横道寄り道ねこ屋台

「ぶにゃ助……」

 そういうことだったんだ。
 ぶにゃ助がここに来る前に私に家族のことを訊いてきたのは、自分のお母さんのことがあったからかもしれない。
 母親を亡くしたばかりのぶにゃ助の気持ちを思うと、「うう」と胸が何かに突き破られるように痛んだ。

「美似衣。美似衣は、“いらないやつ”でも“バカ”でもにゃい。猫アレルギーなのにお母さんを救ってくれた美似衣は、オレにとっては間違いにゃくヒーローだから。どうか下を向かないでほしいにゃ」

 ぶにゃ助に慰めれて、あれ? と不思議な感覚になった。
 そうか……私。
 誰かに、必要だって言ってほしかったんだ。
 周りの誰かと比べて、どの会社からも選ばれない自分に嫌気がさして、結宮神社でため息ばかり吐いて。いつしか前を向くことが怖くなっていた。
 だけど、ぶにゃ助は私のことを見つけて、こうして励ましてくれている。 
 何の取り柄もない私のことを“ヒーロー”だと言い、私の心を掬い上げてくれた。

「そうだね。下ばかり向いてちゃ、だめだね」

 小さなことだけれど、大事なことに気づけた。この横道に連れてきてくれたぶにゃ助に、心の底から感謝する。

「下は向かないでほしい。でも、疲れたらちょっと立ち止まるくらいは、いいんだにゃ」

「立ち止まる……」

 目を閉じて、この場所に立ち込める香りを存分に味わう。
 ここには胃も心も満たしてくれる、素敵な料理がたくさん並んでいる。今日、ごまさばを食べて休憩した私は、単に胃袋が満たされただけじゃない。久しぶりに故郷の味を思い出して、前向きな気持ちが湧いてきていた。

「そうだにゃ。立ち止まることも、時には必要にゃ。美似衣、たまには家族のもとへ帰ってあげてほしいにゃ。何者にもなれなくたって、美似衣のお父さんもお母さんも、美似衣のことを待ってくれてるにゃ。ごまさばと一緒に」

 ぶにゃ助が、にこりと笑って私の食べかけのごまさば茶漬けを指差した。
 待っていて、くれるのかな。
 こんな、失敗ばかりの娘でも。
 お父さんとお母さんは、身一つで帰ってきた娘のことを歓迎してくれるだろうか。

「歓迎してくれるに、決まってるか」

 本当は分かっていたことなんだ。
 就活がうまくいかないから、お先真っ暗だと感じていたのは自分。実家に帰っても仕方がないと線を引いたのも自分。早く内定をもらわなきゃと焦っていたのも自分。
 全部、見失いそうになっていた。
 本当の私は、就活がうまくいかないくらいでなくなったりしない。
 私の好きなごはんは、好きな風景は、好きな人は、叶えたい夢は——。
 なんだっけ。
 なんだろう。
 きっと、冷静になって考えれば思い出せるはずだ。
 好きなものを抱きしめて生きていけばいい。
 就職だってきっと、本当の自分を取り戻した先に辿り着けるものだから。
 そんな当たり前のことを、ぶにゃ助は教えてくれたんだ。

「知ってるにゃ? 結宮神社は、ただの縁結びの神社じゃない。“過去の縁と現在の縁を結ぶ神様”が祀られてるにゃ」

「過去の縁と現在の縁を結ぶ……?」

「そうにゃ。オレが美似衣と出会ったのも、結宮神社のご加護のおかげにゃ。だからこのご縁を、どうか忘れないでほしいにゃ」

「ご縁を忘れずに——もちろん、忘れないよ。ありがとう。ぶにゃ助。ちょっと立ち止まって、もう一度よく考えてみる。家族のことも、将来のことも」

 こんな前向きな言葉が自分の口から出てきたのはいつぶりだろう。
 ぶにゃ助が隣でニッと嬉しそうに笑う。その顔がとても可愛くて、思わず彼を抱きしめた。

「み、美似衣、大丈夫にゃ? アレルギーは」

「大丈夫。不思議とぶにゃ助の近くにいても、鼻がむずむずすることがないの。この横道だって猫だらけなのに、大丈夫なの。もしかしたら治ったのかも」

「そんな都合の良いことあるはずないにゃ」

「そっか。じゃあ、気のせいかな?」

 そう言いながらも、もう一度彼をぎゅうっと強く抱きしめた。ぶにゃ助は「にゃお!?」と困惑していたが、やがて諦めたのか「好きにすればいいにゃ」と呟いた。



<了>