隼人(はやと)が、キスしている。
 相手は隼人とともに生徒会に所属している後輩女子。書記を務めていたはずだ。名前は知らない。
 見られていることにも気付かず、彼らはふたり、顔を寄せている。
 夕日がゆっくりと渡り廊下を橙に染めていく。大柄な隼人の体に同化してしまったように彼女の体は隼人の胸に埋もれている。
 隼人の手が彼女の背中を愛おしそうに撫でる。
 人通りがそれほどないとはいえ、誰が通るともしれない渡り廊下でしちゃうあたり、隼人らしいなあ、と思う気持ちもある。
 ある、けれど、そんな言葉でごまかさなければ、叫び出してしまいそうな自分の心が怖かった。
 きゅっと我知らず胸の前で拳を握る。
 音楽室であるここから渡り廊下はよく見える。つまり、あちらからもこちらは見える。でも隼人は気付かない。
 夢中になっていて、気付いて、くれない。
 窓の縁を掴む手が汗ばむ。見たくないのに。見たら……これ以上、見たら。自分は。
「ねえ」
 背後から声が聞こえたのはそのときだった。振り返る間もなかった。大きな掌によってすっと視界が閉ざされていた。
「見ないで」
 低い声とともに、目を覆った手に力が籠り、体が引き寄せられる。背中に俺よりもしっかりとした胸板が当たった。
「もう、見ないで」
 背中で繰り返す彼の声にじわっと目頭が熱くなった。
 泣くなんておかしい。しかも自分は年上で、こいつは年下で。そんな年下の胸でなんて。でも。
(まどか)先輩」
 耳元で狂おしげに名前を呼ばれて、我慢できなくなった。滲む涙が彼の手の下で溢れた。
 嫌だ、と思った。その俺の声を掬い取るように……言われた。
「俺なら泣かせないから。だから先輩、俺じゃ、だめ?」