朝十時、昨日あのカプセルトイをゴミに出してからすこしだけ胸がすっきりとしていた。だが保育園に着き、なのはな組の教室に入ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「よかった、ママ!」
夕真くんが捨てたはずの人形を握りしめて頬擦りをしていたのだ。
いったいどういうこと……!?
昨日捨てた人形が、教室に戻ってきている。恐ろしい事実にゾクゾクと背筋を駆け抜ける寒気。
昼寝の時間に、職員室でとうとう感情が抑えきれなくなった。
「あのカプセルトイがおかしいんです……! 昨日、私が捨てたのにどうしてか教室に戻ってきていて!」
他の先生たちがいる中、園長に訴えかけた。両目には涙が溜まっていて、気を抜けばこぼれ落ちそうだった。
私はこのカプセルトイについて、園をあげて何か対策をしてほしいと思った。私ひとりの力ではどうにもならないから。
「花村先生、いい加減にしてください。正直連日カプセルトイのことで大袈裟に騒がれて保護者からクレームは来るし、園児たちも落ち着かないから迷惑してるの」
寄り添うどころか、突き放すような物言いだった。同じなのはな組の綾瀬先生も園長の対応には呆れているのか諦めているのか、園長の言葉はあえて聞かかない様子だった。
「……っ!」
私が、ひとりで戦うしかないんだ。
お迎えの時間にやってきた夕真くんのお母さんは、今日も身長が縮んでいるように見える。それなのに夕真くんは気にせず「ママ!」と母親に抱きつく。お母さんのほうもにっこりと機械的な笑みを浮かべて「ただいま」と夕真くんを抱きしめる。
おかしい。明らかにおかしいのに……。
どうしてみんな分かってくれないんだろう。
あのカプセルトイは持っていると危険だというのに——。
「またよろしくお願いしますね。花村先生」
夕真くんのお母さんが私に丁寧にお辞儀をして去っていく。夕真くんの手に握られた人形が、恐ろしい形相で私を睨みつけているように感じて思わず両目を瞑った。
帰宅すると、美奈が「おかえりー!」と私に飛びついてきた。
「ねえママ、見てこれ〜」
美奈が私の目の前に差し出したそれは——間違いなく、あのカプセルトイの人形だった。夕真くんが持っているのと同じ。土気色の肌に虚ろな表情をした人形。
私は、全身の熱がさーっと引いていくのを感じた。
「美奈、それどうしたの!?」
「え〜お友達からもらった。たくさん持ってるからひとつあげるって」
「……!! それ、貸しなさい」
「やだ、だめ!」
普段あまりわがままを言わない娘だが、この時ばかりはものすごい勢いで「だめ」と言い放ち、私に両手を突き出した。子どもの力なので倒れるまではなかったものの、娘に激しく抵抗されて呆気にとられる私。
このままじゃ、美奈までおかしなことになってしまう……。
私は急いで自室に籠ると、夫が「飯は?」と聞いてくるのも無視して、『願いを叶えるカプセルトイ』について調べ始めた。
ネットの匿名掲示板のほかに、Xでカプセルトイについてポストしているひとたちのやりとりを見つけた。それから、以前保護者に行った電話インタビューの内容、『縮小事件』について。
断片的な情報を繋ぎ合わせて見えてきたのは、やはりあの『願いを叶えるカプセルトイ』になんらかの呪いの力が働いているということ。
カプセルトイの機械はほぼ撤収されているようだが、商店街のお店の前にひとつだけ残っていること。
「やるしかない……」
壊そう。あの機械を。壊すしかない。
薄暗い部屋の中で決意した私は、そのまま部屋から出た。夕飯を待っている夫が「おまえ……」と私を見て不思議そうな顔をする。
「なんか、身長縮んでないか?」
「よかった、ママ!」
夕真くんが捨てたはずの人形を握りしめて頬擦りをしていたのだ。
いったいどういうこと……!?
昨日捨てた人形が、教室に戻ってきている。恐ろしい事実にゾクゾクと背筋を駆け抜ける寒気。
昼寝の時間に、職員室でとうとう感情が抑えきれなくなった。
「あのカプセルトイがおかしいんです……! 昨日、私が捨てたのにどうしてか教室に戻ってきていて!」
他の先生たちがいる中、園長に訴えかけた。両目には涙が溜まっていて、気を抜けばこぼれ落ちそうだった。
私はこのカプセルトイについて、園をあげて何か対策をしてほしいと思った。私ひとりの力ではどうにもならないから。
「花村先生、いい加減にしてください。正直連日カプセルトイのことで大袈裟に騒がれて保護者からクレームは来るし、園児たちも落ち着かないから迷惑してるの」
寄り添うどころか、突き放すような物言いだった。同じなのはな組の綾瀬先生も園長の対応には呆れているのか諦めているのか、園長の言葉はあえて聞かかない様子だった。
「……っ!」
私が、ひとりで戦うしかないんだ。
お迎えの時間にやってきた夕真くんのお母さんは、今日も身長が縮んでいるように見える。それなのに夕真くんは気にせず「ママ!」と母親に抱きつく。お母さんのほうもにっこりと機械的な笑みを浮かべて「ただいま」と夕真くんを抱きしめる。
おかしい。明らかにおかしいのに……。
どうしてみんな分かってくれないんだろう。
あのカプセルトイは持っていると危険だというのに——。
「またよろしくお願いしますね。花村先生」
夕真くんのお母さんが私に丁寧にお辞儀をして去っていく。夕真くんの手に握られた人形が、恐ろしい形相で私を睨みつけているように感じて思わず両目を瞑った。
帰宅すると、美奈が「おかえりー!」と私に飛びついてきた。
「ねえママ、見てこれ〜」
美奈が私の目の前に差し出したそれは——間違いなく、あのカプセルトイの人形だった。夕真くんが持っているのと同じ。土気色の肌に虚ろな表情をした人形。
私は、全身の熱がさーっと引いていくのを感じた。
「美奈、それどうしたの!?」
「え〜お友達からもらった。たくさん持ってるからひとつあげるって」
「……!! それ、貸しなさい」
「やだ、だめ!」
普段あまりわがままを言わない娘だが、この時ばかりはものすごい勢いで「だめ」と言い放ち、私に両手を突き出した。子どもの力なので倒れるまではなかったものの、娘に激しく抵抗されて呆気にとられる私。
このままじゃ、美奈までおかしなことになってしまう……。
私は急いで自室に籠ると、夫が「飯は?」と聞いてくるのも無視して、『願いを叶えるカプセルトイ』について調べ始めた。
ネットの匿名掲示板のほかに、Xでカプセルトイについてポストしているひとたちのやりとりを見つけた。それから、以前保護者に行った電話インタビューの内容、『縮小事件』について。
断片的な情報を繋ぎ合わせて見えてきたのは、やはりあの『願いを叶えるカプセルトイ』になんらかの呪いの力が働いているということ。
カプセルトイの機械はほぼ撤収されているようだが、商店街のお店の前にひとつだけ残っていること。
「やるしかない……」
壊そう。あの機械を。壊すしかない。
薄暗い部屋の中で決意した私は、そのまま部屋から出た。夕飯を待っている夫が「おまえ……」と私を見て不思議そうな顔をする。
「なんか、身長縮んでないか?」



