◆
吉良さんと出かけ、家に帰ってすぐのことだった。
私のスマホに夢奏からメッセージが届いていた。
――りりあー
――――どうしたの?
――ストナウの投稿、忘れたー?
流れるようにメッセージを返信していたけれど、そのワードを見て、手が止まった。
私の投稿は、こうして誰かに見張られている。
それを恐ろしく思うと同時に、藍川莉々愛として、あの瞬間を切り取らなくてよかったと安心した。もしあの時間を切り取っていたら、この程度のメッセージでは済まなかっただろうから。
――――うん、気付いたら時間がすぎてた。
――そっかあ。
夢奏はそれに続けて、寂しそうな表情をした女の子のスタンプを送ってきた。理由を追及されては困ると思ったけれど、それでメッセージは止まった。
だから私は、気を抜いていたのかもしれない。
◆
「莉々愛、どうして昨日、ストナウの投稿しなかったの?」
翌朝、夢奏は開口一番にそう言った。その表情には寂しさと、若干の怒りが入り混じっているように見える。
理由を聞くなら、直接。
そう思ったのだろうか。どうせ聞くなら、昨日メッセージで聞いてほしかった。文字なら、表情を隠す必要がなかったから。
それにしても、教室で詰め寄られてしまったことで、何人かの視線を集めている。それが藍川莉々愛への関心度を示しているようで、ますます誤魔化さなければと笑顔を作った。
「昨日はその……通知に気付かなくて」
本当のことなんて、言えない。
だけど、どうやら上手に笑顔が作れなかったらしく、夢奏は疑いの目を向けている。
「ならいいけど……昨日はなにしてたの?」
さも当然のように、夢奏は聞いてきた。
秘密にするという選択肢は、私にはなさそうだ。
これが、Story Nowの影響だろうか。どんどん、ひとりの時間がどんどん侵略されていく気がする。みんなに全部さらけ出さないと、許してもらえない。そんな空気が流れているような気がした。
「昨日は……」
素直に言うしかないのか。
でも、昨日私がなにをしていたのかなんて、遥香と吉良さんしか知らないはず。だから、多少嘘をついてもいい気がする。
……いや、Story Nowで吉良さんをフォローしている人は知っているのか。
だとしても、夢奏は吉良さんのことを知らないのだから、真実を言う必要はない。
なにか、適当な嘘を。
考えを逡巡させた、そのときだった。
「……デート」
私が作り出した妙な間に、冷たく低い声が続いた。こちらに関心を向けていたクラスメイトの空気が固まる。
そのワードは、遥香と話したものだ。だから、一瞬、遥香が言ったのかと思った。
だけど、教室という目立つ場所で、遥香が私に関わってくるわけがない。
そう思うのに、それを言えるのは遥香以外にいるとは思えなくて、恐る恐る視線を上げる。
その途中で視界に入ったのは、金色の髪。つまり、そこにいたのは、鈴ちゃんだった。
「スズちゃん!」
夢奏は鈴ちゃんの登場に明るく反応したけれど、少しずつ表情が静かになった。
「……って、今、なんて?」
夢奏が尋ね、私は息をのんだ。どうか、聞き間違いであってほしい。心の中でそう願った。
「王子とデートって言ったの」
私の願いなど届かず、鈴ちゃんははっきりと言った。
……王子?
「唯人さんとのデートは楽しかった?」
鈴ちゃんは私のほうを向いて、にっこりと笑った。見慣れた笑顔のはずなのに、背筋が凍る。
繋がってるかも、なんて、そんなぬるい話ではなかった。吉良さんは、鈴ちゃんがずっと追いかけていた王子様本人だったんだ。
それを理解した瞬間、私はとんでもないことをやってしまったんだと理解した。
あのとき、雰囲気に飲まれ、流されなければ。自分の選択ができるくらい、私が強ければ。
こんな事態にはならなかっただけに、今までにないくらい後悔した。
「鈴ちゃん、私……」
慌てて説明しようにも、思い浮かぶのは言い訳だと切り捨てられる理由ばかり。そのせいで、上手く言葉が紡げない。
「ん? あ、ごめん、怒ってるとかじゃないからね? ただ、びっくりしたっていうか……ほら、推しに恋人とかさ、簡単には受け入れられないっていうか」
鈴ちゃんはぎこちなく笑った。
――イケメンは目の保養。遠くから見るに限るんだよ?
