祗園青空下上ル〜人嫌いの俺がくちづけするまでの、怒涛の七十七日〜

 


   君を見た。
   ほんの少しだけ。


 大学は6月の雨に閉じ込められた生徒の気配が満ちている。
 そんな教室が息苦しくて俺が渡り廊下に出た時、蒔田の横顔が遠くに見えた。
 肌寒い一日だったからか蒔田はカーキ色のフード付きのコートを羽織っている。柵にもたれて、2階の高さの渡り廊下から小雨の中を歩く生徒たちを眺めているようだった。
 

   コートのポケット。
   出した右手。
   文庫本の表紙のイエロー。

 
 蒔田が視線を遠くから自分の右手に移したのが分かった。目線が下がる。小説か何かを手にしている?
 俺は蒔田がポケットから出したのがスマホではなく、小さな本だったことで相手への好ましさが増した。
 1割くらい。
 また恋心の増加。
 もう止めてほしい。
 比例してしんどさも増すに決まっている。
 そして。
 俺の病も深刻に、なる。

「おはよう」

 俺から声を掛けたのは初めてだった。
 蒔田がひどく驚いたような顔をしてこっちを見る。
 俺の顔を黙ったまま見た。
 見開いた瞳がゆっくりと細くなって、今まででいちばん大きな笑顔を見せた。

「…なんでそんなに嬉しそうなン」

 なんだか俺は胸が詰まってしまって、突っかかるような言い方をしてしまった。

「嬉しいんだ。会えるかもしれないと期待はしてたけど、アンタから声掛けてもらえるとは思わなかった」

 蒔田が惜しげもなく極上の笑顔を向けてくる。
 あかん。
 今日も工芸品なみに綺麗やわ。
 俺は諦めた。
 きっと病が進行している俺は、今日何かをくちばしってしまうだろう。そう思った。
 もうえぇわ。

「…まぁ。開国したことやし」
「え?何?」
「こっちの話」
 シュウに言われた俺の鎖国のハナシをしていると収集がつかなくなる。
「何を読んでたん?」
 俺が蒔田の右手を見て尋ねると、蒔田も視線を手元に落とした。
「あぁ…これ。向田邦子の脚本」
「脚本?…小説じゃないんや」
 蒔田の大きな手に包まれて、文庫本は小さく見えた。黄色い菊のような花が描かれた表紙。
 俺は珍しく自分から蒔田に近寄った。普段、ここまで距離を縮めたことはない。
 そんな俺を見て、蒔田はまた少しだけ目を細めて笑う。
「どんな本なン?」
「すごいよ。表向きの顔とは別に姉妹四人それぞれが裏の顔を持ってるってハナシ。のっぴきならない男と女の問題を抱えてて。女に潜む阿修羅の顔を辛辣かつ愛おしく描いた向田作品の真骨頂って言われてる」
「…こっわ」
「怖いよな。女のことはよくわかんないけど」
 蒔田の言葉を聴いて、じゃあ男と男の問題だったらわかるン?と尋ねてしまいそうになった。

 高校時代の蒔田が好きになった男との問題。
 エビアンを持つ手も好きだと思った男。
 まるごと好きだと思えた男。

 俺は胸が痛くなって蒔田から顔を背けた。

「誰かが誰かを愛して、そして愛されてハッピーエンドって話も嫌いじゃないけど。人生はおとぎ話じゃないだろ。相手と両想いになったとしても、そこから深めていけるかが大切だから」
 左頬で聴いた蒔田の“ 両想い ”という言葉がガラスみたいに俺の心臓を突き刺す。
 両想いになったとしても?
 えらい簡単に言うんやな。
「…俺は今、自分が怖い」
「文哉。どうした」
「今。すごくあなたに腹が立った」
「え?俺に?俺、何か失言した?」
「失言してへん。きっと俺の問題」
「気になる。話してよ」
「きっとうまく言えへん」
「いいじゃん」
「…前もそんなふうに軽く言った」

―友だちじゃないって言いたいんだったら。俺を恋人にしてくれる?
 
