「私がバカだなんて、そんなの百万年前から知ってるわ。でもだからって、自分で感じるのと他人に言われるのは訳が違うの。だからいちいちそういうこと言わないでよ、余計へこむじゃん」
「……」
強く言いすぎただろうか。
ぶにゃ助はそっと目を伏せて黙り込む。軽口を叩くのが得意な彼にそんなふうにしおらしくされると、こちらの調子が狂うな、と思う。
「……美似衣は」
ポツリ、と細かい雨が降ってきたかのようにぶにゃ助がそっと口を開いた。
「なに?」
また何か喧嘩を売られるんだろうか。身構えた私だったが、ぶにゃ助の口から漏れた言葉は意外なものだった。
「最近、家族と話したにゃ?」
「家族……?」
ぶにゃ助に問われてはたと思考が固まる。
突然、何を言い出すんだろうか。
家族と言われて頭に思い浮かべたのは、福岡に住む母親のことだ。父は常に仕事三昧だったので、普段からあまり会話をすることがなかった。対して専業主婦の母は、私が東京の大学に行くと伝えると、生活のことから友人関係のことまで、すべて気にかけてくれていた。
『あんた、女の子一人で東京なんて大丈夫なん? お母さん心配なんやけど』
『大丈夫だって! みんな一人暮らしぐらいするけん』
『そう……でも何かあったらすぐに帰ってきんしゃい』
『何かって……何もないよ〜』
自分で決断したことだから、心配してくれる母の優しさを、素直に受け取ることができなかった。なんだかんだ言いつつ、私がちゃんと東京で一人暮らしができるように、父も母も金銭面のことや生活のことを考えてくれていた。それなのに、私は二人の気持ちを顧みることもなく、こうして就活で失敗を重ねてはうだうだとその場で足踏みを繰り返している。
両親のことを考えていると胸がつんとするような想いだった。
「家族が、どうかしたの?」
どうしてぶにゃ助が家族のことを訊いてきたのか理解できずに尋ねる。
ぶにゃ助は意味深にじいっと私を見つめながら、こう呟いた。
「自分のこと、“いらないやつ”なんて言ったら、ご両親が悲しむにゃ」
その言葉はびっくりするほど深く、私の胸に浸透した。
両親が悲しむ。
そんなこと分かってる。
私だって自分が社会から必要とされていないなんて思いたくない。だけど、社会は容赦なく私を弾き出してくる気がして、怖いのだ。
そうだ。私は怖い。
この先一生、誰からも必要とされないかもしれないと思うと、怖くて足がすくみそうになる。
だけど、この気持ちはきっと一匹の猫に分かってもらえるはずがない。
「美似衣、オレ、美似衣をちょっといいところに連れていってあげるにゃ」
私が押し黙っていると、ぶにゃ助がくるりとその場で一回転して言う。
「……いいところ?」
「そう。楽しいところにゃ」
彼の言っていることの意味が分からずに首を傾げる。猫にとって“楽しいところ”でも、人間の私が“楽しい”と感じるか、分からないのですが。
「いいからついてくるにゃ」
「ちょっと——」
私が返事をし終わらないうちに、ぶにゃ助はとことこと背中を向けて歩き出した。
本殿の奥に、小さな社がある。さらにそこには赤い鳥居があって、ぶにゃ助はその鳥居の前で一礼をした。
「美似衣を“横道”に連れていくにゃ」
「横道……?」
ぶにゃ助の発言を疑問に思いつつ、彼の背中をじっと見つめる。ぶにゃ助は一度後ろを振り返り、「ついてこい」と言わんばかりにそのつぶれた瞳で私を誘いかけているようだった。
「一緒に目を瞑って、この鳥居の下を通るにゃ。何も考えずに、オレの後ろをついて。いい?」
ぶにゃ助にそう問われて、誘われるようにして、「う、うん」と目を瞑る。ぶにゃ助のしっぽが私の足を撫でるのを感じながら、そのまま一歩ずつ前へと踏み出した。
「じゃあ、行くにゃ。美似衣と“横道”へ!」
ぶにゃ助が高らかに宣言するのに合わせて、自然と大きく息を吸う。目を瞑ったまま鳥居をくぐると、まぶたの向こうの景色がまばゆい光に包まれた。
「え!?」
何が起こっているのか分からない。でも、ぶにゃ助は「まだ目を開けたらダメにゃ〜」と注意をする。咄嗟に開きかけていた目をそのままぎゅっと閉じて、私は光の中で呆然と佇むのだった。