少し前、鈴ちゃんはそう言っていた。だけど。
「でも、唯人さんの相手が莉々愛でよかった。めちゃくちゃお似合いだよ」
私には、その言葉が本心のようには思えなかった。
だって、目が笑っていない。
「ねえ、待って!? 莉々愛、彼氏ができたの!?」
すると、私たちの間に流れる張り詰めた空気を、夢奏が叫んで壊した。
そして私は、夢奏以外にも、この話題に興味を抱いている人がいることに気付いた。
「えっと……」
戸惑いながら、鈴ちゃんを見た。鈴ちゃんが吉良さんの話を聞きたくないと言ってくれれば、話さずに済む。
「ほら、見せてあげなよ。唯人さんとのデート写真。ストナウに上げてないだけで、撮ってるんでしょ?」
そんな魂胆を見抜かれてしまったのか、鈴ちゃんは私が期待したものと真逆のことを言った。そのせいで、夢奏の期待に染った目が私を捉えた。
この目には弱いのに。
「……ごめんね、夢奏。写真、撮るの忘れちゃって……」
写真を撮っていないというのは、事実だ。
だけど、これまでの動揺から、上手く笑えない。
「えー?」
夢奏はわかりやすく頬を膨らませた。
「莉々愛の彼氏がどんな人なのか、見たかったのになあ」
「あれ、ユメに唯人さんの写真見せたことなかったっけ」
「んー……ないと思う!」
鈴ちゃんが手招きすると、夢奏は鈴ちゃんのそばに寄り、鈴ちゃんのスマホを覗き込んだ。
だけど、そんなこときにしていられなかった。
吉良さんの写真を持っているくらい、鈴ちゃんが吉良さんのことを好きだなんて、知らなかった。知っていたら、私は……
「なんの騒ぎ?」
ふと、眠そうな声が聞こえてきた。声の主であるゆきちゃんは、どこか興味なさそうに欠伸をしている。
「ゆっきー、莉々愛に彼氏ができたって、知ってた!?」
夢奏は挨拶よりも先にそう言った。
すると、ゆきちゃんの表情が一瞬固まった気がした。
「……知らなかったな」
ゆきちゃんの視線が私から鈴ちゃんへ動く。
その表情に隠された感情は、私には読み取れなかった。
◆
その日、Story Nowの通知が届いたのは、夜だった。
今日もまた、気付かなかったフリをして寝てしまいたい。だけど、昼間の夢奏からの尋問を思い出して、仕方なくアプリを開いた。
写真を撮る用のスペースにいつも通り、見せかけの本を置く。
こんな作業的に切り取られた日常、誰が興味あるんだろう。そんなことを思いながら、一枚ほど写真を撮った。
それを投稿して、夢奏たちの投稿を見に行く。夢奏の自撮り、鈴ちゃんの一行日記。吉良さんの、大学の友達と遊びに行っている様子。ゆきちゃんの投稿が上がらないということは、もう寝てしまったのかもしれない。
そうして一通りみんなの投稿に目を通して、アプリを閉じようとしたときだった。
画面の上のほうに、上矢印と新しい投稿というお知らせが表示された。それが最後だろうと、新規投稿を確認するために、タイムラインを更新する。
表示されたのは、初期アイコンのアカウント。アカウント名は“Y”。
その投稿を見た瞬間、手からスマホが落ちた。
私は今、なにを見た? いや、きっと、見間違いだ。そうに違いない。
自分にそう言い聞かせ、恐る恐る床に落ちたスマホを拾い上げると、もう一度その画面を見た。
――今日は藍川莉々愛とその取り巻きが鬱陶しかった。誰も藍川莉々愛のこと好きじゃないのにね。自分が好かれてるって勘違いしてる、可哀想な人。
やっぱり、気のせいでも見間違いでもなかった。
これは、私に向けられた悪意だ。
それを理解した途端、息が止まった気がした。指先が震え、上手くスマホを操作できない。
“Y”が誰なのか気になって、プロフィールに飛ぶ。フォロー数も、フォロワー数も1。つまり、これを見たのは、私だけ。
“Y”は、私が確実に見るとわかっていて、これを投稿したのだ。
「誰が、なんのために……」
考えようにも、頭が回らなかった。とりあえずスクリーンショットでその投稿を記録しようとしたけれど、アプリの構造上、それはできなかった。
私は得体のしれない悪意に怯え、気付けば朝を迎えていた。
吉良さんと出かけ、家に帰ってすぐのことだった。
私のスマホに夢奏からメッセージが届いていた。
――りりあー
――――どうしたの?
