横道寄り道ねこ屋台

 が、甘かった。
 結宮神社でぶにゃ助と出会ってから一週間。
 就活の持ち駒が残り一社になっていたので、手当たり次第にいろんな会社に応募して書類を提出した。提出といってもすべてネット上でエントリーシートを送るだけだ。形式はほぼどの会社でも同じなので、「志望動機」の部分だけその会社に合うようにちょこちょこっと書き換える。
 有名大学に通っているから、書類選考には多少自信があった。
 でも。

「え……また、書類で落選?」

 数社から書類選考落選の通知が届き、言いようもない焦りが募る。これまでも書類で落とされることがなかったわけではないが、立て続けに落選するのは初めての経験だった。落選した会社は、コスメメーカー、不動産会社、日用品メーカー、インターネット広告会社など、さまざまだ。むしろ、いろんな会社に同じエントリーシートを送ったのが良くなかったのかもしれない。

「たまたまだよね……」

 書類で落とされる、という経験がたまたま数社で被ってしまったただけだ。
 そう頭では分かっているものの、悔しさはなかなか消えてはくれない。
 いつものように、雨の日に出会ったぶにゃ助のことを思い出しながら、結宮神社の椅子に腰掛ける。就活エントリー用のSNSを開いて、また新しく応募する会社を探していく。
 
【初任給二十万円以上】
【週休二日制】
【社会保険完備】
【推し活休暇、生理休暇、失恋休暇などユニークな休暇あり】
【年間休日日数105日】

 自分でもどんな職種に就きたいのかよく分からなくなってきたから、目に入るのは分かりやすい「条件」の部分ばかり。

「週休二日は“完全週休二日制”じゃないから却下。失恋休暇とかいらないし……それより年間休日数が“105日”なのが気になる……最低ラインじゃん」

 選べる立場じゃないことは分かっている。
 でも、一度入った会社はなかなか辞めることなんかできないし、できるなら長く勤めたい。そのためには、今、ちゃんと“見極め”なくちゃいけないんだ。

「はあ……私に合う会社ってどこにあるの……?」

 思わずため息が漏れる。何度も自問を繰り返して来た疑問は、砂利の上にぽつりと落ちるばかりで、誰も拾ってはくれない。

「まーた、ため息吐いてるにゃ」

 ふと気がつけば、足元の少し離れたところにつぶれた顔の彼が座っていることに気づいた。

「ぶにゃ助……今日もブサかわだね」

「にゃ! にゃにを失礼なことをっ! それを言うなら、美似衣は今日も暗すぎるにゃ!」

「しょーがないじゃん。こうも書類で落とされてちゃ、気持ちも暗くなるって」

「書類で落とされるって、どういうことにゃ?」

「えっと、就活で、あなたの会社に入りたいって熱意を綴った紙を送るの。会社の人がその紙を見て、次の面接やグループディスカッションの選考に進めるか決めるんだけど、その書類選考でたくさん落とされて、気分が下がってるの」

 猫に「グループディスカッション」も「選考」も伝わるかどうか不安だったが、私の説明を聞いたぶにゃ助は「にゃるほど〜」と頷いた。

「つまり美似衣は、書類選考の時点で先方から“こいつ、うちでは受け入れられにゃいぜ”って判断されたってことにゃ?」

「うっ……その言い方辛辣すぎ……」

 猫のくせに、なんちゅう言葉を浴びせてくるんだ、ぶにゃ助は!
と心の中で罵りながらも、彼の言う通りだと感じてぐうの音も出ない。

「私は社会から“いらないやつ”選定されたんだなぁ……」

 実際に言葉にしてみると、胸にいくつもの棘が刺さったかのように、チクチクと痛みが広がっていく。
 しんみりとした私の言葉と態度を見て、ぶにゃ助もさすがに何かを察したのか、きゅっと口をきつく結んで黙り込んだ。
 そういえば、ぶにゃ助……。
 私は、彼が一度も私のほうへ近づいてこないことに気づく。

 もしかして、私が猫アレルギーだから気遣ってくれてるのかな。

 この前会った時に確かにそう伝えたけれど、口の悪い彼のことだから、そこまで気にしてくれていないと思っていた。でも、今こうしてまたぶにゃ助に会うと、彼が私の言葉をちゃんと受け止めてくれていたのだと実感する。

「ぶにゃ助……」

 私は、そっと彼の頭を撫でようと手を伸ばした。
 が、ぶにゃ助は私の手をすり抜けて、にゅっと人間が座るように前足を上げると、そのままパンチ(・・・)を繰り出した。
 彼の猫パンチは見事に私の手に命中して、ペシッと軽い痛みが響いた。

「え!? ちょ、何するの?」

 突然パンチを喰らって困惑している私に、ぶにゃ助はジト目を向ける。

「美似衣のバーカ!」

 これまた突然暴言を吐かれて、頭の中は沸騰しそうに熱く燃え上がる。
 どういうこと?
 突然猫パンチをお見舞いした挙句、「バカ」だなんて、喧嘩を売っているとしか思えない!
 すくっと椅子から立ち上がった私は、ぶにゃ助をキリリと睨んで、「あのねえ」と小さな子どもを叱責するように言った。