「……」
強く言いすぎただろうか。
ぶにゃ助はそっと目を伏せて黙り込む。軽口を叩くのが得意な彼にそんなふうにしおらしくされると、こちらの調子が狂うな、と思う。
「……美似衣は」
ポツリ、と細かい雨が降ってきたかのようにぶにゃ助がそっと口を開いた。
「なに?」
また何か喧嘩を売られるんだろうか。身構えた私だったが、ぶにゃ助の口から漏れた言葉は意外なものだった。
「最近、家族と話したにゃ?」
「家族……?」
ぶにゃ助に問われてはたと思考が固まる。
突然、何を言い出すんだろうか。
家族と言われて頭に思い浮かべたのは、福岡に住む母親のことだ。父は常に仕事三昧だったので、普段からあまり会話をすることがなかった。対して専業主婦の母は、私が東京の大学に行くと伝えると、生活のことから友人関係のことまで、すべて気にかけてくれていた。
『あんた、女の子一人で東京なんて大丈夫なん? お母さん心配なんやけど』
『大丈夫だって! みんな一人暮らしぐらいするけん』
『そう……でも何かあったらすぐに帰ってきんしゃい』
『何かって……何もないよ〜』
自分で決断したことだから、心配してくれる母の優しさを、素直に受け取ることができなかった。なんだかんだ言いつつ、私がちゃんと東京で一人暮らしができるように、父も母も金銭面のことや生活のことを考えてくれていた。それなのに、私は二人の気持ちを顧みることもなく、こうして就活で失敗を重ねてはうだうだとその場で足踏みを繰り返している。
両親のことを考えていると胸がつんとするような想いだった。
「家族が、どうかしたの?」
どうしてぶにゃ助が家族のことを訊いてきたのか理解できずに尋ねる。
ぶにゃ助は意味深にじいっと私を見つめながら、こう呟いた。
「自分のこと、“いらないやつ”なんて言ったら、ご両親が悲しむにゃ」
その言葉はびっくりするほど深く、私の胸に浸透した。
両親が悲しむ。
そんなこと分かってる。
私だって自分が社会から必要とされていないなんて思いたくない。だけど、社会は容赦なく私を弾き出してくる気がして、怖いのだ。
そうだ。私は怖い。
この先一生、誰からも必要とされないかもしれないと思うと、怖くて足がすくみそうになる。
だけど、この気持ちはきっと一匹の猫に分かってもらえるはずがない。
「美似衣、オレ、美似衣をちょっといいところに連れていってあげるにゃ」
私が押し黙っていると、ぶにゃ助がくるりとその場で一回転して言う。
「……いいところ?」
「そう。楽しいところにゃ」
彼の言っていることの意味が分からずに首を傾げる。猫にとって“楽しいところ”でも、人間の私が“楽しい”と感じるか、分からないのですが。
「いいからついてくるにゃ」
「ちょっと——」
私が返事をし終わらないうちに、ぶにゃ助はとことこと背中を向けて歩き出した。
本殿の奥に、小さな社がある。さらにそこには赤い鳥居があって、ぶにゃ助はその鳥居の前で一礼をした。
「美似衣を“横道”に連れていくにゃ」
「横道……?」
ぶにゃ助の発言を疑問に思いつつ、彼の背中をじっと見つめる。ぶにゃ助は一度後ろを振り返り、「ついてこい」と言わんばかりにそのつぶれた瞳で私を誘いかけているようだった。
「一緒に目を瞑って、この鳥居の下を通るにゃ。何も考えずに、オレの後ろをついて。いい?」
ぶにゃ助にそう問われて、誘われるようにして、「う、うん」と目を瞑る。ぶにゃ助のしっぽが私の足を撫でるのを感じながら、そのまま一歩ずつ前へと踏み出した。
「じゃあ、行くにゃ。美似衣と“横道”へ!」
ぶにゃ助が高らかに宣言するのに合わせて、自然と大きく息を吸う。目を瞑ったまま鳥居をくぐると、まぶたの向こうの景色がまばゆい光に包まれた。
「え!?」
何が起こっているのか分からない。でも、ぶにゃ助は「まだ目を開けたらダメにゃ〜」と注意をする。咄嗟に開きかけていた目をそのままぎゅっと閉じて、私は光の中で呆然と佇むのだった。



