魔法の鏡の向こうで、7匹の猫たちがそれぞれの持ち場からこちらを見ている。今日は、毎週行われる「黒猫城ゆき定例会議」の日だ。
 僕は【またたび特急】の車掌、ミケル。議長として、今日もこの会議を仕切らなければならない。

「集まったようですね。それでは、今週の黒猫城ゆき定例会議を始めます」

 図書館長のソフィア、市場の案内人チャーリー、喫茶店のマダム・モカ、楽団の指揮猫トロイメライ、温泉郷の経営者カリダ、森の管理猫のシルヴィア、そして黒猫城の主、ノクティア。それぞれの持ち場から鏡をのぞいている。
 まずはいつものように、今週の来客から確認する。

「今週はそれぞれ2〜3人程度の来客があったかと思います。先週決定したリストと照合しますので、各持ち場での様子の説明をお願いします」

 停車駅順に話し出す。まずはペルシャ猫図書館から。ソフィアはずり落ちてきた片眼鏡をくいっと直す。

「来客はリストの通り3人。友だちの作り方に悩む少女、数学と現実を分けてほしいと望む数学者、哲学を勉強し始めたばかりという青年でした。いつもどおり、魔法で彼らが求める本のカード目録を見つけ出し、お渡ししました。報告は以上、それでは研究があるので、戻っても? 来週のリストはあとで送ってください」
「ああ、ちょっと待ってください! ソフィア!」

 僕が慌てて引きとめても、ソフィアはいつも自分の報告が終わると会議を抜けていってしまう。ほかの猫たちも、どうしようもないこと、と割り切っているようで、誰も僕を助けてはくれない。
 はあ、とため息をついて、次のチャーリーに振る。

「おいらのとこはふたり! 最近夫を亡くした未亡人と会社になじめていない新卒の男の子! 未亡人は最初は寂しそうだったけど、夫へのお供えものが買えてとっても喜んでいたよ」彼の元気な声が、会議の雰囲気がパッと華やぐ。「それから、新卒の子は久しぶりに和気あいあいとした雰囲気で楽しかったって言ってた!」

 僕はチャーリーの陽気さに助けられることが多い。きっと、寂しさを感じて市場を訪れる人間たちも、彼の社交性に明るい気持ちになって帰っているのだろう。

「リストどおりですね。では、お次はマダム・モカ。お願いします」

 それから1ぴきずつ報告をして、ノクティアの番になった。

「あたくしのところには、リストどおり3人いらしたわ。会社で馬車馬のように働かせられていて苦しいという40代の男性、文理選択に悩む女子高生、そして絶賛就活中の女子大生。それぞれゆっくりしていってもらったわよ。最後の女の子なんか、自分の好きなことを見つめ直すことができたみたいだし、きっとこれからまっすぐその光を目指して歩いていけるはずだわ」
「ありがとうございます。では、今回もお客さまの現在の様子を見てみましょう。ノクティア、共有を」

 報告が済んだら、ノクティアの魔法でその週に特急に乗ったお客さま一人ひとりのいまの様子をのぞいてみるのだ。もちろん、お客さまのほうに知られることはないし、それぞれのプライベートな部分は自動的に隠されるようになっている。またたび特急のサービスがどのように影響を与えたのかを確認するだけだ。
 ソフィアのもとに来た少女は、少しずつ周りの子に話しかけられるようになってきているみたい。チャーリーのところの未亡人は、まだ少し寂しそうだけれど、夫の仏壇にお供えものをして市場での話を語っていた。
 その一人ひとりから、あたたかくて淡い光が鏡ごしに伝わってくる。この光が、またたび特急が走る光の海に届き、僕たちの活動の源になるのだ。
 それから——。

『私、出版業界に入りたいんです。業界研究がしたいんですけど、何かアドバイスはありますか?』

 ノクティアのもとに来ていた高崎せなさんは、出版業界を目指すことに決め、就活相談に来ているようだった。その表情はとても生き生きとしていて、これからのかがやかしい未来を待ち望んでいるよう。黒猫城でのサービスが生きたようだった。
 彼女からはまた、一段と多くの淡い光がたちのぼり、こちらに届いている。

「今週も大成功のようね」ノクティアが艶やかな声で言うと、トロイメライが賛同する。「若々しく美しい光が、華やかなコードを奏でているね」

 トロイメライの不可思議な表現はいつものこととして、議題を進めることにした。

「では、次は来週の招待客の選定と行きましょうか」

 さあ、僕たちの新たな1週間の始まりだ——。


【了】