とんこつラーメンももつ鍋も確かに美味しいけれど、女性が食べるには少し重たいこともあり、私はあまり積極的に食べたことがなかった。だけどこのごまさばは、母が食卓に出してくれたこともあり、さっぱりとしていて食べやすく、昔から慣れ親しんでいる。



