◆
Story Nowをインストールして、一週間。
あの通知音を聞いてすんなりアプリを開くようになったけれど、“今を投稿しよう”という文言に、ほんの少し疲れている私がいた。また、“今”を演出しなければいけない。そう思うと、気が重たかった。
それでも私は、Story Nowをアンインストールすることはできなかった。そうしてしまうと、夢奏たちとの縁が切れて、独りになるような気がしたから。
夢奏たちといるときは、もう困らない。夢奏たちと撮った写真を投稿すれば、藍川莉々愛の今が完成する。
問題は、ひとりでいるとき。まず、自撮りをするのは苦手で、自分の写真を撮る勇気がない。そして、自分がいる場所、特に部屋を写すのは抵抗があって、余計に迷った。
そんな中で、本やノートを投稿している“ナナ”というアカウントのことを思い出した。
夕焼け空のアイコンが綺麗で目に留まったアカウント。だけど、それが誰なのか、わからなかった。クラスメイトの中にナナという名前の人がいた記憶もないし、そもそもいつフォローしたのかも覚えていない。きっと、手当たり次第にフォローを返していった中のひとつなんだろう。
むやみに交流の幅を広げてしまったことは少し後悔しているけれど、私はそのアカウントの投稿を真似て、ひとりでいるときは読んだことのない本やノートの写真を投稿するようにしている。
特別でもなんでもない、無難な瞬間。こうして“今”を演出して切り取っているから、疲れるのかもしれない。
だけど、それ以上の日常をみんなに見せる気にはなれなかった。そこまで見せてしまうと、私は私を見失ってしまいそうで、できなかった。
◆
週末、私は夢奏たちと映画を見に行くことになった。今までは休みのときまで笑顔を作らなければならないのかと、あまり気が乗らないことが多かった。
けれど、Story Nowを始めた今、ひとりの時間が減っていくことに、妙に安心していた。
少女漫画を実写化した映画のチケットを購入すると、私たちは劇場に入る。夢奏、私、ゆきちゃん、そして鈴ちゃんの順で横に並んで座った。
「でね、王子様がストナウの垢を教えてくれてね、やっと名前が知れたんだ」
鈴ちゃんは、スクリーンで流れているCMなど一切気にとめず、ゆきちゃんにスマホを見せながら話している。その弾む声は、私の楽しい気持ちを奪っていくようだった。
また、王子様。
その話をするとき、鈴ちゃんは絶対に私のほうを向かない。今は席順もあるのだろうけど、決まってゆきちゃんに話しかける。そしてときどき夢奏が割って入って。私に王子様の話をすることはなかった。
私には、話したくないのかもしれない。長年の付き合いであるゆきちゃんのほうが話しやすいとか。きっと、深い理由はないはず。
そう言い聞かせても、あからさまに部外者のような扱いをされていると、胸が締め付けられる。
「莉々愛?」
私が黙り込んだことで、横から夢奏に呼ばれた。
「ん?」
できる限り微笑んで見せるも、夢奏の心配そうな表情は変わらない。
そう思ったけれど、それはほんの一瞬で、夢奏はいつものように全力で笑った。
「なんでもない。呼んでみただけ」
きっと理由があって呼んだはずなのに、夢奏がそう言って笑うから、「なにそれ」とつられたように笑った。
それからすぐに映画が始まり、私たちはスクリーンに集中した。ときどき、夢奏がポップコーンを食べる音や、ゆきちゃんがジュースを飲む音が聞こえてくる。みんなで映画を見るのは初めてではないのに、それが妙にくすぐったかった。
「はー、面白かった!」
劇場を出て一番に夢奏が満足そうに言った。
外の明るさがやけに眩しくて、思わず目を顰める。
「私にはわかんなかったなあ」
「スズって、意外とリアリストだよね。王子様とか言うくせに」
ゆきちゃんたちは私の後ろでそんな会話をしている。
私も感想を聞かれるかも。なにか、いい言葉を準備しておかないと。
そう思った瞬間、あの音が鳴った。
感想を言う前に、“今”を切り取る時間がやって来てしまった。
「ね、みんなで写真撮ろ!」
集合写真の提案をしたのは、意外にも鈴ちゃんだった。
「どうした、珍しい」
「だって、王子が見るんだよ? ひとり寂しい写真とか投稿できないから」
鈴ちゃんは不審がるゆきちゃんに答えながら、私たちを一枚の写真に収めた。
「ちょっと待って、夢奏、絶対目を閉じてたんだけど!」
「大丈夫、いつも通り可愛いから」
鈴ちゃんは夢奏の抗議を聞き流し、スマホを操作する。そのせいで、夢奏は頬を膨らませて鈴ちゃんを睨む。
