いくら忙しいとはいえ、呼び止めたらさすがに無視されることはないだろう。夕真くんのお母さんは人柄は良いのだし。ひとの話はきちんと聞いてくれるタイプだ。ただ単に本当にいつも忙しいというだけで。

「今日はどう? 話せそうかしら」

「はい。すぐお帰りになられるかと思いますが、呼び止めてみます」

「助かるわ。あんまり無視されるようだったら、園長から話してもらうように相談しましょう」

「分かりました。ありがとうございます」

 綾瀬先生のおかげで、夕真くんのカプセルトイの問題について、自分のせいではないと思うことができてほっとする。なんでもかんでも自分だけのせいにしてしまうのが私の悪いところだ。

「ゆうまくん、それ見せて!」

 なのはな組の中で一番気が強い女の子、えまちゃんが夕真くんのカプセルトイを指差した。反射的に夕真くんは人形を腕の中に隠すようにして抱え込む。

「ぼくにも見せてー!」
「おれも!」
「ここちゃんも見たい!」

 えまちゃんの声に反応して、他の園児たちがわらわらと集まってくる。昨日はみんな、単に好奇心で近づいてきているだけだったが、今日はどことなく目が本気な子が多い気がする。

「ちょっとみんな、夕真くんの人形だから、ね?」

 取り合いにならないようになんとか宥めに入る。が、そもそも私物を持ち込んではいけないというルールを破っているのは夕真くんである。「夕真くんはわるいことしてるんだから、ちょっとぐらいいじゃん!」と賢い子どもたちがムキになって叫ぶ。

「みんな、やめなさい」

 綾瀬先生が、ぴしゃりと鋭い声を放った。その瞬間、教室内の空気がぴたりと静まり返る。

「これはね、夕真くんが間違えて持ってきちゃったものなの。だからみんな勝手に触ったらダメよ。夕真くんも、明日こそおうちに置いてきてね」

 厳しくも愛のある指導に、みんなの気持ちも少しだけ和らいだのか、「はあい」と返事をして夕真くんの周りから離れて行った。

「夕真くん、大事なものだってことは先生たちも分かってるけど、だからこそ家に置いてきてほしいの。先生たちの言うこと、分かるわよね?」

 威圧的にならにように、夕真くんに優しい口調で諭すように伝える。彼は震えながらも、「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。

「分かってくれたならいいのよ。先生たちこそ強く言ってしまってごめんね」

「だいじょうぶ」

 普段寂しい思いをしている彼の要望にはできるだけ応えてあげたいけれど、他の子と差別するようなことはできない。守らなくてはいけないことはきっちりと守って、その上で彼にはいっぱい甘えてほしいと思った。