――ストナウの投稿、忘れたー?
流れるようにメッセージを返信していたけれど、そのワードを見て、手が止まった。
私の投稿は、こうして誰かに見張られている。
それを恐ろしく思うと同時に、藍川莉々愛として、あの瞬間を切り取らなくてよかったと安心した。もしあの時間を切り取っていたら、この程度のメッセージでは済まなかっただろうから。
――――うん、気付いたら時間がすぎてた。
――そっかあ。
夢奏はそれに続けて、寂しそうな表情をした女の子のスタンプを送ってきた。理由を追及されては困ると思ったけれど、それでメッセージは止まった。
だから私は、気を抜いていたのかもしれない。
◆
「莉々愛、どうして昨日、ストナウの投稿しなかったの?」
翌朝、夢奏は開口一番にそう言った。その表情には寂しさと、若干の怒りが入り混じっているように見える。
理由を聞くなら、直接。
そう思ったのだろうか。どうせ聞くなら、昨日メッセージで聞いてほしかった。文字なら、表情を隠す必要がなかったから。
それにしても、教室で詰め寄られてしまったことで、何人かの視線を集めている。それが藍川莉々愛への関心度を示しているようで、ますます誤魔化さなければと笑顔を作った。
「昨日はその……通知に気付かなくて」
本当のことなんて、言えない。
だけど、どうやら上手に笑顔が作れなかったらしく、夢奏は疑いの目を向けている。
「ならいいけど……昨日はなにしてたの?」
さも当然のように、夢奏は聞いてきた。
秘密にするという選択肢は、私にはなさそうだ。
これが、Story Nowの影響だろうか。どんどん、ひとりの時間がどんどん侵略されていく気がする。みんなに全部さらけ出さないと、許してもらえない。そんな空気が流れているような気がした。
「昨日は……」
素直に言うしかないのか。
でも、昨日私がなにをしていたのかなんて、遥香と吉良さんしか知らないはず。だから、多少嘘をついてもいい気がする。
……いや、Story Nowで吉良さんをフォローしている人は知っているのか。
だとしても、夢奏は吉良さんのことを知らないのだから、真実を言う必要はない。
なにか、適当な嘘を。
考えを逡巡させた、そのときだった。
「……デート」
私が作り出した妙な間に、冷たく低い声が続いた。こちらに関心を向けていたクラスメイトの空気が固まる。
そのワードは、遥香と話したものだ。だから、一瞬、遥香が言ったのかと思った。
だけど、教室という目立つ場所で、遥香が私に関わってくるわけがない。
そう思うのに、それを言えるのは遥香以外にいるとは思えなくて、恐る恐る視線を上げる。
その途中で視界に入ったのは、金色の髪。つまり、そこにいたのは、鈴ちゃんだった。
「スズちゃん!」
夢奏は鈴ちゃんの登場に明るく反応したけれど、少しずつ表情が静かになった。
「……って、今、なんて?」
夢奏が尋ね、私は息をのんだ。どうか、聞き間違いであってほしい。心の中でそう願った。
「王子とデートって言ったの」
私の願いなど届かず、鈴ちゃんははっきりと言った。
……王子?
「唯人さんとのデートは楽しかった?」
鈴ちゃんは私のほうを向いて、にっこりと笑った。見慣れた笑顔のはずなのに、背筋が凍る。
繋がってるかも、なんて、そんなぬるい話ではなかった。吉良さんは、鈴ちゃんがずっと追いかけていた王子様本人だったんだ。
それを理解した瞬間、私はとんでもないことをやってしまったんだと理解した。
あのとき、雰囲気に飲まれ、流されなければ。自分の選択ができるくらい、私が強ければ。
こんな事態にはならなかっただけに、今までにないくらい後悔した。
「鈴ちゃん、私……」
慌てて説明しようにも、思い浮かぶのは言い訳だと切り捨てられる理由ばかり。そのせいで、上手く言葉が紡げない。
「ん? あ、ごめん、怒ってるとかじゃないからね? ただ、びっくりしたっていうか……ほら、推しに恋人とかさ、簡単には受け入れられないっていうか」
鈴ちゃんはぎこちなく笑った。
――イケメンは目の保養。遠くから見るに限るんだよ?
