最初におかしいな、と思ったのは夕真(ゆうま)くんが登園をしてきて三十分後のことだった。

花村(はなむら)先生、今日もよろしくお願いします」

 灰谷(はいたに)夕真くんのお母さん、灰谷雪音(ゆきね)さんはいつも、朝七時に夕真くんを預けに来る。四歳クラスである“なのはな組”の中ではいつもいちばん登園が早い。他にも朝七時台に来る子どもはいるが、七時ぴったりに来るのは夕真くんだけ。七時から八時まではそれぞれのクラスの教室ではなく、「預かり室」という一つの部屋で全員を見ている。朝は全部で十名ほどで、それぞれの教室に行くまで自由におもちゃで遊ばせている。
 灰谷さんはシングルマザーで毎日働き詰めだそうだ。
 朝一番に保育園に夕真くんを連れてきて、夜はぎりぎりの十九時に迎えに来る。私は、彼の境遇を思い、できるだけこまめに声をかけるようにしていた。

 そんな夕真くんがその日普段は持っていないものを手にしていることに気づいたのは、七時半ごろだった。最初はブロックで遊んでいたはずの彼が、いつのまにか両手で何か丸い青色のボールのようなものを抱えているのに気づいた。保育園のおもちゃではないな、と思い近づいてみると、それはいわゆる“ガチャガチャ”——つまり、カプセルトイだった。

「夕真くん、それカプセルトイだよね。夕真くんの?」

 私が尋ねると、夕真くんはこっくりと頷いた。

「そっか。ちょっと見せて?」

 彼がそっと差し出してくれたカプセルトイを開けて、中に入っているものを取り出す。
 これは……人形?
 なんとも形容し難い、奇妙な人形だった。
 子どもが持つ人形にしてはリアルすぎる。白いワンピースを着た黒髪の女のひとの人形だった。女の子、と表現しなかったのは、表情や顔のパーツがどうも子どもではなく大人らしかったからだ。肌の色は綺麗な肌色ではなく、くすんだ黄土色のよう。可愛らしさはかけらもなく、そういうリアルさを売りにした人形なのかもしれないとなんとか自分を納得させる。

 それにしても……どうして夕真くんがこんなものを?
 彼は普段、恐竜や○ケモンといった子どもらしいキャラクターを気に入っていたはずだ。そんな彼が、この人形を気に入っている理由が分からなかった。

「ねえ夕真くん、これ、好きなの?」

 彼は再び頷いた。

「そうなんだ。でもね、保育園にはお気に入りのおもちゃを持ってきちゃいけない決まりなんだ。他の子が間違って取っちゃうかもしれないし、なくしたら悲しいでしょ? 先生も、夕真くんがお気に入りのおもちゃを持ってきてなくして悲しい思いをするのは嫌なの。だから、明日からおうちに置いてこようね」