週が明けて、月曜日。
先週は夕真くんのことで何かと神経疲れしていたが、土日には家族で水族館に行って、かなりリフレッシュすることができた。娘の美奈が大きな川魚を見てはしゃいでいるところを見ると、なんだかほっとさせられた。私の日常は家族が笑ってくれる日常だと改めて実感させてくれたから。
「おはようございます」
朝十時に教室に入った私は、夕真くんがきちんと自分の席に座っているところを見てなぜだかほっとする。金曜日は家の用事で休んでおり、どういうわけか彼がそのまま消えてしまうんじゃないかという不安に駆られていたから。
が、ほっと安心したのも一時のことだった。
「夕真くん!」
園庭での自由遊びの時間に、どこからともなく綾瀬先生の鋭い声が飛んできてはっと振り返る。綾瀬先生は、砂場でしゃがみこむ夕真くんのそばで彼を見下ろしていた。
どうしたんだろうと様子を窺っていると、夕真くんが砂でつくった山から見慣れた人形を取り出すのを目にした。
瞬間、背筋が底知れぬ恐怖に粟立つ。
なに……なんで……?
私は慌てて彼のところに駆け寄った。「どうしてまた持ってきたの!?」と半狂乱になって叫ぶ。本当は冷静に聞かなくちゃいけない場面なのに、頭が真っ白になってしまっていた。
「ママが持っていっていいって言ったから」
「ママが……?」
「うん」
夕真くんは私と目を合わせない。
「ほ、本当にママがいいって言ったの……?」
「そうだよ。これを持っていたらずっとママと一緒にいられるからって」
「そんな」
信じられなかった。だって、前回夕真くんのお母さんに会った際に直接注意をした。夕真くんのお母さんは心底申し訳なさそうに謝って「持ってこないように注意します」と言ってくれたじゃないか。あのひとが、嘘をつくようには見えない。
「ずっとさみしかったけど今日からさみしくないんだ」
砂と人形を両手で弄びながら、夕真くんがうっとりとした表情でつぶやく。その目はしっかりと人形の目を見つめていた。人形のほうも、夕真くんのことをじっと見ているようで、思わず「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。
「ぼくはずっとママといるんだ」
そもそも普段からおとなしく口数の少ない夕真くんが、こんなふうに連続で喋っているところを初めて目にした。私は綾瀬先生と目を合わせて、困惑気味に「どうしましょう」と尋ねる。
綾瀬先生はそっとしゃがみ込み、夕真くんに話しかけた。
「ママと一緒にいるんだね。よかったね」
「うん!」
もう、無理やり人形を取り上げるのは諦めたらしい。「みんなにバレないように教室に行こうか」とささやく。そのまま彼女は、人形を握りしめてきらきらと瞳を輝かせる彼とともに、なのはな組の教室へと戻っていった。
先週は夕真くんのことで何かと神経疲れしていたが、土日には家族で水族館に行って、かなりリフレッシュすることができた。娘の美奈が大きな川魚を見てはしゃいでいるところを見ると、なんだかほっとさせられた。私の日常は家族が笑ってくれる日常だと改めて実感させてくれたから。
「おはようございます」
朝十時に教室に入った私は、夕真くんがきちんと自分の席に座っているところを見てなぜだかほっとする。金曜日は家の用事で休んでおり、どういうわけか彼がそのまま消えてしまうんじゃないかという不安に駆られていたから。
が、ほっと安心したのも一時のことだった。
「夕真くん!」
園庭での自由遊びの時間に、どこからともなく綾瀬先生の鋭い声が飛んできてはっと振り返る。綾瀬先生は、砂場でしゃがみこむ夕真くんのそばで彼を見下ろしていた。
どうしたんだろうと様子を窺っていると、夕真くんが砂でつくった山から見慣れた人形を取り出すのを目にした。
瞬間、背筋が底知れぬ恐怖に粟立つ。
なに……なんで……?
私は慌てて彼のところに駆け寄った。「どうしてまた持ってきたの!?」と半狂乱になって叫ぶ。本当は冷静に聞かなくちゃいけない場面なのに、頭が真っ白になってしまっていた。
「ママが持っていっていいって言ったから」
「ママが……?」
「うん」
夕真くんは私と目を合わせない。
「ほ、本当にママがいいって言ったの……?」
「そうだよ。これを持っていたらずっとママと一緒にいられるからって」
「そんな」
信じられなかった。だって、前回夕真くんのお母さんに会った際に直接注意をした。夕真くんのお母さんは心底申し訳なさそうに謝って「持ってこないように注意します」と言ってくれたじゃないか。あのひとが、嘘をつくようには見えない。
「ずっとさみしかったけど今日からさみしくないんだ」
砂と人形を両手で弄びながら、夕真くんがうっとりとした表情でつぶやく。その目はしっかりと人形の目を見つめていた。人形のほうも、夕真くんのことをじっと見ているようで、思わず「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。
「ぼくはずっとママといるんだ」
そもそも普段からおとなしく口数の少ない夕真くんが、こんなふうに連続で喋っているところを初めて目にした。私は綾瀬先生と目を合わせて、困惑気味に「どうしましょう」と尋ねる。
綾瀬先生はそっとしゃがみ込み、夕真くんに話しかけた。
「ママと一緒にいるんだね。よかったね」
「うん!」
もう、無理やり人形を取り上げるのは諦めたらしい。「みんなにバレないように教室に行こうか」とささやく。そのまま彼女は、人形を握りしめてきらきらと瞳を輝かせる彼とともに、なのはな組の教室へと戻っていった。