―恋人作るなとは言われてないんだろ。きっと。

―だったらいいじゃん。

「俺はもうかなり重症。蒔田くんが作詞するのってどんな感じなんやろって思ってたら心の中で妄想小人が作詞はじめたし」
「…え?」
「もともと俺は変やからマイナス(かける)マイナスでプラスになるかと思ったけど、どうもマイナス(たす)マイナスで変なとこに深みが出たみたいやし」
「文哉?」
「俺はあなたから尋ねられたことに、逆に心であなたに何度も尋ね返してて苦しいし」
「文哉…」
 そう。
 何回も妄想トークをした。
 蒔田に尋ねられた俺は、質問を質問で返す。

―だったらいいじゃんって何なン。
 だったら。じゃなくて。
 そうじゃなくても。
 どんな状況でも。
 俺がどれだけ変人でも。 
 蒔田くんは、俺を恋人にしてくれるん?
 
 きっと俺は苦しそうな顔をしていたんだろうと思う。蒔田が真面目な顔をして、右手を伸ばして俺の左頬に触れようとした。
 俺は慌てて身を翻す。
 触れられるのが怖い。自分がどうなるか想像できない。
 シュウが揶揄する、あの“ 鎖国 ”状態に、俺がまた戻る?
 …それはないか。
 心の中に綺麗なものが溢れて胸が苦しいのに、前に一人で過ごしていた静寂を恋しく思う自分はいなくなってる気がするから。
 
「文哉ちょっと外を歩こう。次の授業サボってさ」
「雨降ってるやん」
「文哉の中にいる妄想小人は雨が嫌い?」
「嫌いじゃない」
「それは良かった」
 良かった?
 いや。
 良かった、ちゃうやん。
 何で妄想小人トークができてんねん。
 やっぱり詩人は(ふところ)が深すぎる。
 俺は少しぼんやりとしていたかもしれない。授業をサボってと言われて自然に同意した自分に驚きもしなかったのだから。 
 大学生になって、授業に出なかったことは今までなかった。学校をサボタージュしてやりたいことなんて、何もなかった過去の俺。そんな過去は、たった3カ月前のことだけど、蒔田に会ってからの数か月で俺は嵐に呑まれたみたいに翻弄されていたから遠い昔のことのようにも思える。

 蒔田が歩き出したので、俺も同じリズムで歩く。
 蒔田の左側。
 今日つけてるピアスが初日に蒔田がつけていたピアスと同じだということには、「おはよう」と俺が言った1秒後に気付いていた。
 その時に無意識に自分でも覚悟をしたのかもしれない。
 俺の運命を変えてしまった、このピアスに俺は自分の恋心を聴かせることになるんだろうって。


「俺の一方的な文哉との逢初(あいぞめ)は夏だった」

 大学の正門を出て、他の学生のざわめきが後退したタイミングで蒔田が呟いた。
 俺は傘の淵から落ちる雨粒を追っていた視線をあげ、右隣の蒔田を見る。
 透明な傘をさしている俺と、黒い折り畳み傘を広げている蒔田との間には、2つの傘の半径ぶん距離が空いていた。俺はなぜか晴れた日の距離感が恋しくなる。
 いつの間に、誰かと近い距離で歩くという行為に俺は馴染んでいたんだろう。

「あいぞめ?」
「ファーストコンタクトのこと」
「なんで古文から英文になんねん」
「表現が詩的って言ってほしい」
「詩的過ぎて伝わらんやん」
「文哉はその時、着物だった」
「…え。俺が着物?…いつの話してるン?一方的なあいぞめってどういうことなん」
「文哉が初めて自分から俺に声掛けしてくれたら、この話を打ち明けようと思ってたんだ」
「なんか聴くの怖い」
「文哉は今日は今までになく喋るし、怖いって何回も言うし、俺は安心する」
「なんでやねん」
「クールビューティからの脱却。人間味の増加」
「…なんの話してんねん。意味わからん」
「あの時。文哉は俺が見ていることなんて気づきもしなかった。誰のことも見ていなかった。俺は若い男の着物姿を初めて見て。半端なくクールだと思った」
「夏に着物…。2年前の話?あのオープンキャンパスに蒔田くん来てたンや」

 俺は高校3年生の夏の一日を思い出す。
 先月みたいに伯母に着流しを着せてもらった朝。
 三十三間堂に入ろうとする観光客に注目されて、俺は居心地が悪くて。
 その時の緊張感を思い出していると、着物を自分で脱いで蒔田の服を着て帰宅した夜のことも併せて心に浮かんできた。蒔田の香りは消されているのに、何故か大きな手に包み込まれているような気配がして。頬骨あたりの熱を両手で感じながら一人で悶えていたっけ。
 誰かが俺を見て、ヤバいヤツやって怯えたかもしれへん。
 
