厨房の横を通りすぎると、入り口と同じような吹き抜け部分に出た。吹き抜けの高い高い天井には、さっき外で見たような満点の星空が描かれている。

「ここから、エレベーターで最上階まで参ります。つきましたら、すぐ目の前がノクティアさまのお部屋です」

 ブランの言葉どおり、目の前にはエレベーターのような何かがある。でも、それはエレベーターと言われなければ何かよくわからなかっただろう。大きな肉球型のもくもくとした雲が、絡み合って太くなった金と赤の毛糸に吊り下げられている。
 肉球の真ん中のくぼみ部分に立つように言われ、そのとおりにする。エレベーターはふわふわしていて、乗り心地は最高だった。雲に抱かれているような感覚。
 ブランが前足で雲をポンと叩くと、それはふわりと宙に浮かぶ。
 毛糸がするすると上に引っ張られ、どんどん上にのぼっていく。一見バランスが悪そうな構造なのに、揺れや不安定感がまったくない。天井画とあいまって、まるで快適な空の旅だ。
 あっという間に最上階までたどり着き、目の前に金色の肉球の装飾が施された黒いとびらが現れる。
 ブランがそのとびらを3回叩き、お客さまをお連れしました、と声をかける。すると、中から妖艶な声が聞こえてくる。

「お入り」

 ブランが優しく触れると、とびらはゆっくりと開いた。学校の校長室や会社の社長室のような厳かな雰囲気の部屋の奥に、豪華なポンチョをまとった黒猫が優雅に座っている。立派なベルベット調のいすが、黒猫の荘厳さをさらに高めているようだ。

「し、失礼します」
 
 お偉いさんと対峙したような緊張感に、おそるおそる室内に足を踏み入れる。すると、右手にいた生き物にびっくりしてしまう。

「ひ、ひと!?」

 またたび特急に乗せられてからというもの、結局ひとりもひとの姿を見ていなかったため、猫しかいないものだと思っていた。しかし、そこにいるのは確かに執事らしい服を着た、ひと。

「失礼いたしました。高崎()()さまでございますね? おどろかせてしまい、申し訳ございません。わたくしはノクティアさまお付きの執事、アステールと申します。このような姿ですが、ちゃんと猫でございますよ」

 名前を知られていることにもおどろいたけれど、それ以上に黒髪の間を縫ってにゅっと現れた猫耳と、お尻から生えてゆらゆら揺れているしっぽにびっくり。改めてじっと見てみると、端正な顔立ちをしている。人間界にいたら間違いなくモテるであろう美しい姿に、少し見惚れてしまった。
 アステールがステッキを振ると、ポンっと丸テーブルと座り心地のよさそうないすが現れる。

「そのいすにお座り」

 ノクティアが魅惑的な声でこう言う。いすに腰かけると、アステールが今度は高そうなポットとティーカップ、お皿とカトラリーを魔法で出す。次のひと振りで、ポットからは湯気と芳醇な香りが立ち、お皿にはカステラが。

「こちら、セカンドフラッシュのダージリンティーにございます。疲れた心とからだを癒す一杯です。深い味わいをお楽しみいただくためにも、ぜひストレートでお飲みください。カステラは階下の厨房で作ったものです。どうぞ、お召し上がりください」

 アステールはポットからカップへ紅茶を注ぎ、恭しく礼をすると、斜めうしろへと下がる。

「あ、あの、こんな素敵なお城にお招きいただいて、ありがとうございます」

 ノクティアはこのお城の主だと聞いた。つまり、私を招いたのは彼女だということになる。

「いいのよ。知ってのとおり、あたくしはノクティア。この黒猫城の主よ。ゆっくりしていきなさい」

 気品あふれる佇まいに、あこがれを感じる。
 暖炉の火がパチパチと弾ける。夏なのにまったく暑くなく、暖炉のあたたかさが心地いい。