正直私も、藍川莉々愛らしく笑えたかと言われると、自信がない。かといって、夢奏のように、確認させてほしいと伝える勇気がなかった。
それにしても、こうして何度も夢奏たちといる瞬間を切り取っていると、これが本当に私の日常のように錯覚してくる。何重にも仮面を被っている私が、当たり前にされていく。それが恐ろしく思えた。
「まあまあ夢奏、私たちでもう一回撮ろうよ」
「いい」
夢奏は不貞腐れたまま、自撮りを始めた。映画を見る前に買った、ピンクの可愛らしいシュシュが映るように工夫しながら、写真を撮っている。
しかし、困った。
こんな空気になってしまっては、いつものようにみんなと写真を撮りたいとは言い出しにくい。またゆきちゃんに甘えるのも、なんだか気が引ける。
でも、なにか投稿しないと。藍川莉々愛の“今”を。
そして私は、一枚の映画のチケットを写真に収め、投稿した。これなら、嘘ではないし、藍川莉々愛の投稿としてもおかしくないだろう。
自分が投稿したことで確認できた鈴ちゃんの投稿には、ちゃんと藍川莉々愛らしくいる私が映っていた。
でも、それに安心したのは私だけで、夢奏の機嫌は治らなかった。
その結果、このまま遊んでいてもつまらないだけだということで、私たちは解散することになった。
「また学校で」と手を振り別れると、私はひとり、最寄駅に向かう。
三人は私たちが通う高校があるこの場所が地元だけど、私は隣町からここに通っている。
そういえば、鈴ちゃんが追いかけている王子様も、この駅を使っているんだっけ。
でも、朝に鈴ちゃんを見かけたことはないから、利用時間が合わないのかも。まあ、会ったとしても顔を知らないから、ただすれ違うだけなんだけど。
次の電車まで、二十分。駅のホームで電車を待ちながら、小さな欠伸をひとつした。夢奏たちといるときは気を張っていたから、少し気が緩んだのだろう。
そのときだった。
「……あの」
背後から誰かに声をかけられ、私は肩をビクつかせた。
振り向くと、そこには知らない男性がいた。年は近いか、少し年上くらいに見える。大学生だろうか。
「急にごめんね。前から君のことをよく見かけてて」
その切り出しで、次の言葉が予想できてしまった。
藍川莉々愛を演じるようになってから、何度かこの空気を味わったけれど、やっぱり慣れない。断ったときの空気は私のほうが苦しくなるくらいだ。
だから、可能であれば、この先を聞きたくない。
そう思っても、初対面の人に「それ以上言わないでください」なんて言えるわけもなく。
そもそも、私を見かけたって、どんなときだろう。駅? それとも、私が藍川莉々愛でいるとき? だとしたら、気を抜いている場合ではない。
私は慌てて仮面を被り直すと、緊張した面持ちの彼と目が合った。
「……よかったら、付き合ってくれませんか?」
やっぱり。
まず、そう思った。そしていつも通りの答えである「ごめんなさい」を告げようとしたとき、彼の背後からこちらの様子を伺う目があることに気付いた。
そうだ、ここは駅のホーム。たくさんの人目がある。ここで断ったら、周りの人たちにどんなふうに思われてしまうだろう。公共の場で告白を断るような、冷たい人間だと思われたりしないだろうか。
……いや、ダメだ。ここで頷くと、私はまたさらに藍川莉々愛でいなければならない場所を増やすことになる。自分で自分の首を絞めるなんて、したくない。
「ダメ?」
迷っていると、彼の、わずかに期待に染まる眼が私を捉えた。
その表情がなぜか夢奏の表情と重なり、断ることへの罪悪感すら芽生えてきた。
「……いえ」
結果、口を出たのは、私が言いたかったこととは真逆のもの。
すぐに訂正しようと思ったけれど、彼の喜ぶ表情が目の前にあった。それを見ておきながら、「間違えました」なんて言えるわけがない。言ってしまったら、私はまた、誰かに嫌われてしまう。それが怖かった。
「僕、吉良唯人って言います。大学一年生です」
大学生。それを聞いた途端、鈴ちゃんが言う王子様が頭をよぎった。この辺りには大学なんて何個もないし、もしかしたら、その王子と繋がっているかもしれない。
もしそうだったら……なんて、考えすぎだろう。
「……藍川莉々愛です。高校一年生です」
私は複雑なことを考えるのをやめ、笑顔を作った。
「よろしくね、莉々愛ちゃん」
吉良さんはさらっと下の名前で呼んできた。
初対面でこの距離の縮め方は、あまり得意ではない。
だけど、一度受けることになってしまった手前、拒絶のような反応なんてできなかった。