「文哉のこと、芸大生だと思った」

 蒔田の言葉で我に返った。
 俺たちは七条大橋まで来ていた。
「まさか。浪人覚悟してた受験生やったわ。俺の師匠がオープンキャンパスにゲストで呼ばれてて。俺は荷物持ちしてただけ」
 このまま橋を渡って東山の方に向かうと、蒔田の住むシェルブルー東山まで5分くらいで着く。
 それでも蒔田は東山には向かわず七条大橋横の階段を降りていったので、俺も傘をさしたまま蒔田の背を追った。
 鴨川が真横に流れている。
「蒔田くん。浪人生やったん?」
 俺が尋ねると、蒔田が振り返って笑った。
「俺。社会人してたんだ」
 蒔田が軽く返した返事に俺はびっくりした。
「えっ?」
 社会人だった?
 俺は誰とも交流しないまま高校を卒業してしまったけれど、社会人になる同級生はいなかったと思う。大学、専門学校、あとは浪人生。
 2歳上ってだけではなく、かつて大人として働いていたという経歴を聴いて、俺は蒔田のことを本当に何も知らないんだと思い知らされた。
 俺たちは雨の降りしきる鴨川に沿って、傘を並べて北に向かって歩く。
 雨の日だから、今日は鴨川沿いを歩く観光客はまばらだった。
「俺が働いてた話は、また今度な」
「…聴きたいわ」
「そう言ってくれてありがとう」
「…俺。蒔田くんのこと何も知らんやん」
「今まではそれで良かったんだろ」
「…うん」
「でもそうじゃなくなったんだな」
「…うん」

 雨が降っているのにウィンドブレーカーも身に着けずにTシャツだけで走っている若い男が近付いてきた。
 留学生かもしれない。日本人ではない風貌で、背が高い俺たち二人を優に超す高身長だった。
 五条大橋が近く、川沿いの道が細くなりかけたところで相手とすれ違うことに気付いた俺は素早く傘を閉じた。
 若い男は俺を見て「メルシー」と言って一瞬微笑み、風のようにすり抜けて行く。
 メルシーって何やっけ。
 お菓子の名前やったっけ。
 ちゃうやん。
 あれはチェルシーやん。
 俺はシュウと会話するように、一人で心の中で馬鹿なことを言っていた。
 そうしないとやり過ごせなくて。
 蒔田が話すことが核心に近付いてきたように感じて俺の呼吸が浅くなってきたから。

―ふみは緊張したら(たましい)とばすよな。さらに変なこと言い出すからすぐに分かるわ。

 シュウによく言われた。
 そう、まさに今みたいに。
 体の力を抜くために、少しだけ目を閉じていると前髪に落ちてきていた小雨の冷たさが消えた。
 目を開けると蒔田が自分の傘を俺にさしかけてくれていた。
 俺の右肩が、もう少しで蒔田の左肩に当たりそうになって。俺はまた慌てて体を逸らせる。
 悲しいけれど、人と触れ合うという行為に、安心できない。シュウ以外は、まだ。

「着物を着ている文哉を見て、俺は」

 傘が一つ消えた分、距離が一気に近くなって蒔田の体温が伝わってくるようだった。
 俺は恐る恐る、蒔田の目を、見た。

「あっけなく恋に落ちた。出逢えていない20年がもったいないと思うくらいに」

 蒔田が静かに手渡してきた言葉で、俺は足を止めてしまった。体がこわばり、体温が急激に上昇した。
 熱いほうじ茶を顔面にかけられたみたいやな…と、頭の片隅で妄想小人が俺をからかいはじめる。

