昼寝の時間のあと、教室に戻ると歩美ちゃんが「カプセルトイが動いたの!」と綾瀬先生に一生懸命訴えているところを目撃した。綾瀬先生はほとほと困り果てた様子で「見間違いだよ」と歩美ちゃんに伝える。でも、歩美ちゃんは納得いかない様子だった。そのうち他の子も「ぼくも動いてるところを見た」と言い出して、教室の中は大パニックに。私と目が合った綾瀬先生は表情をこわばらせた後、「実は私も見たのよ」とそっと教えてくれた。

「見たって……何をですか?」

「カプセルトイの人形が動いてるところ。寝てるみんなの様子を見にきたら、夕真くんの近くで人形が立ったり座ったりしてて……」

「えっ」

「もちろん見間違いだって思ったけど、他にも見たって子がいるからびっくりしちゃって……」

「それは……さすがになんというか」

 子どもだけならまだしも、綾瀬先生までおかしなことを言い出す始末で、私は何が何だか頭が混乱していた。

「とにかく今日、また灰谷さんに伝えておいてくれないかしら。私は先に上がるから、お迎えに来た時にでも」

「わ、分かりました。伝えておきます……」

 十八時半ごろ、他の園児たちが順調に降園していき、いつものように夕真くんだけが「預かり室」に残された。夕真くんはずっとひとりで人形で遊んでおり、私はつい疲れが溜まっていることもあり、片付けをしつつも、うつらうつらと意識が途切れかけていた。
 そのときふと、小さな声が耳をかすめた。

——……ト、イッショ。

 はっとして眠気が吹き飛ぶ。夕真くんが喋りかけたのかと思ったが、さっきの声は明らかに女のひとの声だった。それも、大人の女性の声。急激に寒気を覚えて両手で自分の身体をかき抱く。

「ゆ、夕真くん、今何か喋った……?」

 私の言葉に、振り返った夕真くんは首を傾げる。

「しゃべったのはたぶんママだよ」

「ママ……?」

 またしても、ママ。
 いったいどういうこと……?
 分からない。分からない上に、夕真くんのことさえ、不気味な存在に思えてくる。彼の手の中にある人形がじっとこちらを見ている。心なしか、ちょっとずつ人形の大きさが大きくなっているような気がしてさらにぶるりと身体を震わせた。