少し前、鈴ちゃんはそう言っていた。だけど。
「でも、唯人さんの相手が莉々愛でよかった。めちゃくちゃお似合いだよ」
私には、その言葉が本心のようには思えなかった。
だって、目が笑っていない。
「ねえ、待って!? 莉々愛、彼氏ができたの!?」
すると、私たちの間に流れる張り詰めた空気を、夢奏が叫んで壊した。
そして私は、夢奏以外にも、この話題に興味を抱いている人がいることに気付いた。
「えっと……」
戸惑いながら、鈴ちゃんを見た。鈴ちゃんが吉良さんの話を聞きたくないと言ってくれれば、話さずに済む。
「ほら、見せてあげなよ。唯人さんとのデート写真。ストナウに上げてないだけで、撮ってるんでしょ?」
そんな魂胆を見抜かれてしまったのか、鈴ちゃんは私が期待したものと真逆のことを言った。そのせいで、夢奏の期待に染った目が私を捉えた。
この目には弱いのに。
「……ごめんね、夢奏。写真、撮るの忘れちゃって……」
写真を撮っていないというのは、事実だ。
だけど、これまでの動揺から、上手く笑えない。
「えー?」
夢奏はわかりやすく頬を膨らませた。
「莉々愛の彼氏がどんな人なのか、見たかったのになあ」
「あれ、ユメに唯人さんの写真見せたことなかったっけ」
「んー……ないと思う!」
鈴ちゃんが手招きすると、夢奏は鈴ちゃんのそばに寄り、鈴ちゃんのスマホを覗き込んだ。
だけど、そんなこときにしていられなかった。
吉良さんの写真を持っているくらい、鈴ちゃんが吉良さんのことを好きだなんて、知らなかった。知っていたら、私は……
「なんの騒ぎ?」
ふと、眠そうな声が聞こえてきた。声の主であるゆきちゃんは、どこか興味なさそうに欠伸をしている。
「ゆっきー、莉々愛に彼氏ができたって、知ってた!?」
夢奏は挨拶よりも先にそう言った。
すると、ゆきちゃんの表情が一瞬固まった気がした。
「……知らなかったな」
ゆきちゃんの視線が私から鈴ちゃんへ動く。
その表情に隠された感情は、私には読み取れなかった。
◆
その日、Story Nowの通知が届いたのは、夜だった。
今日もまた、気付かなかったフリをして寝てしまいたい。だけど、昼間の夢奏からの尋問を思い出して、仕方なくアプリを開いた。
写真を撮る用のスペースにいつも通り、見せかけの本を置く。
こんな作業的に切り取られた日常、誰が興味あるんだろう。そんなことを思いながら、一枚ほど写真を撮った。
それを投稿して、夢奏たちの投稿を見に行く。夢奏の自撮り、鈴ちゃんの一行日記。吉良さんの、大学の友達と遊びに行っている様子。ゆきちゃんの投稿が上がらないということは、もう寝てしまったのかもしれない。
そうして一通りみんなの投稿に目を通して、アプリを閉じようとしたときだった。
画面の上のほうに、上矢印と新しい投稿というお知らせが表示された。それが最後だろうと、新規投稿を確認するために、タイムラインを更新する。
表示されたのは、初期アイコンのアカウント。アカウント名は“Y”。
その投稿を見た瞬間、手からスマホが落ちた。
私は今、なにを見た? いや、きっと、見間違いだ。そうに違いない。
自分にそう言い聞かせ、恐る恐る床に落ちたスマホを拾い上げると、もう一度その画面を見た。
――今日は藍川莉々愛とその取り巻きが鬱陶しかった。誰も藍川莉々愛のこと好きじゃないのにね。自分が好かれてるって勘違いしてる、可哀想な人。
やっぱり、気のせいでも見間違いでもなかった。
これは、私に向けられた悪意だ。
それを理解した途端、息が止まった気がした。指先が震え、上手くスマホを操作できない。
“Y”が誰なのか気になって、プロフィールに飛ぶ。フォロー数も、フォロワー数も1。つまり、これを見たのは、私だけ。
“Y”は、私が確実に見るとわかっていて、これを投稿したのだ。
「誰が、なんのために……」
考えようにも、頭が回らなかった。とりあえずスクリーンショットでその投稿を記録しようとしたけれど、アプリの構造上、それはできなかった。
私は得体のしれない悪意に怯え、気付けば朝を迎えていた。