「蒔田くん。俺のこと好きなン?」
「そう」
「俺、あなたが好きやのに」
「文哉も俺が好き?…だと思った。予感が当たった」
 蒔田がうっれしそうに笑う。
 俺。
 さっきさらっと言ったな。
 好きやって言葉。
 え。
 こんなに簡単に言っていい言葉なン?
「…あかんやん」
「あかん?…駄目って何が?」
「両想いってやつやん」
「俺は嬉しい」
「…俺はムリ」
「…は?」
「誰かを好きってだけで死にそうやのに。両想いなんかになったらどうなるん?」
「どうなるって。好きな気持ちが深まって熟成していくじゃん。先は長いんだからじっくりとさ」
「深まって熟成って。俺は…」
「文哉が伝統工芸に夢中なのもスキンシップが駄目そうなのも理解してるつもり。俺はあんたを触りまくりたいけど文哉のペースを尊重するから」
 黒い傘を前に傾け、蒔田は前からくる二人連れから俺たちが見えないようにして顔をそっと近付けてきた。
 触れるか、触れないかギリギリの距離で俺の左頬の当たりに唇を近付ける。
 俺は心臓が止まりそうになった。 
 …無理。息の根が止まる! 
 俺が頬骨の当たりの熱を感じてギュッと目を閉じると、自然と涙が滲んできてしまった。恥ずかしいけれど幼子みたいに打ち震えてしまう。
 蒔田は、きちんとストップをかけた。
「入学して文哉を見つけてから一年待って声掛けたんだ。待つのには自信がある」
「…待つって何を」
「俺が文哉にあれやこれやするのを」

 蒔田がこう言ったタイミングで、俺の右眼からひとすじの涙が右頬に落ちた。
 俺、大人になってから泣いたことあったっけ?

「…今、なんか耳にしたらあかん言葉を聴いてしまった気がする」
「文哉が俺を恋愛対象にしてくれたのが奇跡だって思う。文哉はバイ?それともゲイ?」
「…えぇ。弟以外のニンゲンがあかんかったから。そんなん分からん…」
「かなり独特だよな」
「狭いとこ好きやし妄想小人も俺の中に住んでるし」
「俺は文哉が突然スマホを地面に埋めはじめたとしても受け入れるよ」
「…そんなことせぇへんわ」
「俺が文哉と寝てるときに修哉が入ってきて川の字で寝ることになってもいいし」
「なんの話してんねん…」

 俺は不思議な気がした。
 さっき互いに相手への愛を打ち明けあったよな。
 そういうときってあれちゃうん。
 なんか激情に溺れてどうのこうのとか。
 さっき蒔田くんに触れられそうになって一瞬殺されかけたけど。
 俺、今はなんか体の力が抜けてるやん。
 そう思いながら、俺は慌ててゴシゴシ右頬を拭って涙の痕跡を抹消した。

「ところで俺たちどこに向かってるん?」

 蒔田の傘に入ったまま、俺は視線を北に向けた。
 鴨川が梅雨の優しい雨粒を集めて静かに流れているのを右側に見ながら、俺は五条大橋を見上げる。
「文哉が辛いものでも食べれるんだったら四条の熱帯食堂に行きたいな。ランチしよ」
「熱帯…。肌寒いから温かいとこ嬉しいけど。暑そうなネーミングの店やなぁ」
 俺は右腕が蒔田に触れないように気をつけながら歩いた。左肩が小雨で冷たくなっているけど蒔田に触れて俺がバグるよりは、いい。
 雨に濡れて冷えるほうがいい。
 今から、熱帯に行くらしいし。

「タイ料理うまいよ」
「タイって熱帯の国なんや」
「うん。異国の料理好きなんだ。口にすると現地で語られてる言葉の響きとか景色に含まれる彩や湿度とか。風の匂いとかに包まれてる気分に浸れる。最高」
「…変わってる」

 瞬時、どの口が言うねん…と俺は俺自身に突っ込んだ。

「だから俺レアだって前に言ったじゃん」
「…そういう意味やったん」
「希少価値って意味じゃない。まぁ俺バイだから性的指向はマイノリティだよって文哉に伝えたかったこともあるんだけど」
「……」
「熱帯食堂に着いたら、文哉のために作った詩を見せる」
「え?…作ってくれてたん?」
「うん。短い詩って感じかな」
 蒔田は傘を持った左手越しに俺の顔を覗き込むようにして動きを止め、大きくニコッと笑った。
 左耳の銀色のピアスと蒔田の笑顔の相乗効果で、俺はまた心臓をやられかける。
 首筋と頬が熱を持つ。


