トップノートの香りと君と―焙煎部の恋―




 静けさの中でしか気付けない価値がある。
 俺は夜の静寂の中で、そう思った。
 好きな人と一緒に本を読みながら珈琲を飲む。
 真夜中に飲む珈琲が俺たちの睡眠を奪うのを、今の俺は希求している。
 眠らずに、このまま朝を迎えられたら。

 文化祭のとき。
 俺は自分の気持ちを伝えて、何等かの想いが伝われば、そのあとに一緒に本を読めたらいいなって思っていた。
 文学少年になった気分で。
 先輩が好きな本を教えてもらったり、俺がいいなって思った部分を一緒に読んでもらったりできないかなって。
 大島先輩が西島先輩に告白したことで、その思いが吹き飛んでしまっていた。
 そのことを正直に言って(また素直でいいなって言われて)、クリスマスイブに一緒に本を読んでいる俺たち。


「先輩。もうページめくっていい?」
「うん。三木は気にせずに自分のペースで読めよ」
「読むの早いほう?」
「俺は一度読んでるし。さっと読んで、あとは本を読んでる三木を見てる」
「…いや。俺を見ないで。恥ずかしい」
「いや。見たい」

 西島先輩のベッドの上で、壁に背をつけて二人して足を延ばして一冊の本を覗き込むようにして読んでいた。昔、絵本を姉の史帆に読んでもらうときにしていたような恰好で。
 西島先輩に触れていた左肩や左の太腿をそっと離す。
 西島先輩が俺を見ているのを左頬で感じながら、俺は右手に持っていたマグカップの珈琲をそっと飲んだ。
 最後のひとくちに、ひさしぶりに俺は深い苦味を感じた。
 その苦味を味わってから、俺はまた先輩に体を寄せる。
 引いては寄せる波のように。
 真夜中に飲む珈琲は初めて。
 西島先輩の部屋で飲む特別な珈琲。
 二人を纏う珈琲の香り。
 深煎り珈琲は、ヘーゼルナッツやカラメルを思わせる甘い香りを漂わせていた。



「西島先輩。俺と海に行かない?」
「海?」
「うん。一緒に海辺を歩きたいな」
「いいね。どこの海に行こうか?」
「ほんとだ。どこの海にいこう?」
「俺はどの海でもいい。三木は?」
「西島先輩とだったら。どこでも」

 俺が真面目に答えると、先輩は目を細めて笑う。

「一緒に歩く海を考えるっていう楽しみが、また新たに出てきた」
「ほんとですね。俺はとことん楽しんで考えてみる」
「そうして」



 夜明けまで二人でくっついて本を読めるのか、途中で寝落ちしちゃうのか、俺には分からなかったけれど。
 どちらにしたって俺にとっては贅沢な時間だ。


 今までの人生で、いちばん素敵だと思うクリスマスプレゼントだった。