俺、時谷円(ときやまどか)には逆らえない言葉がある。
 幼馴染の青木隼人(あおきはやと)からの「お願い」という言葉だ。
 それがどんなに不可能なミッションだと思っても、隼人に「お願い」と言われたら、俺は頷いてしまう。
 しかし今回のミッションの難易度は今までの比じゃない。
「頼むよ! もう頼めるのお前だけなんだ」
 捨てられた子犬みたいな目で隼人に言われたが、さすがに即決はできなかった。
「あの……本気で言ってる?」
「もちろん! 俺が本気じゃなかったことがこれまで一度でもあったか?」
 ……あったと思う。隼人はお調子者だし、発言の八割は軽口だった。
 そう思ったがあえて言わなかった。だって隼人のその軽口が周囲を、そして俺のことも照らし続けてくれていることを俺は知っている。
「えと、ってことはその……やっぱり、本気?」
「本気も本気。ってかさあ、まじで困ってるの。せっかく菊コンリターンズなのに、参加者がまっっったく! 集まらないんだよ!」
「……まあ、そりゃ、そうだよね」
 菊コン。それは俺と隼人が在籍するここ菊塚高校において、十年ほど前まで行われていた学校祭名物である。
「ミスターコンなんて出て大コケしたらその後の学生生活が危ぶまれるし……」
「いやいやいや! 今回は自薦じゃないから! 他薦限定! 出てコケたとしてもそれは薦めたやつの責任! つまり、円を推した俺が全責任を取ることになるってわけ! だから円はなーんにも気にしなくていいから!」
「いや、そもそもなんで俺? あの、ミスターコン、だよね。俺、イケメンでもないし、究極の陰キャなんだけど……」
 そう言ったのは謙遜でもなんでもない。百人に訊いたら百人が、うん、陰キャだね、と頷く見た目をしている自覚がある。
 もっさりとしたぱさついた髪。背も小さく声も小さい。顔立ちだって決してイケメンじゃない。小づくりで一瞬先には忘れられてしまいそうな薄いものだ。ただ、隼人は違う評価をしてくれているらしい。
「そんなことないだろ! 円、可愛い顔してるよ? ちょっと憂いを帯びてる感じがいいとか言ってる女子もいたし。うちの姉ちゃん達も円のことお姫様みたいってよくワンピース着せてたじゃん」
「……やめてくれる。黒歴史をでかい声で言うの」
 隼人の、可愛い顔、に少しだけ心が疼いたものの、続けられたエピソードはうれしいものじゃなかった。
 ――隼人じゃこんなの絶対似合わない! ほんっとに円ちゃん可愛い!
 ――こんな妹ほしかったあ!
 隼人の一つ上と二つ上の姉によって女物の服をとっかえひっかえ着せられた記憶が蘇り、俺は額を押さえる。
「とにかく、俺には荷が……」
「そんなこと言わないで頼む! もう大々的に告知しちゃったし! このまま参加者集まりませんでしたじゃ俺達生徒会の面子丸つぶれなんだよ!」
 知らんがな、と言いたい。でも言えない。
 隼人のきらきらした目を曇らせるなんて……俺には耐えられない。
 ああもう、と思う。
「俺のほかにも、参加者、いるんだよね?」
 もしも誰もいなかったらそれこそ恥ずかしい。お前なに勘違いして出ちゃってるの? みたいな目で確実に見られる。
「そこは大丈夫! ひとりは確保したし!」
「へえ、誰……?」
 できれば俺のようにやむを得ず頼まれたちょっと地味なタイプだったらいい、などと思ったが、隼人が嬉々として告げた名前に俺は愕然とした。
涼本 総一郎(すずもとそういちろう)