Story Nowをインストールして、一週間。
あの通知音を聞いてすんなりアプリを開くようになったけれど、“今を投稿しよう”という文言に、ほんの少し疲れている私がいた。また、“今”を演出しなければいけない。そう思うと、気が重たかった。
それでも私は、Story Nowをアンインストールすることはできなかった。そうしてしまうと、夢奏たちとの縁が切れて、独りになるような気がしたから。
夢奏たちといるときは、もう困らない。夢奏たちと撮った写真を投稿すれば、藍川莉々愛の今が完成する。
問題は、ひとりでいるとき。まず、自撮りをするのは苦手で、自分の写真を撮る勇気がない。そして、自分がいる場所、特に部屋を写すのは抵抗があって、余計に迷った。
そんな中で、本やノートを投稿している“ナナ”というアカウントのことを思い出した。
夕焼け空のアイコンが綺麗で目に留まったアカウント。だけど、それが誰なのか、わからなかった。クラスメイトの中にナナという名前の人がいた記憶もないし、そもそもいつフォローしたのかも覚えていない。きっと、手当たり次第にフォローを返していった中のひとつなんだろう。
むやみに交流の幅を広げてしまったことは少し後悔しているけれど、私はそのアカウントの投稿を真似て、ひとりでいるときは読んだことのない本やノートの写真を投稿するようにしている。
特別でもなんでもない、無難な瞬間。こうして“今”を演出して切り取っているから、疲れるのかもしれない。
だけど、それ以上の日常をみんなに見せる気にはなれなかった。そこまで見せてしまうと、私は私を見失ってしまいそうで、できなかった。
◆
週末、私は夢奏たちと映画を見に行くことになった。今までは休みのときまで笑顔を作らなければならないのかと、あまり気が乗らないことが多かった。
けれど、Story Nowを始めた今、ひとりの時間が減っていくことに、妙に安心していた。
少女漫画を実写化した映画のチケットを購入すると、私たちは劇場に入る。夢奏、私、ゆきちゃん、そして鈴ちゃんの順で横に並んで座った。
「でね、王子様がストナウの垢を教えてくれてね、やっと名前が知れたんだ」
鈴ちゃんは、スクリーンで流れているCMなど一切気にとめず、ゆきちゃんにスマホを見せながら話している。その弾む声は、私の楽しい気持ちを奪っていくようだった。
また、王子様。
その話をするとき、鈴ちゃんは絶対に私のほうを向かない。今は席順もあるのだろうけど、決まってゆきちゃんに話しかける。そしてときどき夢奏が割って入って。私に王子様の話をすることはなかった。
私には、話したくないのかもしれない。長年の付き合いであるゆきちゃんのほうが話しやすいとか。きっと、深い理由はないはず。
そう言い聞かせても、あからさまに部外者のような扱いをされていると、胸が締め付けられる。
「莉々愛?」
私が黙り込んだことで、横から夢奏に呼ばれた。
「ん?」
できる限り微笑んで見せるも、夢奏の心配そうな表情は変わらない。
そう思ったけれど、それはほんの一瞬で、夢奏はいつものように全力で笑った。
「なんでもない。呼んでみただけ」
きっと理由があって呼んだはずなのに、夢奏がそう言って笑うから、「なにそれ」とつられたように笑った。
それからすぐに映画が始まり、私たちはスクリーンに集中した。ときどき、夢奏がポップコーンを食べる音や、ゆきちゃんがジュースを飲む音が聞こえてくる。みんなで映画を見るのは初めてではないのに、それが妙にくすぐったかった。
「はー、面白かった!」
劇場を出て一番に夢奏が満足そうに言った。
外の明るさがやけに眩しくて、思わず目を顰める。
「私にはわかんなかったなあ」
「スズって、意外とリアリストだよね。王子様とか言うくせに」
ゆきちゃんたちは私の後ろでそんな会話をしている。
私も感想を聞かれるかも。なにか、いい言葉を準備しておかないと。
そう思った瞬間、あの音が鳴った。
感想を言う前に、“今”を切り取る時間がやって来てしまった。
「ね、みんなで写真撮ろ!」
集合写真の提案をしたのは、意外にも鈴ちゃんだった。
「どうした、珍しい」
「だって、王子が見るんだよ? ひとり寂しい写真とか投稿できないから」
鈴ちゃんは不審がるゆきちゃんに答えながら、私たちを一枚の写真に収めた。
「ちょっと待って、夢奏、絶対目を閉じてたんだけど!」
「大丈夫、いつも通り可愛いから」
鈴ちゃんは夢奏の抗議を聞き流し、スマホを操作する。そのせいで、夢奏は頬を膨らませて鈴ちゃんを睨む。
