「こんばんは」
呆然としてしまって固まっている間に、「預かり室」の扉が開かれて、夕真くんのお母さんが迎えに来た。十八時四十五分。いつもよりだいぶ早いお迎えに、思わず身構えた。
「こ、こんばんは」
「ママ」
いつもなら母親に飛びついていく夕真くんだったが、今日はどこか余裕のある構えで「おかえり」とお母さんに笑いかけた。対する夕真くんのお母さんは、どことなく機械的な笑みと声色で「ただいま」と答える。いつも仕事帰りでお疲れの様子だが、今日はどういうわけか元気そうだ。さらに、彼女の身長がやっぱり小さく見えて両目をゴシゴシと擦る。
「灰谷さん、あの」
「それでは先生、さようなら」
今日の夕真くんの様子を伝えようと呼び止めても、彼女は振り返ることなくすたすたと歩き去っていく。隣を歩く夕真くんの背中もぴんと伸びていて、なんだか軍隊のような二人だと感じてしまった。
「もう……なんなの」
この間は急に休んだかと思えば、今日また人形を持ってきて、しかも謝りもしないなんて。一体何がどうなっているのだ——とやっぱり頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「あれ?」
気疲れを感じつつ、夕真くんのいなくなった「預かり室」の部屋の電気を消そうとしたときだ。彼のカプセルトイの人形が部屋の中に置き去りにされていることに気づいた。
あれだけ肌身離さず持っていた人形を、夕真くんが忘れるなんてことがあるのか……。
一度職員室に持ち帰って保管しておこうかと迷ったが、そのときふと、妙なことを思いついてしまった。
この人形を、一晩ここに置いておくのはどうだろうか?
確か、職員室に今は使っていない「見守りカメラ」がある。小さな子どもを遠くからでも監視できるようにするための室内用のカメラだ。あれを使って、夜、人形の様子を撮影する。昼寝の時間に人形が動いたという証言が相次いで、ずっと気になっていた。それに、さっきの声も……。
ひょっとしたらこの人形が声を発したのではないかとどこかで思っていた。
職員室に戻った私は、園長の目を盗んで見守りカメラを持ち出した。あとでバレたらきっとかなり叱られるだろう。でも今はそんなことよりも、あの薄気味の悪い人形のことが気になって仕方がなかったのだ。
「預かり室」の棚の上にカメラを設置し、人形はそのまま転がしておいた。念のため、現状の写真をスマホのカメラに残しておく。
明日は朝イチのシフトだから、早めに来てカメラを回収しておこう……。
そう決意して、そっと「預かり室」を後にした。
——イッショ……ニ……イコウ。
呆然としてしまって固まっている間に、「預かり室」の扉が開かれて、夕真くんのお母さんが迎えに来た。十八時四十五分。いつもよりだいぶ早いお迎えに、思わず身構えた。
「こ、こんばんは」
「ママ」
いつもなら母親に飛びついていく夕真くんだったが、今日はどこか余裕のある構えで「おかえり」とお母さんに笑いかけた。対する夕真くんのお母さんは、どことなく機械的な笑みと声色で「ただいま」と答える。いつも仕事帰りでお疲れの様子だが、今日はどういうわけか元気そうだ。さらに、彼女の身長がやっぱり小さく見えて両目をゴシゴシと擦る。
「灰谷さん、あの」
「それでは先生、さようなら」
今日の夕真くんの様子を伝えようと呼び止めても、彼女は振り返ることなくすたすたと歩き去っていく。隣を歩く夕真くんの背中もぴんと伸びていて、なんだか軍隊のような二人だと感じてしまった。
「もう……なんなの」
この間は急に休んだかと思えば、今日また人形を持ってきて、しかも謝りもしないなんて。一体何がどうなっているのだ——とやっぱり頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「あれ?」
気疲れを感じつつ、夕真くんのいなくなった「預かり室」の部屋の電気を消そうとしたときだ。彼のカプセルトイの人形が部屋の中に置き去りにされていることに気づいた。
あれだけ肌身離さず持っていた人形を、夕真くんが忘れるなんてことがあるのか……。
一度職員室に持ち帰って保管しておこうかと迷ったが、そのときふと、妙なことを思いついてしまった。
この人形を、一晩ここに置いておくのはどうだろうか?
確か、職員室に今は使っていない「見守りカメラ」がある。小さな子どもを遠くからでも監視できるようにするための室内用のカメラだ。あれを使って、夜、人形の様子を撮影する。昼寝の時間に人形が動いたという証言が相次いで、ずっと気になっていた。それに、さっきの声も……。
ひょっとしたらこの人形が声を発したのではないかとどこかで思っていた。
職員室に戻った私は、園長の目を盗んで見守りカメラを持ち出した。あとでバレたらきっとかなり叱られるだろう。でも今はそんなことよりも、あの薄気味の悪い人形のことが気になって仕方がなかったのだ。
「預かり室」の棚の上にカメラを設置し、人形はそのまま転がしておいた。念のため、現状の写真をスマホのカメラに残しておく。
明日は朝イチのシフトだから、早めに来てカメラを回収しておこう……。
そう決意して、そっと「預かり室」を後にした。
——イッショ……ニ……イコウ。