 熱帯食堂じゃなくて、亜寒帯食堂に行かな…。
 えっと。
 ツンドラ…ってなんやっけ。
 ツンデレって言葉に似てる。


 俺は本日二度目に魂を飛ばしかけた。
 


▦ ▦ ▦



  まだ触れさせてくれない君は
  流れる
  緑色の葉のようにすり抜けて
 
   舞える
   filamentとstaple
   その織の片隅を
   掴みたいと思った

    晴れる
    道に 雨降る夜に
    君とどこまでも歩きたい
    五センチ底上げされた目線の君と

        ―流れる、舞える、晴れる



「蒔田くん…」
 俺は蒔田の手書きの詩を見て、なんだかワケの分からない感情が渦巻いて言葉が出せなかった。
 熱帯食堂のテーブルに両肘を付き、俺は両手で自分の顔を覆う。
 そっと外を見る。
 左側のガラス窓。
 俺はビル7階分の高みから、今度は四条大橋を見下ろしていた。
 『流』『舞』『晴』
 三つの言葉が使われている。
 俺。
 三つの銀色ピアスを作ってみようかな。
 形が違うやつ。
 『流』は流線型のデザインにしようか。
 水の流れ。
 光の流れ。
 何か動きのあるものの軌跡。
 甘く香る匂いの軌跡。
 葉の上の雫が落ちていく動き。
 他には?
 『舞』はなんやろ。カタチは丸みを帯びたイメージ。今日五条大橋見たけど。義経が牛若丸やったとき母の常盤御前が「淋しくなったら父上の形見の、この横笛を吹きなさい」と言って渡した薄墨の笛を吹いてたとき。弁慶に刀取られそうになってひらって舞った、あのイメージ。綺麗な動きを表現して。
 『晴』は…いちばん難しい。
 でも、言葉の響きが明るい。眩しい太陽。太陽は丸いけど光は尖ってる。晴れてきらきらしている光景は四角か菱形みたいなイメージやなぁ。

 俺は目の前に蒔田がいるのを束の間、忘れた。

 急速に創作意欲に火がついたというか、心の螺子(ネジ)が巻かれたというか。
 ワクワクと俺の生命の螺子がフルスロットルで巻かれ始める。
 ギリギリと音が聴こえてくるぐらい。

 『流』はシルバー950を使おう。シルバーの合金以外、俺には考えられない。
 純銀にしたいくらいだけど、強度を増すためにほかの金属を混ぜるとして…。
 たぶん、だいたいは銅を混ぜるよな。(すず)は使えへんやろか?
 『舞』はシルバー925で作ろうか。
 …いや。やっぱり3つ全部シルバー950にしよ。
 あの銀色がいちばん似合うと思う。
 蒔田くんに。
 キャッチや引き輪などの金具は、既製品のシルバー925にしたらいい。
 秋田銀線細工。あれも美しかったなぁ。純銀線を素材に作られる繊細な金工技法。0.2mmの線を2~3本撚り合わせるやなんて、匠やん。
 俺も、匠になりたい。

「晴れる…は」
 言葉とは真逆の雨降りを窓から見ながら、俺がつい口に出してしまったタイミングで料理が運ばれてきた。
 前を向いた俺は、蒔田が俺の顔を微笑みながら見つめている視線とぶつかり、覚醒した。
 熱帯食堂に漂うスパイスの香り。
「蒔田くんお勧めのこれ。真っ赤やん」
「トムヤムクンの麺だから赤くて正解」
「…5㌢底上げって。俺のスニーカーの厚底暴露やん」
「ふはは。俺は文哉のスニーカーのおかげで背が伸びた気分を味わえたから感謝してるんだ」
「ありがとう」
「俺の背が文哉より5㌢高いこと?」
「ちゃうわ!」
 詩を作ってくれたこと。それが俺をインスパイアさせるけと。俺にしか分からない言葉が散りばめられていること。掴みたいと言ってくれたこと。
 俺とどこまでも歩きたいと言ってくれたこと。
 俺を好きになってくれたこと。
 全て。
 それらのことで俺はこんなにも多幸感に包まれている。

「わかってる。冗談だって。食べて(ぬく)まろう」

 蒔田が目を細めて優しく笑った。

 あかん。
 倒れそう。
 ひざまずいちゃうほどの恋、してもうたやん。
 どうしてくれるん。