正直私も、藍川莉々愛らしく笑えたかと言われると、自信がない。かといって、夢奏のように、確認させてほしいと伝える勇気がなかった。
それにしても、こうして何度も夢奏たちといる瞬間を切り取っていると、これが本当に私の日常のように錯覚してくる。何重にも仮面を被っている私が、当たり前にされていく。それが恐ろしく思えた。
「まあまあ夢奏、私たちでもう一回撮ろうよ」
「いい」
夢奏は不貞腐れたまま、自撮りを始めた。映画を見る前に買った、ピンクの可愛らしいシュシュが映るように工夫しながら、写真を撮っている。
しかし、困った。
こんな空気になってしまっては、いつものようにみんなと写真を撮りたいとは言い出しにくい。またゆきちゃんに甘えるのも、なんだか気が引ける。
でも、なにか投稿しないと。藍川莉々愛の“今”を。
そして私は、一枚の映画のチケットを写真に収め、投稿した。これなら、嘘ではないし、藍川莉々愛の投稿としてもおかしくないだろう。
自分が投稿したことで確認できた鈴ちゃんの投稿には、ちゃんと藍川莉々愛らしくいる私が映っていた。
でも、それに安心したのは私だけで、夢奏の機嫌は治らなかった。
その結果、このまま遊んでいてもつまらないだけだということで、私たちは解散することになった。
「また学校で」と手を振り別れると、私はひとり、最寄駅に向かう。
三人は私たちが通う高校があるこの場所が地元だけど、私は隣町からここに通っている。
そういえば、鈴ちゃんが追いかけている王子様も、この駅を使っているんだっけ。
でも、朝に鈴ちゃんを見かけたことはないから、利用時間が合わないのかも。まあ、会ったとしても顔を知らないから、ただすれ違うだけなんだけど。
次の電車まで、二十分。駅のホームで電車を待ちながら、小さな欠伸をひとつした。夢奏たちといるときは気を張っていたから、少し気が緩んだのだろう。
そのときだった。
「……あの」
背後から誰かに声をかけられ、私は肩をビクつかせた。
振り向くと、そこには知らない男性がいた。年は近いか、少し年上くらいに見える。大学生だろうか。
「急にごめんね。前から君のことをよく見かけてて」
その切り出しで、次の言葉が予想できてしまった。
藍川莉々愛を演じるようになってから、何度かこの空気を味わったけれど、やっぱり慣れない。断ったときの空気は私のほうが苦しくなるくらいだ。
だから、可能であれば、この先を聞きたくない。
そう思っても、初対面の人に「それ以上言わないでください」なんて言えるわけもなく。
そもそも、私を見かけたって、どんなときだろう。駅? それとも、私が藍川莉々愛でいるとき? だとしたら、気を抜いている場合ではない。
私は慌てて仮面を被り直すと、緊張した面持ちの彼と目が合った。
「……よかったら、付き合ってくれませんか?」
やっぱり。
まず、そう思った。そしていつも通りの答えである「ごめんなさい」を告げようとしたとき、彼の背後からこちらの様子を伺う目があることに気付いた。
そうだ、ここは駅のホーム。たくさんの人目がある。ここで断ったら、周りの人たちにどんなふうに思われてしまうだろう。公共の場で告白を断るような、冷たい人間だと思われたりしないだろうか。
……いや、ダメだ。ここで頷くと、私はまたさらに藍川莉々愛でいなければならない場所を増やすことになる。自分で自分の首を絞めるなんて、したくない。
「ダメ?」
迷っていると、彼の、わずかに期待に染まる眼が私を捉えた。
その表情がなぜか夢奏の表情と重なり、断ることへの罪悪感すら芽生えてきた。
「……いえ」
結果、口を出たのは、私が言いたかったこととは真逆のもの。
すぐに訂正しようと思ったけれど、彼の喜ぶ表情が目の前にあった。それを見ておきながら、「間違えました」なんて言えるわけがない。言ってしまったら、私はまた、誰かに嫌われてしまう。それが怖かった。
「僕、吉良唯人って言います。大学一年生です」
大学生。それを聞いた途端、鈴ちゃんが言う王子様が頭をよぎった。この辺りには大学なんて何個もないし、もしかしたら、その王子と繋がっているかもしれない。
もしそうだったら……なんて、考えすぎだろう。
「……藍川莉々愛です。高校一年生です」
私は複雑なことを考えるのをやめ、笑顔を作った。
「よろしくね、莉々愛ちゃん」
吉良さんはさらっと下の名前で呼んできた。
初対面でこの距離の縮め方は、あまり得意ではない。
だけど、一度受けることになってしまった手前、拒絶のような反応なんてできなかった。



